閑話⑥ 勇者たちは帰還する
「うわ、いってぇぇっ」
歩くだけでも秋人は激痛を覚えるらしい。
まあそれもしょうがないわね、ヒールには痛みを短時間感じなくさせるようなものを入れてあったけどなくすわけじゃないもの。だから今頃痛みがぶり返してきたのね。
「もうちょっとの辛抱だぞ秋人」
「分かってらァァ」
「ここまでの傷だとやはりサーラさんの方が短時間で治せるのよね、力不足でごめんなさいね」
「気にするな、夏希。お前は十分やってくれたよ!」
戦いが落ち着いたからか、自分の力不足を認識してしまう。
そんな重い空気を蹴散らすように先頭を歩いていた桜の明るい声がダンジョンの通路へと響き渡る。
「あっ、出口だ!」
出口を通り過ぎた先には明るい日差しとここ最近見慣れ初めた顔ぶれ。
「お疲れさん!」
「お疲れ様~」
ブランとサーラがひらひらと手を振ってくれている。
「お待たせしてすいません」
柊が4人を代表して返答する。
「いやいや予想より全然早いほうだったぞ。あ、モンスターの血とか見ても大丈夫なようになったか?」
ブランが言っているのは1番最初にダンジョンに入った時のことだろう。
「さすがにまだ動揺はしますが……それでもあの頃よりはマシですよ」
返答をした柊はもちろんのこと私を含めてその場にいた全員が苦笑を漏らす。
「そっかそっか、成長してるなって、って、いてぇ!何するんだよサーラ!」
「あんたこそ何してんの!この子達少なからず怪我してるでしょう!さっさと休ませてあげなきゃ」
「……ん?よく見れば傷だらけだなどうした?」
どうしたはさすがにどうなんだろう。
最初見た時は怖い人かと思ったけど存外抜けてるところが多いということが最近になって分かってきた。
「普通にモンスターと戦ったからなんですけども……」
「お、ちゃんと戦えたのか、そりゃよかったがはははっ」
「だから違うでしょ、早く帰るの!」
「おっとそうだったそうだった」
「まったくもう」
「すまんすまん、だからサーラもそんなに怒るな、そんなんだと小皺が増えるぞ?」
あ、これはやったな。
横を見ればブランさん以外の全員同じような顔をしている。
そして一歩、二歩と下がっていく、サーラさんの冷たいオーラにあてられて。
そのことに気付かず逃げていないのはこんな雰囲気を創り上げた当人のみ。
と思ったら逃げられてない男がもう一人いた。
「い、い痛いっす、サーラさん。痛いっ!」
「あらごめんなさい」
謝りながらも視線はブランさんに固定されたまんまだ。
秋人を見れば視線で助けてくれと私たちに訴えかけてきている。
うん、分かるわ秋人その気持ち。
今あなたはさっきのパラライズスラッグと戦った、いやそれとは比較にならないほどの圧倒的恐怖を覚えているのよね。
だから私たちも共に戦おう、そう思った矢先。
「ねぇブラン?」
サーラさんの氷の微笑。
一瞬にして私たちの気概は凍り付いた。
「おう、どうした?」
なぜブランさんはここまで愚鈍なのだろうか、心底疑問に思ってしまう。
まあ分かったところでこの状況はどうしようもないからこれはただの現実逃避なのだろう。
とりあえずは秋人を助けることが不可能なのはもう確定的。
私は秋人に、にこりと微笑みかける。
彼もぱぁっと笑顔を浮かべる、助かると思ったらしい。
だから口パクで「がんばって」と伝えた瞬間、秋人は絶望に満ちた表情をしていた。
因みにブランさんはサーラさんに城へと帰る途中でぼこぼこにされていた。
*
「ん? あれって……」
柊が視線を向けた先にいたのは全身、白銀に輝く鎧を身に着けた大規模な集団。
その集団の先頭の人ははひときわ輝く鎧を着ている。
背筋をきちんと伸ばし馬上に座っている。
「ああ、白銀騎士団だな。てことは出発するのか」
何か訳知り顔のブランさん。
次第にその距離が縮み、やっと顔が見える距離になる。
そこでようやく柊が声を挙げた理由は分かった。
ああ、あれミリアさんだ、話したことないからすぐには分からなかった。
多分柊だけが直に話したことがあるからすぐにわかったに違いない。
「お久しぶりです」
今回も私たちを代表して柊が話す。
「ああ、勇者殿たち一行か。 どうだ、修行の方は順調か?」
ミリアはにこりと私たちに微笑みかけてくれる。
口調は固いが根本的には優しい人らしい。
最初にあった時も優しくしてくれた。
それで私たちも少しリラックス……とまではいかないが気を紛らわすことが出来た。
「はい、そこそこですが。それでミリアさんはこれからどちらへ?」
「おい、柊。それは流石に……」
ブランさんの静止で柊も自分が深入りしすぎたことに気付いたのだろう。
ミリアさんも苦笑気味だ。
「あっ、すみません」
「はは、よいよい。 まぁ詳しくは話せないけどもとりあえず緊急任務が私たちに下されたの」
「緊急?」
「ええそう、でも心配しなくていい」
「どういうことですか?」
「私たちはただの様子見。というか間違いかどうか確認するために行くだけだから」
「実質不安はないと?」
「まぁそんなところよ、さすがに私ももう行かなきゃいけないから行くわね。 ブランとサーラは今度お酒でもゆっくり飲みましょう」
それを聞いた二人は苦笑気味に返事する。
「それでは」
騎士団を引き連れてそのまま私たちが来た方向へと進んでいく。
「緊急任務か……てことはあいつが行くのか」
「……ブランさん?」
「いやなんでもない。あいつに任せとけば大丈夫だ、それよりもお前らは修行だ修行、そのためには……」
「そのためには?」
「帰って飯食って寝る! んで明日からまた修行だ!」
「ブランさんはお酒を飲むんでしょ?」
「はは、言うようになったじゃねぇか夏希ぃ!正解だ、今日は浴びるように飲むぜ?」
「今日も、でしょう? あ、そういうことだそうですよ、タントさん?」
「なっ……」
ブランさんが後ろを振り向けばそこには彼の副官ともいえるタントさん。
額には青筋を立てている。
「ブラン統括官?」
「タ、タント?」
「仕事、しますよね?」
そのままブランさんとサーラさんは仕事へと戻っていく。
「それじゃ俺たちはお言葉に甘えて休もうか」
「ふーっ、やっとベッドで寝れるなぁ」
そうやって周りの状況は変化しながらも、私たちがすることが変わることは無かった。




