閑話⑩ 勇者たちは本当の戦場を知る
「……大丈夫かい?」
桜に尋ねた柊だが、問いかける柊の顔色も決して良くない。
それは柊自身も自覚はしている。
「う、うん」
桜は気丈にそう答えるが、虚勢なのは火を見るより明らか。
というかそもそもの話、緊張しているのは2人に限った話ではない。
いつも冷静沈着な聖女の職業を持つ夏希、いつも快活な騎士王の明人も、程度の差こそあれ皆一様に顔が強ばっている。
「……覚悟はしてはいたけど、とうとうこういう日が来たか」
手が震えているのを感じる。
今まではモンスターの討伐をメインに依頼を受けてきた。 中には商人の護衛などもあったが、運良く人を殺すような場面には出くわさなかった。
そう、今までは。
今日俺たちはこの一帯に出没するようになった盗賊団の殲滅依頼を受けた。
俺達「シキ」と他の冒険者、更には騎士団による合同の殲滅。
総勢で50名以上。
今はちょうど盗賊達のアジトへ騎士団が斥候を向かわせているところ。
じきに情報を持っで帰ってくるだろう。
「ふぅ」
一呼吸置いて目を閉じた先に見えるのは過去の記憶。
秋人、夏希、そして桜、それに高校の友達たち。
ちょっと前まではみんなで楽しく過ごしてた。
そして気づいたらこの異世界に強制的にこちらへと来させられた。
当たり散らしたい気持ちは当然ある。
だがそんなことをいくらしても状況は変わらない。
ただ自分に出来ることをするだけ。
だから目の前の依頼を着実にこなす。
そのことが地球へと帰る道のりだと信じてるから、例えそれがどんなに遠い距離だとしても。
俺は地球にみんなで、この4人で帰るためなら出来ることはなんでもする。
そのためなら盗賊だって殲滅して殺してみせる。
「やってやる……」
殺す覚悟は、みんなの顔を見て今決まった。
だけど……たぶん。
みんなはまだそこまで割り切れてはいない。
みなが不安そうにしている。
これから地球に戻るまでは、多分年単位で考える必要があるだろう。
その間には今回のような、いやそれよりもきつい依頼もこなしていかなきゃいけない、それこそ地球に戻るためには。
ただそれを秋人達に求めるのは違う。
この世界で戦うと言い出したのは俺だ。
言い出してみなをその気にさせたのは俺だ。
なら俺は他の誰よりも率先して、手を汚していかなければならない。 あの日々を取り戻すために。
だがそれを皆に押し付けたくはない。汚れ役は俺だけでいい。
それが俺の責務だ。
そう、必死で自身を鼓舞した柊の指先は落ち着きはしたが、それでも未だ微かに震えていた。
※
「はぁぁぁっ!!」
そこらかしこで剣戟が聞こえ、魔導の爆発音、周囲には生臭い鉄の匂いが充満している。
床を見れば敵味方の区別なく、人だったものの亡骸も散見し有り体に言って一種の地獄のような光景が拡がっていた。
「なんでこんなに数が多いんだよっ!?」
誰かの叫びにも似た悲鳴が聞こえてくる。
実力自体は自分たちの方が圧倒的だ。
ただ数が予想よりもかなり多い。
それに加えて……
「…………シキのメンバーの動きが鈍いな」
今回の作戦には騎士団も加わっているが、押し切れない。
突破力として期待されていた勇者たちが完全に萎縮してしまっていて正直戦力になっていない。柊はまだ何とか闘っているようだがそれでもいつものキレはない。
「こうなることは予想出来ていたが……」
念には念を、と考えて少数のブランが動かせる騎士団を引き連れてはきたが敵が予想以上に連携が取れて手ごわい。
「……これはどこか別の勢力と合流したのかもしれんな」
厄介だ。
戦闘が始まる前に白銀騎士団がこちらへ向かっているという情報は入ってきている。
戦場の中心で鬼神のごとき活躍を見せるブランだった剣はとめずに戦場を俯瞰する。
目線を合わせもせず後ろに向けて剣を一閃。 迫っていた盗賊の首を吹き飛ばし、血しぶきがブランへと掛かる。
そのままニヤリと不敵にほほ笑む。
「おいおい、俺たちは王城お抱えだぞ? お前ら全然殺してないんじゃないのか?? せっかくの晴れ舞台だ。 こんなとこでへばってたらいい笑いものだぞっ!?」
一瞬の静寂。
ついで騎士たちの雄たけび。
「「「うおぉぉぉぉぉ」」」
騎士たちの攻撃は苛烈さを増し、その勢いにつられて冒険者たちの士気も上がる。
徐々に徐々にではあるが、盗賊たちを押し返していく。
「このまま一気に突っ切るぞ!!」
ブランの声と共に最後の猛攻を仕掛けようと一気呵成に攻め立てる。
が、予想以上に敵が粘りなかなか崩せない。
「お前らはもう終わりなんだよぉ!!」
「……ぐっ」
盗賊の一人一人がまるで何かを待つかのように、攻めから一転して防御にのみ専念している。
そのまま徐々に徐々に押し込んでいく。
さっきまでの戦いぶりはどこへやら。
何か作為的なものさえ感じる。
違和感。
だがこういう時はそういう直感は往々にして当たる。
(何かがおかしい……)
ブランは周囲へと警戒を深めた正にその瞬間。
「後ろからの奇襲が来てる!!」
「……なに?!」
戦場の音にのまれながらも微かに聞こえた夏希の声。
しかしそれは微かにブランへと届いた。
大量の矢が空から飛来する。
「全員防御だぁぁ!!」
ブランは叫ぶが既に矢はもう目前。
ほとんどが矢の餌食になるだろう。
なら最後に一矢報いてやる、
だが……
「我、願い奉るは光の守護者なり。何者にも侵されぬ神秘の光を持ちて何時の敵から我らを守りたまえ、ホワイトシールド!!!」
この戦場には若干似つかわしくない、しかしそれでいて戦場全体に響く声。
ギリギリで、矢が届くよりも前に夏希の魔導が間に合う。
詠唱はごく短く、それなのに効果は絶大。
この戦場にいる味方全てを包み込むような光。
絶えず矢が降り注ぐがホワイトシールドがそのすべてをはじき返してくれる。
「なっ、夏希……か!? 助かったぞ!! お前ら!! 半数はそのまま前に、もう半数は後ろに対応しろぉっ!」
これが無茶な作戦なのはブラン自身理解している。
後ろにも相当な数がいるのは見えた。
だがチャンスは今しかない。
夏希が相当無理をしているのは、滝のような汗を額に浮かべ、更に白くなりつつある顔を見れば分かる。
「もう少し持たせてくれっ」
「……分かって……る、さっさと終わらせて」
祈りにも似たブランの声音に、いつも通りの不機嫌そうな声音で返す夏希。
見る限りかなりのマナを発動しているだけで消費するのだろう。
(ならさっさと決めねぇとな)
「お前ら!! 夏希嬢が必死に守ってくれるんだ!! さっさとせめおとすぞぉぉ!!」
「うぉぉぉぉ」
そんな夏希の善戦にもかかわらずいまだ柊たちはキレがない。
(まだ早かった……か、だが今はかまっている余裕はない)
それよりも今は目の前の敵を一刻も早く倒す、ただそれだけ。
ブランは自身の得物を握る手に力を籠め盗賊の群れの中へと突っ込んでいった。
お久しぶりです。
引っ越しとかで更新が一か月ぶりとなってしまい申し訳ない。
久しぶりですが本編は進まず今回は勇者たちの話でした。
次も閑話で勇者の話でまたその次から本編に戻ります、多分。
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