閑話③ 勇者たちは実感する
「ここがダンジョンかぁ」
柊が感慨深げに声を挙げる。
「ああ、そうだ。 案外大きいだろう? とは言ってもここは全5階層だけの踏破済みの初心者用のダンジョンだからかなり小さめなんだけどな」
「え? これでですか?」
目の前の塔のようなダンジョンが小さめとはあまり信じられない。
「ああ、街一個分とかざらにあるぞ?」
「嘘……」
「いや、本当だ」
ブランが笑いながら教えてくれる。
他にも寡黙で体術を使うもう一人の指導役であるランダと回復魔導を使えるサーラ、それに魔導の指導役のミシャスがついてきてくれている。
ブランの副官であるタントは城で雑務を遂行中だ。
タントの仕事ぶりを見る限り、最初厳つい印象だったブランさんはどうやらかなり脳筋らしい。
だがやはり、彼らは完璧には信用できない。
戦いとかでは信用できるんだけど。
(彼らの背後にいるイシュバルという国自体がやっぱりね)
「まーた難しいことを考えているんでしょ?」
「いえ……そんなことは」
「今、考えるのはダンジョンのことだけでいいの、ここにはあなたの敵はいないんだから」
「……なんのお話ですか?」
「ふふっ、ほら行くわよ? 彼らはもう入ってるし」
いつの間にかダンジョンの外にいるのはとサーラと自分だけになっている。
「怖いならお姉さんが一緒に手を繋いであげましょうか?」
「なっ…………1人で大丈夫です!」
「あらそう?」
もうっ、子供扱いばっかして!
そんな不満と共に私もダンジョンの中へと入っていった。
*
「はあぁ!」
まずは1階層。
ブランさんによると、スライムや犬のような魔物であるコボルトが中心らしい。
普通の冒険者であれば片手間に倒せるような魔物らしい。
目の前にいる柊と秋人がそれぞれスライムを切り裂いている。
「あんま強くねぇな」
「油断はしないつもりだけど歯ごたえはあんまりないよね」
柊と秋人は剣をさやに収めながらそんな風に呟く。
「まあ、ここは初心者用の魔物だからな、お前たちの実力があれば問題なんてあるはずはねえんだよ」
「なら、もうちょっとレベルの高い所でも良かったんじゃ……」
「っと、行ってる間に今度はコボルト2体が来たぞ?」
「せっかく鞘に剣をしまったんだけどな……まあいいか直ぐに終わらしてやる!」
「さて、本当にそうはいくかな?」
ブランの言葉はもう既に秋人と柊には届いていない。
「桜たちに活躍なんてさせねえよ、おらァァ!」
「……ふっ!」
そんな気合いの言葉と共に柊と秋人がそれぞれ1匹ずつ一瞬で切り伏せる。
斬られたコボルトは一瞬で絶命し、辺りに血が巻き散る。
それがもろに斬った柊と秋人に降りかかり、少し離れたところにいた桜と私にも飛沫が飛んでかる。
「……え?」
半ば茫然自失といった様子の柊と秋人、それに桜も。
こう言っててなんだがわたし自身今は相当顔を青くしているはずだ。
指導役の人達はみなそれぞれ独自に魔導を展開したり、避けたりしている。
「どうだ?実戦は」
そんな中、ブランが真剣な面持ちで私たちに聞いてくる。
その問いに誰も答えられない。
「俺がなんでこのダンジョンに来たか分かるか?さっきお前たちは言ったな、もうちょっと上のダンジョンでも良かったと。今でもそう思うか?」
「……いいえ」
「そうだ、お前たちの実力なら確かに上のダンジョンに行くことは可能だろう。だがお前たちの心はそうじゃ無い。お前たちが生まれ育ってきた場所ではこんな間近に死を感じたことはないだろう、それこそ自分で命を奪うという経験も」
そんな経験あるわけが無い。だって地球の、少なくとも日本では私たちはただの高校生だったんだから。 ただ普通に学校に行って柊や秋人、桜と放課後話したりして、時には一緒に出かけたり。
そんなごく普通の高校生だったんだから。
「お前たちの言いたいことも分かるさ。そういう世界だったんだろう、もちろんそっちの方がいいに決まってる、勝手に召喚した俺達が言える義理でもないのかもしれない」
誰も何もブランには言えない。
サーラもミシャスも、タントも誰も何も。
だってそれは事実だから。
「さっきのスライムでは命を奪ったという感覚が沸かなかったかもだが今回は違った。コボルトには、血があったしな。それが具体的な死というイメージに変換されたんだろう。でもな、この世界では、お前たちの言う異世界ではこれが普通なんだ、常識なんだよ」
俺もこんなことをガキに言いたくないけどな……とボソリと呟くブラン。
「最終的に魔王を倒すということはまあこういうことだ。倒すといえば聞こえはいいがそれ即ち相手を殺すということだ」
殺す……非常に強い言葉。
「だが、同時にこれも覚えていて欲しい。お前たちが殺した命のお陰で安全に生活出来る奴がいる、生き残れるやつがいるということを」
「だから私たちは戦う……まあそれでも分かりにくかったら自分の身の回りの人達、それこそアナタたちなら誰かこの世界にいる、それこそあなたたちの柊、秋人、桜、夏希、それに玲夜君、それぞれが他のメンバーのために戦うとかでもいいと思うわよ?」
サーラさんの言葉は私たちにより現実味を帯びている。
「殺しに慣れろなんて言わないさ、ただ誰かを守るために剣を魔導を使うんだ、その事をわかって欲しかった。命を奪うという行為の重さもな」
ブランはそう締め括る。
「よし、それじゃ城に帰るか」
さっきまでの真剣な声とは一転して明るい声を出すブラン。
「え?このまま上に行くのでは?」
「バッカ、そんな血だらけの格好でか? それに考える時間も欲しいだろう。 おっさんが風呂でも入りながら聞いてやるからよ、ほら、帰るぞ!」
柊と秋人の肩をバンバンと叩きながら入ってきた入口へと戻り始めるブラン。
話の途中からふらついていた桜をミシャスが支えていた。
そんな私も辛うじて立てているくらい。
それぐらいショックだった。
間近で感じた死が。
私たちの倫理観を覆すような出来事が。
柊たちのことをゲーム感覚と言いながら自分でも少しそう感じていた私の浅慮さ、馬鹿さ加減にも。
「ほら、そんなに落ち込まないの、考え方がそもそも私たちの世界とあなたたちの世界では違うんだから」
「…………そうですけど……」
「ほら、薄暗いところで考えてても仕方ないわ、帰るわよ?」
そう言ってサーラさんが手を差し出している。
私は今度はその手を……
今だけは……
ちょっとだけ掴む。
全部じゃないのは私の精一杯の抵抗。
「ふふっ、私達も一緒にお風呂に入ろうか?」
「……それは結構です」
「あらあら」
いつもは苦手と感じる彼女の軽口も今では少しだけ嬉しかった。
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