愚痴
三久「陽太ってばヒドイんだよ!」
ひな「またケンカか」
ひな「別れちまえ」
ひな「レズの世界にウェルカム」
三久「別れたとしても好きな性別までは変わらんからな」
三久「ていうか、まだ別れるとかのレベルじゃねーし」
ひな「それで今回は何?」
ひな「浮気?借金?DV?保証人にされた?」
三久「浮気!」
三久「そのラインナップのなかでは軽度のヤツ!」
ひな「軽度か?」
三久「陽太はダメなところもあるけど、私にはやさしいときもあるんだから」
ひな「別れちまえ」
三久「別れん!」
三久「ソフトな感じで愚痴を聞いて!」
ひな「まあ、いいけどね」
ひな「どんな浮気?」
ひな「現場を見ちゃったのか?」
三久「女と腕組んで歩いてた」
ひな「遊び人だからな。お前のクズ・ハニー」
三久「クズじゃなくてダメなところが目立ちがちなだけだし」
ひな「その認識でお前がいいなら問題ないか」
ひな「だが、陽太くんのいかにも軽そうな雰囲気に、本気になれる女はそうはいない」
三久「私は?」
ひな「貴重な女だよね」
三久「ありがとう」
ひな「前向きなのはよいことか」
ひな「私の予想ではさ、浮気相手って、水商売の女じゃね?」
三久「違うっぽい」
三久「地味な服装だったし、ハデな感じじゃない」
ひな「はあ。そうなんだ…私の勘も外れたか」
三久「愚痴聞いて」
ひな「地味女に男取られたことの?」
三久「そうだけど…」
三久「その女のこと陽太に聞いたの」
ひな「否定したか?」
三久「そうなの!」
三久「そんな女は知らない!今は浮気してないってウソつくの!」
ひな「今はて笑」
ひな「さっきと同じアドバイスを贈りたくなるわ…」
三久「一緒にいると楽しいときが多いの!」
三久「とにかく、今回の陽太、ウソつくのよ」
三久「陽太、寝不足だし…香水のにおいもしてた」
ひな「地味女の香水か」
三久「帰宅時間も今までと違うし、シャツに口紅もついてた!」
ひな「ふーん。そこまで状況証拠があって、よくウソつこうとするな」
三久「うん。いつもと違う」
ひな「そういや、陽太くんは浮気してるのバレたら、今まではすぐに謝っていたっけ?」
三久「そうなの!」
三久「それなのに、今回はウソつく」
ひな「本気の浮気じゃね?」
三久「うぐ!?」
三久「うう。そうかもだけど、ハッキリ言われると心に突き刺さってくる」
ひな「来るべき時が来たのさ」
三久「別れんぞ」
三久「いい方法ないかな?」
ひな「浮気を見て見ぬフリすればいいじゃん」
三久「今さら?」
三久「ムリ」
ひな「浮気を問い詰めてみる?」
三久「すでにやったし」
ひな「浮気相手に私の男取るなと言ってやるとか?」
三久「そ・れ・だ!」
ひな「暴力とか反対だぞ」
三久「言葉で釘刺すだけ!」
三久「私のお腹には陽太の子供がいるとか言う!」
ひな「そういうウソもどうかとは思うが…」
ひな「そもそも、その女がどこにいるのか分かるのか?」
三久「分かんない…」
三久「でも、××通りで見たから」
ひな「見たからって…年中いるもんかな?」
三久「分かんないけど、今から行ってみる」
ひな「行動力が雑すぎないか?」
三久「陽太、あそこの駅使ってるもん」
三久「地味女と合流するの、仕事帰りかなって思うんだよ」
三久「地味女の服装からして、家着っぽかった。ヤツはあそこの駅と××通りの近くに住んでいる」
ひな「なかなかの推理だな」
ひな「もう一つの陽太くんの帰宅先がそこらにあるわけだ」
三久「浮気してるだけ」
三久「陽太の帰宅先は私が家賃支払っているこの部屋だけです」
ひな「…私の友だち、ろくでもねえ恋愛してるわ」
三久「陽太はフリーターしながらプロのミュージシャン目指してるいい子だし」
ひな「お前が満足ならいいのかね…」
三久「じゃあ、私、行くね!」
ひな「うん。でも、お前だけ派遣するのアレだから、私も行こう」
三久「合流してくれる?」
ひな「一応な。お前のブレーキ役をしてやる」
40分後
ひな「もう一つの愛の巣を発見したか?」
三久「そんな巣はありません」
三久「でも、女見つけた」
ひな「マジか」
ひな「行動力がスゲーな」
ひな「刑事とかになれば良かったのにな、法学部出身」
三久「私は今の仕事に満足してる」
三久「化粧品、売りまくるの楽しいし!」
ひな「営業ならではの行動力か」
ひな「で。どこにいた?」
三久「監視中。写メ送る!」
ひな「おい、そんなの送られても…」
ブブブ。画像が送られてくる。
しかしピンぼけしていて、景色も道行く人々の姿もにじんで写っていた。
ひな「…よく写ってないぞ?」
三久「そう?」
三久「私のスマホにはちゃんと写ってるけど」
ひな「まあ、いいよ」
ひな「正直、そんな画像見てもコメントに困る」
三久「あいつ、ずっと電柱の近くに立ってる」
三久「顔が見えないぐらいに前髪長い…」
ひな「ほう。オタク女かな?」
ひな「コスプレのために激痩せして髪を腰まで伸ばしてる友人がいる」
三久「コスプレのためかは知らないけど、根暗そう」
ひな「ふーん」
ひな「陽太くんのタイプとは別だな」
ひな「本当に同一人物か?」
三久「同一人物」
三久「前回見たとき、死ぬほどにらみつけて記憶したもん」
ひな「怖」
三久「笑ってない?」
ひな「ん?画像の顔は見えない」
三久「そうじゃなくて」
三久「ひな、今、爆笑してそうな気がする…」
ひな「考えすぎだぞ」
ひな「私は笑えん午後を過ごしている最中だ」
三久「そうよね」
三久「あいつ…!」
ひな「どうした?」
三久「こっち見た」
ひな「気づかれたか」
ひな「向こうもお前が陽太くんのもう一人のカノジョだと知っているのか?」
三久「そうかも!」
三久「あいつ、笑った!!こっち見て、笑った!!」
ひな「落ち着け」
ひな「返事しろ!」
ひな「おい!」
ブブブブブ!
電話をかけるが三久は出ない。
ひな「ケンカするなよ?街中だぞ?」
三久「ケンカとかしてないし…」
ひな「よかった」
三久「あいつ、逃げた。でも、路地裏に入るの見えた」
三久「追っかけてる」
ひな「合流しろ」
ひな「お前だけだと何するかわからない」
三久「わかった」
三久「ヤツの家までは入らないことにする。ひなが来るまで」
ひな「私もそいつの家に乗り込むのか?」
三久「ダメなら私が一人でも」
ひな「行くよ」
ひな「事件が起きるんじゃないかって気がする」
三久「ありがと」
ひな「絶対にお前だけで乗り込むなよ?」
三久「うん。猫の看板の喫茶店あるよね?」
三久「駅から来たら、その喫茶店から左手に入ったとこの路地裏の道、今のところ、まっすぐ!」
ひな「ん。了解…あそこだな」
三久「あいつの家、特定!」
ひな「早まるなよ」
三久「うん。わかってる」
ブブブ。三久から写メが送られてくる。
写メには古いアパートが写っていた。
かなり古い…。
ひな「本当にここか?」
ひな「若い女が住むような家じゃねえぞ…」
三久「そう?」
三久「わりとマシじゃない?新しそうだし?うちのマンションにも似てるし」
ひな「ん?」
ひな「何を言っている?」
ひな「古くてボロボロの建物だぞ?」
三久「あれ?送信しまちがえたかな?」
三久「んー?」
三久「こっちの表示は普通だけど…」
三久「私のスマホ故障してるのかな?こないだ落っことして画面にヒビ入ったままだし」
ひな「とにかく、待ってろ」
三久「うん…」
ひな「あせるなよ」
ひな「どうどう」
三久「なにそれ?」
ひな「我が母校の馬術部に伝わる言葉」
ひな「馬を落ち着かせる魔法の言葉だ」
三久「馬じゃねーし」
三久「あ!」
ひな「どうした?」
三久「陽太だ!」
ひな「写メ撮れ!」
ひな「浮気の証拠だ!」
三久「おっけー」
三久「撮った…」
ひな「気づかれたか?」
三久「ううん。気づかれなかった」
三久「なんか、いつもと違う顔してたから、怖くて物陰から出られなかった泣」
ひな「そうか。陽太くんはどこから出てきた?」
三久「ヤツのアパートのなか」
ひな「愛の巣か」
三久「そんな感じでもなかったかな…」
三久「別れ話になったのかも?」
ひな「お前のことを相手の女も知っているわけだしな…」
ひな「浮気がバレたのなら、フツー、別れ話になっても当然だ」
ひな「自分が大切にはされてないってことの証だもんな」
三久「…なんか」
ひな「どした?」
三久「愛が冷めてきたかも…」
三久「陽太、ろくでもないわ…」
ひな「正当な評価だと思うぞ」
三久「あの子も、かわいそう」
三久「私もだ。浮気されて、ウソつかれて…」
ひな「そうだな」
ひな「客観的に見て、陽太くんとは別れた方がお前のためだと私は思う」
三久「そうかも…」
三久「ひな、私、ちょっとあの子と話してみたい」
ひな「待ってろ。すぐに着くと思う」
三久「ううん。あの子と私だけで話したい」
ひな「待て」
ひな「おい」
ひな「こら?」
既読にならない。三久に電話をかけるが、出てくれない。
急ぎ足になり路地裏を駆け抜ける、陽太とは出くわさなかった。
他の道を彼は選んだのだろうか?
写メの通りの古くてボロボロのアパートを見つける…。
人が住んでいるようにはとても見えないが、二階の一室のドアが開いている。
三久「ひな」
ひな「どした?」
三久「ど、どうしよう。誰か、倒れてる」
ひな「なんだと?」
ひな「そこの2階か!?」
三久「うん!この人、息してないかも…」
ひな「わかった!救急車呼ぶかんな!」
三久「お、お願い…でも、あれ?この子…私と同じ顔してる…??」
ひな「はあ?」
ひな「落ち着け。そんなはずないだろ?」
三久「…そうか。思い出した」
三久「ひな、ごめんね」
三久「ありがとう」
ひな「何を言ってる!??」
ひな「おい?」
連絡のない三久を無視して、救急車を呼びながらアパートの二階に上がる。
その部屋には古い畳があり、その上に倒れ込む長い髪の女性がいた。
三久には似ていない。
三久はいない。
そして、長い髪の女性は、すでに死亡していた。
5時間後
母「ひな、どうなってるの?警察から連絡あったけど?事件に巻き込まれたって?大丈夫?」
ひな「三久と一緒に死体を見つけちまった」
母「そんな…無事?」
ひな「無事。犯人はすぐに見つかったよ。逮捕されてる。自白もしてる。私はなにもしてないし、疑われてもいない」
母「とにかく、無事なのね?」
ひな「私は無事だ」
ひな「でも」
ひな「…あいつ、三人も殺してた」
母「怖いわね。すぐに、お父さんと一緒にそっちに行くからね」
ひな「うん。今はひとりが辛い」
警察署の一室で、ひなは三久のLINEにメッセージを送る。
ひな「むちゃくちゃだ…三久…」
ひな「お前の男運のなさはガッカリ過ぎるぜ」
ひな「なんでだ」
ひな「なんで」
ひな「どうして、あんな人殺し野郎なんて選んだ?」
ひな「どうして」
ひな「私にはサヨナラの言葉はないのか?」
ひな「謝罪の言葉が最後なんて、お前らしくないだろ…」
ひな「なんとか言えよ、三久」
ひな「お願いだから…」
既読がつくことはなかった。
三久は私があの女の死体を見つけた時には、すでに殺されていた。
この事実が一体どういうことなのかを科学的に説明をすることは不可能だろう。
私のスマホのメッセージも画像も消えている。
非科学的だが、三久の霊が私にこの事件を解決させようとしたと解釈すべきだ。
三久はいつだって私を頼ってくれたから…。