74話 無職と魔女は依頼される
また引っ越すことになりました……。
「緊急クエストだぁ!!」
冒険者ギルドに一気に緊張が駆け抜ける。
危険を知らせる鐘がカンカンとけたたましく音をかき鳴らす。
ただその音に反して、冒険者ギルド内に満ちる空気は一瞬で弛緩する、その様は危機感と言うよりはうんざりとした雰囲気。
「……またか」
誰かがそうつぶやく。
追随の声は聞こえず皆ゆっくりとだが立ち上がる。
だがその動作は緩慢で、誰を見ても、全身から疲労感がにじみ出ていた。
「動きが悪い」
ギルドの端の方で俺とゼニスはその様子を見ながら嘆息する。
「無理もないでしょ、普段より強いモンスターが異常に増殖していてふもとのこの町まできているんだから。 幸い強化されたとは言っても低級のモンスターだし今のところ問題は起きていないみたいだけど…、でもこのままだといずれ」
戦線は崩壊する。
……いや逆か、良くここまで持たしているって言った方がいいな。
ファナを助けたあの時から約1カ月。
俺とゼニスは悠々自適と、気ままな復讐的スローライフを満喫するはずだった。
なのに!
それなのに!!
なぜか連日のように戦い続けている。
まぁそのおかげか懐はかなり温まってきてはいるのだが。
復讐的スローライフの「ふ」の字も見当たらない。
「ちょっと修行の日々を思い出すなぁ」
「ふふ、あれを考えればましでしょ?」
「余裕よ、俺たちだけだけど」
毎回のモンスター数は数百体から多くても1000ほど。
万を超えたモンスターと延々と戦い続けた俺からすればなんてことはない。
俺が出来るということは当然ゼニスでも出来る。
が、それは俺らに限った話。
他の冒険者たちは違う。
俺らならこの程度のモンスターに傷がつくことはないが、こっちの冒険者はいくら体を鍛えているとは言っても怪我もするし、死にもする。
回を重ねるごとに戦える人数は減っていき、それにまして活気もなくなっていく。
対してモンスターは回を重ねるごとに数を増し、個々の強さも若干ではあるではあるが増していく。
それでも何とか戦えている理由は二つ。
ギルドが死体の買い取りなどの報酬を平時よりアップしてモチベーションを保とうとしているというのが一つ、だがまぁこれは微々たる理由。
二つ目の理由こそ今も戦えている要因。
「すごいな、獣人と言う種族は」
そう、個々人の能力が非常に高い。
獣人はその中でも様々な種族がいるが、全体的に魔導を比較的苦手としている。
だがそれを補い余りあるほどの身体能力。
それに加えてお互いの不足部分を連携で補え、絶えず相手に隙を見せないように攻撃している。
「ええ本当に。 だからイシュバルは負けたのでしょう」
「ただまぁだからこその持久戦かぁ」
モンスターたちは的確に嫌なところをついてくる。
引き際がよすぎるのだ。
獣人たちは人間どもと比べると圧倒的に数が少ない。
消耗戦となるとどうしても分が悪い。
「元を倒さないとどうにもならないか」
今回の件の裏には何かある。
そう考えさせるほどに作為的だ。
「今はなんとか持たしているみたいだけどそれも時間の問題ね」
「そうだなぁ」
「他人事ねぇ」
「他人事だしなぁ、最悪他の街に行けばいいだけだし、ただまもう少し手伝ってもいいかなぁとは思っている」
「あらまぁ」
なぜかゼニスがニヤニヤとこちらを見る。
「なんだよ」
「あなたが人助けするなんて」
「はぁ? 彼らは獣人だろ? 人じゃない、あんな生き物とは違う、それに冒険者のランクを上げたりするには手っ取り早い、そしたら俺らの目的に結果的につながる」
何を当たり前のことを。
「それにそもそもこれは善意でやるわけじゃない、先に恩を与えて住みやすくするのもいいかと考えただけだよ、ただの打算さ」
「人間だったらそんな打算すらしないものね、それにしてもとってつけたような理由だったわね」
「うるせ。 ただまぁもう少しは様子見……」
「それは困る!!」
いきなり会話に乱入してくる礼儀知らず。
胡乱げに横を見れば狼の獣人がこちらを見下ろしていた。
左眼には眼帯をつけ、身体の至る所に古傷のようなものが刻まれて、数々の修羅場を潜り抜けてきた熟練の者のみがもつ風格を感じさせる。
だがそんなこと二人にとっては毛ほどの価値もない。
「……あんたは?」
そう言った瞬間、周囲にいた数人がざわめく。
残りはやつらはもう討伐へと向かったのだろう。
「ゼニス?」
「逆に分かると思う?」
ですよねぇ。
「ほ、本当にわからないのか」
「ああ」
「そ、そんなに自信満々に言わんでも……まぁ良い。 実際にあったことは無いからな。 わしはパオリー。 このギルドの長をやっておる」
「へぇ……。 で?」
「おぬしら二人に内密に頼みたい事がある」
「……そもそもなぜ俺ら?」
単純な疑問。
俺らは大した功績はまだ上げていないはず。
そう、自分達は思っていた。
「なぜって、いや当然じゃろ? おぬしらはこのギルドのホープなんだから」
……ホープ。
……ホープ。
……ホープ。
その言葉が二人の頭の中で何度も木霊する。
脳がやっとそのことを理解すると二人同時に言った。
「「殺すぞ(わよ)?」」
「なんで!?」
「やめろそのむずがゆい名前。 普通に呼べ普通に。 なんか一気にやる気なくなってきた」
「……あれだけ大量の素材を持ってきたらそりゃギルドとしてはおぬしらの実力に期待するんは当然じゃろう? それにおぬしらはどうやらまだ実力を隠しているようじゃし」
かまをかけてくるなぁ、この爺さん
だが俺もゼニスもまともに取り合う気はさらさらない。
というか俺らそんあ大したことしてないと考えてたが、どうやらそうでもないらしい、それこそむずがゆい生を頂くほどには。
「それで頼みたいことって?」
パオリーの厳つい顔がより厳つくなり威圧感が増す。
本人は真剣なつもりなんだろうが、ここを戦場と彼は勘違いしていないだろうか?
それこそ100人子供がいたら100人全員もれなく泣きだすレベル。
「くえない奴らめ。 まあ良い、おぬしらも今回の件には何か作為的なものを感じておるじゃろ? それを調査してほしいのじゃ、原因を排除してもらっても構わん、出来るのなら、じゃが」
「かまわんって、簡単に言ってくれる、ついでが1番面倒くさそうじゃねぇか」
「おぬしらじゃなきゃ頼めんよ、今この街1番の冒険者は出払っている。 使いは出しているがそれでも間に合うかは微妙なところじゃ。 だからおぬしらに頼みたい」
ふむ。
別に戦うのは藪坂ではないし、何ならさっさと解決してのんびりと休みたい。
だがただで戦うのもそれはそれで釈然としない。
「で、その見返りは?」
「冒険者ランクの2段階アップでどうじゃ?」
パオリーが、めちゃくちゃいい条件じゃろ?と言いたげな、どや顔を晒している。
だが。
「話にならないわね。 報酬が安価すぎるわ」
ゼニスが吊り上げる。
まぁ俺も吊り上げようとしてたし。
「ほぅ、なら先にそっちの要望をいってみよ」
「そうね、じゃあ冒険者ランクを一気にAまで上げてもらえるかしら。 それと今回のモンスターの素材を通常の5割増しで買ってちょうだい、ああ後私たちの住居の確保」
俺も確かに報酬を吊り上げようとしたが、さすがにここまでじゃない。
流石の俺でも引くぞ、ゼニス。
パオリーも頬が引きつってるし。
「……どう頑張ってもBの試験を受けるようにするのが限界じゃ。 モンスターの素材も3割が……」
「…………」
もう言いたいことは言い切ったとばかりにゼニスは無言で微笑むだけ。
「せめてもう少し……」
「…………」
ニコリ。
客観的に見てかなり怖い。
しかもお忘れかもしれないが俺ら仮面してる、その上で口元だけ笑っているから5割増で怖い。
「……Bランク昇格試験と、今回の件のみモンスターの素材4割増し、それと家も紹介しよう。 これが限界じゃ!」
「……まあそんなとこかしら」
「その代わり!!」
ん?
「これは今回の原因を判明させて原因を退いた場合のみに限る!! 原因の判明のみなら3割アップでDランクまでの昇格にする。 異論ないな? だからむやみに突っ込んで行くんじゃないぞ?」
まぁつまり出過ぎた真似をしてこの街に迷惑かけるなよということ。
無謀な行動をさせないために俺らの報酬まで増やしている、というかこのおっさん多分俺らに討伐までは期待してないんだろう。
だから二番目の内容が本命でギルドが払うのは実質素材の3割アップだけこのおっさん仕事できるなぁ。
「まぁ無理そうだったらその時は潔く引くよ」
「冒険者に一番大事なのは引き際を見極められることじゃからな」
「……御忠告どうも、肝に銘じておくよ」
お節介爺さんめ。
お節介なパオリーの視線を受けながらギルドを出る、俺の、俺たちの平穏な復讐スローライフをわずらした害虫を処理するために。
控えめに言って邪魔をされた俺らの殺意はマックスだった。
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