73話 無職と魔女は居た堪れない
「戦争が起きるかもしれないです」
「「……?」」
俺とゼニスは一瞬ポカンとしてしまう。
いやだってそうだろ?
薬草を取りに来たって話だったのに突如戦争が起きるかもしれないって言われたんだぜ?
そりゃどこでどう繋がってそうなったのかファナ以外分かるわけないやろ。
そんな俺たちの困惑が伝わったのだろう。
あ、と声を漏らし赤面しながら話を補完してくれる。
「国がこれから戦争をするかもしれないそうで薬草類が少しずつ出回らなくなっているんです。 それで価格も高騰して、そうすると薬草がいつも採ってる場所だと手に入りづらくなって、それで奥の方に来たらあんな目に……」
戦争ねぇ。
「国が戦争ってどういうこと?」
「一種の噂話なんですけど、そもそもイシュバルとうちって仲悪いじゃないですか?」
「……そうだな」
それもあってこの国を選んだんだし。
「それで最近なぜかイシュバルが異常とも思えるほど強気に出てきているみたいなんです、まるで戦争の口実を探すかのように」
「……へぇ」
それはそれは。
あぁ、仮面しててよかった。
絶対今俺の顔面は酷く歪んでいるだろう。
「10年前くらいに戦争して負けたのにまだ戦う気みたいなんです」
ほんとに懲りないですよねとファナは付け加える。
それを聞いていた玲夜としても、まぁあの国だったらやりかねないと素直に納得できてしまう。王も宰相もそれに騎士も、ごく一部を除いて基本的に碌な奴がいないからなあの国は。
だが……
「なぜそんな急に戦争を?」
「さ、さすがにそこまでは……。私も何回か小耳にはさんだ程度なので」
ファナが顔を俯かせためらいがちに答える。
そりゃ分からなくて当然だよなぁ、彼女は冒険者とかじゃないんだしそんな情報を多く知っている訳がない。
とは言っても……
「……噂話で出るほどには有名な話なのね」
逆に言えば一般人でさえ手に入る情報ということになる。
それほど広く色んな奴らが話しているのだろう。
「……こりゃ戻って情報集める必要もあるなぁ」
受付嬢にでもきくか、どうせ大量の素材を渡さなきゃいけないんだし。
玲夜が思考の波にのまれているその横で、ファナは何かを聞きたそうに狐耳をぴくぴくとしていた。
その様は大変愛くるしくもし玲夜が見ていたら視線は間違いなく固定されていただろう。
まぁ本人はファナの様子にも気づかず自身の思考に没頭してしまっているが。
「……さっきまであんなにもふってたのに、ちょうどいいとこ見てないんだから玲夜は。 気づいていい時に気付かない、本当に鈍感なんだから」
もちろんゼニスはそれを目撃しているわけで。
「どうかしたの、何か聞きたいこと?」
可能な限り柔和な笑みを浮かべるゼニス。
玲夜が見ていたら間違いなく「どうしたそのキャラは? 誰だお前」と余計なことを口走ってゼニスに氷漬けにされているだろう。
「あのぅ……まずお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「そういえば私たちが一方的に聞くだけ聞いてこっちは名乗ってなかったわね、ごめんなさい。 私はゼニス。 そしてあっちのあなたの耳をもふった、セクハラ変人がレイヤよ」
「ゼニスさん、それにれ、レイヤさん……」
「私たちがあそこにいたのはたまたまよ、ただモンスターの素材を集めに行っただけ」
「依頼……ということは冒険者さんなんですね~。 それもさぞご高名な冒険者なのでしょうね」
ファナは期待と信頼に満ちた目をゼニスへと向け、さらには耳と尻尾をピコピコ、フリフリと動かす。
これにはさすがのゼニスも目を奪われてしまう。
「……えっ?!」
そして玲夜もまた思考の闇から舞い戻ってくる。
目線の先にはなぜかゼニスへと尻尾ふる狐の姿。
「なっ?!」
驚きのあまり目を見張る。
その間もゼニスとファナの会話は続く。
「私たちが高名な冒険者? どうしてそう思ったの?」
「え?違うんですか? 高ランク冒険者様でもなければあの山に、それもこんな少人数で、こないと思ったからなんですが……。 先ほども見たとは思いますがオークの上位種や、いろんなモンスターの上位種が出ますし――」
「……え? 普通のオークとそう大差なかったと思うけど?」
「いやいや、全然違いますよ! 色とか大きさとかもう全然!」
大きさを伝えたいのか、身体全体を使って表現しようとしている。 そのせいで耳とか尻尾がフリフリしていて大変けしからん!!
……まぁしているだけで伝わるかは別問題ではあるのだが。
「ああ分かった分かった、結構違うんだな」
「ええそうで……ひっ?! 変人セクハラレイヤさん?!」
「……何その呼び名」
思わずジト目になる。
絶対ゼニスがなんか言ったろ。
しかもなんかじりじりと俺から離れていってゼニスへとすり寄っていってるし。
「ダメでしょ?彼女をこわがらしちゃ」
いや言うて仮面をかぶってる時点でお前もそんな変わらんからな?
……あ、今さりげなく狐耳もふった!! ゼニスもなんだかんだ言ってもふりたかったんじゃん、ツンデレめ。
「……玲夜、絶対今失礼な事考えてるわね?」
「いえいえ何のことやら。 まぁ色々と事情があるのは分かったがそもそもなんでファナ?ちゃん?は薬草を取る必要があったんだ? 言いたくないならそれはそれでいいけど君にあそこはきつそうだぞ?」
「ちょっと玲夜それは……」
「いえお気になさらないでください、隠すようなことでもないので。 ああ、あとファナで大丈夫ですよへんt……レイヤさん」
今この子、変態って言おうとしなかったかな、うん?
「まぁそんなに大した話では……あっ」
「…………ん?」
「どうせなら私の家きませんか? 事情は見てもらえばいいかな、と。 高名な冒険者様なら何か分かるかもしれませんし。 ご飯でも食べていってください!!」
「え、えーっと……」
もう街か、案外時間たってたんだな、暗くなってきてるし。
てか女性の家にいくとかどうしたらいいかわからん!!
ゼニス!!
「特に予定もないんだしお邪魔してもいいんじゃない? でも期待しないでね?」
「あ、大丈夫です! 本当のところ何かお礼したかっただけなんで。 まぁそれが料理創るだけと言うのも申し訳ないですけど」
ゼニスがそう言うならいいんだろう。
お世辞とかそう言うことではないはずだ。
「……嫌々全然ありがたいよ?」
「あ、でも期待しないでくださいね? そんな豪華なものとか出せませんから!」
「そんな畏まらなくてもいいのに」
ファナの言った通り家は街に入ってすぐのところにあった。
「ただいまぁ」
ファナが中へと入るとパタパタと奥から狐耳幼女が小走りで駆け寄ってくる。
「おかえりなさいお姉ちゃん!」
「はい、ただいまミーチェ」
「その人たちは?」
「冒険者さんよ、今日一緒にご飯食べるの」
「そうなんだ!」
「おかーさん!帰ったわよ」
玄関の奥にある扉を開けた先にはベッドに腰かけたわる妙齢の女性。
その顔は青白くやせ細っている。
「ファナ……おかえり」
「お母さんただいま。 調子はどう?」
「ええ、だいぶ良くなったわ。 そちらの方は?」
「こちら薬草採りに行ってるときに出会った冒険者さん。 お手伝いしてもらったから一緒に夕飯誘っちゃった」
「……そうなの、じゃあゆっくりしていってもらって。 お二方、娘の世話をさせてしまい申し訳ございません。 どうぞごゆっくり」
「いえいえめっそうもない」
「じゃあまたあとで」
部屋の扉を閉めると、ファナは「はぁ」と小さくため息をつく。
「お母様は体調があまりすぐれないの?」
「……はい、お医者様にも見てもらったのですが理由がよく分からなくて」
「そう……」
「とりあえずは薬草で痛みは引いているみたいなのですが」
ファナは一瞬だけ悲痛そうな顔をのぞかせるが、すぐに笑顔でその沈痛な表情を隠す。 そしてミーチェのいる部屋へと俺たちを案内してくれる。
「ゼニスさんたちはご飯が出来るまでここで少々お待ちください、すぐ出来ると思いますので」
「なぁ」
「ええ、言いたいことは分かってるわよ」
ファナが出て行ったのを確認して俺らは話し始める。
「あれ多分なんかの魔導だよな?」
「呪いっていった方が正しいわね」
「だよなぁ」
「……専門の人に見てもらうのがいいのでしょうね」
必然、俺らに今できることは何もなくなる。
俺らに出来るのはせいぜいが自分の傷を治すことだけなのだ。
「とりあえずはご飯いただきましょうか」
「……そうだな」
*
ご飯はとてもおいしかった。
あの長年閉じ込められた後、初めてゼニスの料理を食べた時ぐらいには感動した。
「まぁ見た通りです、母のために……」
「そうか」
「ほんと迷惑ですよね、イシュバルには」
まぁファナからしてもそうだろうな。
あそこの国のせいで間接的にとはいえ迷惑被ってるし。
「ほんとあの国は碌なことしない……早く滅びるべきだな」
「え? 最後上手く聞き取れなかったんですけど?」
「いやなんでもない、それよりお母さんだが詳しいことはよくわからなかった」
俺がそう告げると、顔は気丈なままだが、シュンと耳は垂れ下がる。
(ほんと分かりやすいな)
「ただ何かしらの毒か呪い、みたいではあった」
「呪い? ですか」
「その顔は心当たりなさそうだな」
「はい……」
「分かった。 俺らもそう言った情報がないかは注意しておくよ、ゼニス今日は帰ろう」
「そうね、あんまり遅くなっても悪いし」
「そうですか、今日は本当にありがとうございました!!」
頭をギリギリまで下げるファナの純粋な感謝に、さすがにいたたまれななった俺たちはファナの家族に挨拶して足早にその場を後にした。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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嘘です。
誤字脱字報告いつもありがとうございます、めちゃくちゃ助かってます!!




