閑話⑪ 勇者の覚悟
お久しぶりです。
一か月空いてしまった……。
俺は一体ここで何をしているのか。
なんでこんなところで、剣をもって、鎧を着こんで、知りもしない敵と剣を交わり合わせているのか。
膂力は圧倒的に勝っている。
力量も技量も全て。
見切ることも斬りつけることも出来る。
それは間違いない。
「…………だが倒せない」
それが徐々に焦りへと繋がっていく。
しかも敵は1人じゃない。
数合打ち合うと、すぐに別の敵と入れ替わり、連続的に攻撃してくる。
盗賊というよりは軍隊というような、非常に統率の取れた動きをしていた。
彼らは文字通り生き残るために死に物狂いで戦っている。
気迫が違う。
柊たちは死にさえしなければ、たとえ負けたとしても信頼は失うかもしれないがそれでも帰る場所はある。
だが盗賊の彼らには、ここを守り切るれなければ文字通り死ぬしかない。
生き残るためには地球から来た勇者たちを倒すしかないのだ。
そんな基本的なことに柊たちは考えが及ばなかった。
もしくは考えてはいても、理解は出来ていても。
受け入れ切れていなかった。
受け入れることを拒否したのかもしれない。
人の、「生」への執着というものを。
その差が、こと戦いの場においては致命的なものとなる。
「イケイケぇ、つっこめぇぇぇ!!」
「今ならいけるぞぉぉ!!」
柊たちのところが穴と分かった瞬間、一気呵成に攻め立てる。
「ぐっ、さばききれないっ!?」
そしてとうとう柊と秋人が守っていた前線が何人かに突破される。
「しまったっ!」
「くそがっ」
柊と秋人が守っていた前線を突破してしまえばもうそこには物理的防御力が無いに等しい桜が残っているだけ。
「……えっ!?」
桜は突然のことで意識が追いついてきていない。
しかしすぐに状況を認識したのか魔法を唱え始める。
「わ、我願い奉るは水の精霊なり。 その清流を持ちて我に迫りし……」
だがギリギリで詠唱は間に合わず桜の間合いへと賊は入り込んでしまう。
桜に迫る盗賊。
その恐怖で詠唱は中断されてしまう。
「……ひっ?!」
「お前を捕まえれば俺たちはまだやれる……」
盗賊の眼は濁りきり、暗い炎が宿っている。
そんな目を向けられた桜は完全に怯んでしまう。
彼女のおびえ切った顔。
その顔を見た瞬間、俺の中で何かがはじけ飛んだ。
「「……え?」」
柊と切り結んでいた盗賊たちが間抜けな声をあげる。
「腕の一本は覚悟しろよ……なっ!?」
桜と盗賊の中間に、ちょうど剣の軌道上に柊が現れる。
そしてあろうことか剣を持っていない片方の手で剣の刃を掴む。
「柊君っ!?」
柊の手から血が滴り落ちていく。
だが彼はそんなことどうでもいいと言わんばかりに剣を握る手に力を込めていく。
「なんだおまえはっ!?」
「そんなものあの子に向けるなよ」
盗賊が向けていた剣の刃ををあろうことか柊は素手でつかみ取る。
いくら盗賊が握っている鈍らとはいっても剣は剣。
素手でつかめば怪我もするし血も流れる。
「おい柊!!」
「……しゅ、柊君!?」
「ちょっと!!」
だが柊には仲間たちの悲鳴にも似た声は届かない。
簡単に言ってしまえば、柊はキレていた。
盗賊にだけじゃない。
敵を、同じ人間だからと言って倒し切れなかった自分に。
そしてそのせいで敵に抑え込まれてしまった不甲斐ない自分に。
人間は殺さないという意地さえも守れない自分に。
だけど!
仲間はまだ守れる……っ!!
まだ遅くない、俺が一番大事にしなきゃいけないのは敵の命でも、プライドでもなんでもない。
このここにいる三人。
「諦めたよ……」
「……はあ?」
「なんだぁ命乞いかぁ!? そんなの今更おせぇよ、俺たちはよぉ……お前らの仲間に何人も殺されてんだよぉ!!」
柊のつぶやきを命乞いと勘違いした盗賊はわめき散らす。
「だからお前も! お前の仲間も! ここでっ…………ぇ?」
盗賊が最後まで叫びをあげることは無かった。
最後の顔はただただ驚きに満ちた顔。
そのままずるりと顔が左右にずれる。
顔だけじゃない、身体全体が真っ二つにされている。
一瞬遅れて血しぶきが噴き上がり眼前にいた柊は返り血にまみれる。
「……お、お前っ……人は殺せないんじゃ」
威勢の良かった盗賊共にどよめきが走り、ついで一歩、二歩と後ずさり始める。
「つまり桜や夏希、秋人を危険にさらしたのは俺の甘さ、ってことか」
「違うっ! それは……「いいんだ」」
秋人の言葉を遮り、柊は盗賊たちへと一歩踏み出す。
その一歩が持つ意味は盗賊たちにとって、先ほどと打って変わって大きな意味を持つようになった。
「ひぃぃぃ」
「は、話がちがうじゃねぇかぁぁ、こいつは殺せないってぇぇぇ……」
「間違いじゃないよさっきまでなら、ってもう死んでるか」
そう告げる柊の声には抑揚がなかった。
ただ淡々と告げていた。
何かがさっきまでと決定的に違う。
「桜、秋人、夏希」
眼前の敵を見据えたまま、後ろにいる桜達へと言葉をかける。
殊更に優しい声音で。
その声は自分たちを慈しむように優しげで。
そしてそれが余計にこの戦場で違和感を掻き立てた。
「そこでじっとしてていいよ、後は全てやるから」
「…………え?」
「だから安心しててくれ。でもそうだな、……これからの俺をなるべく見ないで欲しい………………多分酷いものだから」
そのまま敵の中心地帯へと向かっていく柊。
そ柊の活躍は正に一騎当千で、停滞していた戦線は一気に傾き、そのまま勝敗は決した、勇者覚醒の代償を「シキ」へと残すとともに。
何か感想等頂けたら嬉しいです。




