スキー場にて
奏太「見つけた?」
山口「いいや」
山口「本当にいるのか?」
奏太「見たって人がいた」
奏太「らしい」
山口「頼りないハナシだ」
奏太「でも、ホントだったらまずいじゃん?」
奏太「今年は雪も少ないし、スキー客少ないし?ホントにいたら…」
奏太「スキー場つぶれちまう!!」
山口「見つけたら撃っていいのか?」
奏汰「ああ」
山口「バレないか?」
奏太「見逃してくれるよ」
奏太「クマ一頭処分したって、騒ぐのは都会のバカだけ」
奏太「あとは人間が嫌いで、自然のほうが好きな自然愛好家とかだよ」
山口「まあな」
奏汰「クマが好きなら都会に連れて帰って、そこら辺に放置すればいいんだ」
山口「それで」
山口「警察が口出ししてくることは?」
奏太「問題ない」
奏太「どこにも報告しなくていいよ」
奏太「広まれば皆が困る。だから、見て見ぬふりはしてもらえる」
山口「わかった」
山口「まあ、本当にクマがいるのかどうかも分からないんだがな」
奏太「いなければ、それがベスト」
奏太「山スキーのコースがようやく解禁できる」
奏太「念押しなだけだよ」
山口「見たってのは誰なんだ?」
奏太「山賀さんとこの客」
奏太「山の反対側、夕焼けを見ていたら何か大きくて黒いものが一つ、斜面を動いていたってさ」
山口「都会野郎が見間違えただけならいいんだが」
山口「影ひとつ。オスのクマかもって気になる」
奏太「そうだよね」
奏太「だから山口さんに見回ってもらってる」
奏太「スキー客が食われたら大変だし、スキー場が潰れるのはもっと大変だ」
山口「エサがないだろうからな」
山口「冬眠から覚めちまってるか…」
奏太「撃ち殺して!」
山口「いたら、そうしてやる…今のところ、ドローンには映らない」
奏太「足跡とかは?」
山口「ドローンから見えるわけないだろ?」
奏太「そうか」
山口「ほんとにクマなら腹減りすぎて、あちこち動き回ってるだろ」
山口「足跡じゃなくて、姿が見つかるよ」
山口「クマだって、空には無警戒だしな」
奏太「でも、山口さんハイテクっすよね」
山口「ハイテクって言葉、意味のわりにはダセーよな」
奏太「なんか分かる笑」
奏太「でも、ハイテクっすわ。ドローン使って狩りするとか」
山口「犬も連れてるぞ」
山口「スノーモービルに猟犬2頭とオッサンだ」
山口「猟犬は追跡と護衛な」
奏太「なんかプロっぽい」
山口「プロだからな」
山口「年寄りからは邪道あつか」
奏太「山口さん?」
奏太「なんかいたんすか?」
奏太「クマ見つけたんすか?」
奏太「山口さん?」
山口「いたぞ」
奏太「マジか」
奏太「クマ?」
山口「よく分からん」
奏太「どういうことです?」
山口「遠すぎたのと一瞬だったからな。痩せたクマのようにも見えるが」
山口「人の姿にも見えた」
奏太「人?」
山口「遭難者のハナシは?」
奏太「聞いてない」
山口「オレもだ」
山口「駐車場に置きっぱなしになってる車とかあるか?」
奏太「分からない」
奏太「たぶん、無いとは思う」
山口「ちょっと行ってみる」
山口「あれは遭難したか、あるいは…」
奏太「自殺志願者?」
山口「いないとも限らん」
山口「クマだと思って、人を撃ったりすると大変だ。自殺じゃなくて他殺になる」
山口「埋めなきゃならない」
山口「冗談だぞ?」
奏太「分かってますって」
奏太「でも、お願いします」
奏太「クマかもしれないから、捜索隊を出すわけにもいかない」
奏太「クマがいるかもしれないことが、みんなにバレたらマズイ…」
山口「姿はチラ見だったが、場所は分かる。何にせよ森に入りやがったが、足跡は残ってるはず」
奏太「追いかけられる?」
奏太「クマなら、お願いしますだけど…ヒトだと誤射はダメっすよ」
山口「当たり前だ」
奏太「でも、森って…あそこ?」
山口「かもしれん」
山口「人かもな」
奏太「昔のペンション…」
奏太「崩れてるけど、半分は使えなくもない」
山口「廃墟マニアのサイトに載ってた時期があるらしいぜ」
奏太「それで知って?」
山口「ありえる」
山口「マニアはどこにだって行くし、あそこを廃墟マニアが自殺場所に選んだのかも」
奏太「冬の山に自殺しに?元気なマニアだ…」
奏太「もしかして、不法侵入して、住んでるのかな?」
奏太「バカなYouTuberとかがさ?」
山口「冬山の廃墟で凍死と戦ってみたか笑」
山口「オレは見たい」
奏太「もし、そんなことしてたら、とりあえず警察に突き出そう」
山口「オレは働き者だな、クマと遭難者と自殺者とバカを探してる」
奏太「報酬は伯父さんが弾んでくれますって」
山口「期待してる」
山口「じゃあ、ちょっと追いかけるわ」
奏太「気をつけて」
山口「ああ。三十分後に連絡入れる」
奏太「山口さん、あれから一時間経ったっすけど?」
奏太「様子はどうですか?」
山口「犬がなんか見つけた」
奏太「なんかって?」
奏太「一体なんなんです?」
山口「分からん」
山口「だが、クマじゃない。足跡があった」
山口「人っぽいぞ」
奏太「遭難者?自殺志願者?」
山口「不法侵入者かもな。ペンションの方に向かってる」
山口「あそこ、地震で崩れてから…修理は?」
奏太「さあ?たぶん、してないと思うよ」
奏太「あれからオーナーさんも、死んじゃったし…」
山口「経営不振だったらしいしな」
山口「脱サラして情熱注いだ結果がアレだと、心が折れちまってもしょうがないか」
奏太「明日は我が身だよ」
奏太「だから、トラブルは、未然に防ぎたい」
奏太「クマも不法侵入者も勘弁してほしい」
山口「何とかしてやりたいな」
奏太「頼りにしてます」
山口「…でも、この足跡、変だわ」
奏太「どこがっすか?」
山口「靴に見えねえ」
山口「まるで、裸足だな」
奏太「裸足?」
奏太「まさか?」
山口「靴底のゴムのあとが見えん」
山口「何なんだ?」
奏太「裸足で雪山歩くなんて自殺行為っすよね」
山口「凍傷になるな、確実に」
山口「でも、素直に見ると、そう感じられる足跡だ」
山口「正直、不気味だな」
奏汰「クマの足跡って、ヒトの足跡みたいに見えることが?」
山口「あるよ。でも、こいつは二本脚だ」
奏汰「二本脚なら、人間確定か」
山口「別のモノかもな」
奏汰「別のモノ?」
山口「いや。何でもない。とにかく、ペンションに向かう」
奏汰「オレも近くまで行くっすよ」
奏汰「仕事ヒマんなったし、手伝います」
山口「クマ説も一応あるから、スノーモービルで来いよ。銃もあるから、無闇に近づくな」
奏汰「山の上まで行ったら、連絡入れます」
山口「そうしろ。じゃあ、後でな」
奏汰が雪山をスノーモービルで登っていく。
やがて山頂に着いた頃、猟銃が銃弾を放つ音が二度連続して響いた。
山の反対側の森からだ。
崩れかけたペンションが見える…。
奏汰「山口さん!?」
奏汰「クマだったんすか!?」
山口「いいや」
山口「違った」
山口「なんだかわからんが、ヒトでもない」
山口「クマでもない…」
奏汰「撃ったんすか?」
山口「仕留めた」
山口「なにかは分からないが、死ぬほど臭え…」
山口「血が、腐ってるのか??」
山口「吐き気がする」
山口「犬が、ビビってやがる。こんなのは、初めてだ」
奏汰「ヒトじゃないなら、良かったっすよ」
奏汰「そいつって、何なんすか?」
山口「分からん、長い」
奏汰「何が、長いんです?」
山口「手も脚も腕も長い…クマにしては痩せすぎてるし長すぎる。ヒトにしては異常な形をしている」
山口「写メ送るわ」
奏汰「え!?」
画像が送られてくる。
しかし、暗すぎてよく見えない。
潰れた黒がそこにあるだけだ…。
よく見れば、長い黒があるような気がする。
闇と輪郭を切り離すことは困難だが、たしかにクマにしては細すぎた。
もちろんヒトではない。
奏汰「これ、なんすかね…」
奏汰「オレ、こんなもの見たことがねえっすわ」
奏汰「いや、よく見えはしないんだけど…」
奏汰「こんなものが、この世にいるなんて…」
銃声が響いた。
また二発だ。
山口「奏汰、ヒト呼んでくれ」
奏汰「何があったんです?!」
山口「こいつら、二匹いたんだ」
山口「まだ、いるかもしれない」
奏汰「気味が悪いっすよ。そこから戻って来た下さい」
山口「いや、追いかける。犬が1匹、連れ去られちまった」
奏汰「山口さんの犬、デカいヤツっすよね?!」
山口「それを抱えて逃げた。一発は当てたのに、走ったな。二本脚だ。人間よりも、大きい」
奏汰「クマでもないんですよね…」
山口「とにかく、ヒトを呼べ。そうだな。柴村のじいさんに連絡してくれ」
山口「あれは、ダメだ」
山口「生かしておいちゃまずい」
山口「クマどころじゃない。もっと、ダメなバケモノだ」
奏汰「バケモノって…」
山口「でも殺せる。腐った臭いのする血を垂れ流してる」
山口「だから追いかけて、見つけて、手負いのヤツは仕留める」
山口「くそ」
山口「もっと弾、持ってくりゃ良かっ」
再び銃声が響いた。
一度、二度、三度…。
銃声は、やがて、森はいつものように静かになった。
雪山は凍りついたかのように白くて無音だった。
奏汰は自分の膝がガクガクと震えていることに気づく。
凍えた指で、スマホを操作した。
奏汰「山口さん」
奏汰「山口さん、無事です?」
奏汰「あの、返事お願いします」
奏汰「山口さん?」
奏汰「山口さん…」
既読マークがつくことはない。
夕方。引退したクマ撃ち名人の柴村に率いられて、猟師たちと奏汰は山口を探すために森に入った。
山口から送られてきた画像を柴村に見せると、柴村は舌打ちしながらすぐに猟師たちを集めたのだ。
「こいつは昔も『来た』」
「どこからかは分からんが、その時も古い家に住みついとったな」
「山口が見つかっても、見つからんでも、あのペンションは燃やすぞ」
捜索はしたものの、山口は発見されることはなかった。
山口の犬が1匹だけ、森のなかから戻ったが、勇敢なはずの猟犬はただ震えているだけだった。
猟師たちはペンションに火をかけた。
奏汰はそれが法律的に正しいことなのかなど、疑問に思うことはない。
そうすべきことでしか、黒い何かを追い払うことが出来ないのであれば、何が何でもすべきことだという確信だけがあった。
スキー場は、何も起きていないように営業をつづけている…。