サイコパスな昔話 ⑤
むかしむかし、あるところに木こりを生業とする心の優しい青年が住んでおりました。その青年は母親とふたりで暮らしておりました。
「じゃあ、おっ母。行ってくる」
母親想いな青年は、一杯お金を稼いで楽をさせようと、今日も森に出掛けていきました。
しかし森に行く途中、青年はある悩みを吐露してしまいます。
「……はぁ、まずいだぁ……。オラ、このまま歳をどんどん取っちまったら今流行りの『魔法使い』だかって奴になってしまうだぁ……」
そう、実は木こりの青年は、その……、そう、独身なのでした。
母親に孫の顔を見せてあげたい……。と、いくら青年が強く思っても、こんな山の中では素敵な出会いなど皆無でした。
青年が力なく歩いていると、次第に森が見えて来ました。
「さ、くよくよしてても仕方あんめぇ。仕事すっぺ!」
青年は気持ちを切り替えて、早速仕事に励みます。
「よーっせ!」
青年は両手に持った斧を、大木に向かって切りつけます。
こん、コン、コン。
その仕事に打ち込む青年の姿を、池の水面からそっと顔を出し、見守るひとりの女性がおりました。
「ああ……、その後ろ姿……。なんて素敵な青年なのかしら……」
この女性は池に住む女神であり、いつも真面目に働く青年に想いをよせておりました。
「どうして私はこうも奥手なんだろう? 何か話すきっかけがあれば良いんだけど……」
と、その時です。青年の手から斧がすっぽ抜けてしまい、女神の住んでいる池に向かって飛んできたではありませんか。
「あ、危ない!」
急いで斧……ではなく、青年から身を隠すため、池のなかに潜る女神様。飛んできた斧はそのまま池の中に落ちてしまいました。
「ああ! てぇへんだぁ! 大事な斧を池に落としてしまっただぁ!!」
これでは仕事が出来なくなってしまうと、池の前で跪づき嘆く青年。その姿を水中で見ていた女神様はこう言いました。
「こ、これは好機だわ! 神様があの青年と話す機会を与えて下さったのだわ!!」
女神様は自分も神様だということを忘れ、目の前に落ちてきた斧を掴むと、池の底へ潜り金と銀の斧を持って戻ってきました。
「あぁ……、明日からどうすればいいだあ……。斧ってけっこう高いんだよなぁ……」
池のほとりでは、未だに青年が斧を池に落としたことを嘆いておりました。
と、その時です。話すきっかけを得た女神様が池の中から金と銀と普通の斧を持って、青年の前に現れたではありませんか。
「ひょえーー!! なんてぇ綺麗なおなご様だぁー!!」
青年は金と銀と普通の斧には目もくれず、突然現れた美しい女神様に目が眩み、腰を抜かしてしまいました。
女神様は、青年に問いかけます。
「貴方が池に落としたのは、このきゅんのおにょ……」
噛みました。緊張のあまり、女神様が噛みました。
「……こほん。貴方が池に落としたのはこの金の斧ですか?」
無かったことにしました。
「……へぇ?」
青年は女神様の美しさに見とれてしまい、上の空でした。
「え……? もしかして話を聞いていなかったの? そんなぁ……」
少し気落ちしてしまう女神様。それでも女神様は深呼吸をし、気持ちを落ち着けると再度、青年に問いかけます。
「緊張するなぁ……。えーとですね、良いですか? 貴方が落としたのは、この金の斧ですか?」
「へぇぇ!? ああ、はいはい! おらが池に落としたのは、そんな立派な物ではごぜぇません!」
ようやく我に帰った青年は、女神の問いに慌てながら答えます。
その答えを聞いた女神様は、続けてこう聞きました。
「では、こちらの銀の斧ですか?」
「いいえ、それでもごぜぇません!」
その答えを聞いた女神様は、青年に最後の質問をします。
「では、この鉄の斧ですか?」
女神様が今、右手に持っているのは間違いなく青年の鉄の斧でした。しかし、青年はこう答えました。
「いいえ、それでもねぇですだ……」
「はい?」
その言葉を聞いた女神様は、慌てふためきます。それもそのはずです。青年に嘘をつかれたのですから。想定していた会話の展開が崩れ、まごつく女神様ですが何とか頭を働かせ、言葉を捻り出します。
「……えーとですね、では、貴方はこの池に何を落とされたのですか?」
「……こい」
「……鯉?」
最初はことばの意味を理解出来なかった女神様でしたが次の青年の台詞に、女神様は全てを理解します。
「おらぁ、素敵なあなた様に恋におちてしまっだぁ……」
「ごふぉ!! ちちちちょっと、待って!! 何を上手いこと言ったつもりでいるんですかーー!? 私、女神様だからーー!! 男に困ってないしーー!! 選ぶ権利だって私にもあるんだからねーー!?」
まさかの逆告白に途端に声が上ずり、ツンデレってしまう女神様は、青年に背中を見せ、頭をかかえると心の中で激しく後悔します。
(何を言ってるんだ! 私ー!? ここは「私もです」って言うところだろー!? あーー!! 渦巻きがあったら飲まれたいーー!!)
そんな後悔しまくっている女神様に、青年は優しく声をかけます。
「あ、あの……。大丈夫だか?」
「え……? ああ、ごめんなさい……」
女神様は青年の方に振り向き、冷静さを装います。
「………………」
「………………」
しばし、沈黙が流れますが、青年がその沈黙を打ち破ります。
「おらじゃ、駄目だか?」
「……へ? あ、いえ、実は私もずっと前からあなたの事を事を見ていて……、つまり、好きでしたーー!!」
思い余って、告白してしまう女神様。それを聞いた青年は目の前がパッと明るくなります。
「へえ!? じゃ、じゃあ!」
「はいーー!! 貴方のご飯を一生作りとうございますーー!!」
「ほ、本当だかぁ!? おら、とても嬉しいだぁ!! おっ母! もうすぐ孫の顔を見せてやれるからなぁ!」
「では早速、お母様に挨拶に向かいましょう!!」
そう言うが早いか、女神様は青年の前に降り立ち思いの通じ合ったふたりは、ひしと抱き合います。
そして、しばし見つめあうと、ふたりの唇と
「やめなさーーーーーーーーーーい!!!!!!」
その現実世界に鳴り響く怒声は空想世界を強制的にかき消した。
「あ、あなあな、あなた!! む、むむむ娘に何を聞かせようとしてるのよ!?」
今までに無いほど動揺する妻。その妻の気持ちを知ってか知らずか、夫は平然と答えを返す。
「何って、これから子供はどこからくるのか説明しようと……」
その夫の言葉を断ち切るように妻は食って掛かる。
「ああアあなた、ばかじゃないの!? ばかじゃないの!? ばかじゃないの!?」
妻はいつもの切れを見せず、同じ言葉を繰り返してしまう。
それでも、何とか自分の言いたかったことをひねり出す。
「むむむ娘はまだ小さいのよ!? へへへんへん、変な事をふきふき吹き込むなって、ななな何度言ったら解るのよ!?」
「何をそんなに慌ててるのさ、俺達も昔、通ってきた道じゃないか」
「ふみゅ!?」
「……ふみゅ……?」
妻は顔を赤面させると、うつむきながら一言、
「…………あなたが思っているほど、周りは面白いとは思って無いからね………?」
そして顔をあげると、夫の頬に向かって電光石火の平手打ちを決めた。
「何で俺、叩かれるの……?」
ところで、魔法使いって何のことですか?