閑話① 聖女は不信感を募らせる
私、宝生夏希は柊たちと一緒に統括官であるブランから訓練場へと来るようにと呼び出されていた。
(珍しい、いつもは腕組して厳しい顔で私たちの訓練を見ているだけで特に何も言ってこないのに。 それが呼び出すってことはあの男、玲夜のことかしら……。 秋人にデコピンされてからもう1週間訓練には出てきていないし)
そんなことを考えているとそのブランが訓練場の入り口から入ってきている。
その手には一枚の紙。
「今回君たちに1つ報告することがある。 落ち着いて聞いてほしい」
ブランが一旦言葉を切る。
そのせいで私たちも自然と緊張してしまう。
「こないだ、秋人がレイヤ・ツキシロをデコピンで吹き飛ばしたことはお前たちの記憶にも新しい筈だ」
たしかにデコピンで彼は漫画みたいに吹き飛んでいった。
あの時は回復魔導を使えるサーラさんのお陰でなんとかなった。 私が1度お見舞いに行った時には結構元気そうにしていたはずだけど。
「それで彼がどうかしたんですか?」
「もしかしたら復帰するのか?」
秋人が少し気まずそうにする。 まだ上手く玲夜相手に力を手加減できるか不安なのだろう。
しかしその心配は杞憂に終わる。
「どちらかといえばその逆だ。 彼はこの王都から出て行った」
それを聞いた私たちの反応は三者三様だ。
柊は「そうか……」と軽くつぶやくにとどめ、秋人は顔をうつ向けている。 自分のせいでと責めているのかもしれない。 桜だけは寝耳に水とばかりに驚いている。
私はというと……特に驚きはしなかった、ある程度予想はしていた。
まさかここまで出て行くのが早いとは思わなかったし、そもそも城から出るとしても王都からまで出て行くまでとは思わなかった……。
だけど、真っ先に出てきた感想は「ああ、そうなんだ」ただそれだけ。
それよりも今心配なのは秋人の方。
「理由は言わなくてもわかるだろうが一応言っておく。 彼のステータスでは君たちと一緒に戦うことはできないと王様が判断なされたからだ、それは多分君たちが一番実感していることだとは思うが……。
そしてそのことは本人も痛感していたらしい。 王様が他の地に移住することを進めたら二つ返事で了承したそうだぞ」
これはブランなりの秋人へのフォローだろう。 彼が必要以上に責を感じさせないようにしているのだ。
……でも私としては少し引っかかる。
彼がそんなことで諦めるとは思えない、魔導を使えないと知ってすぐに筋トレをし始めたあの彼が。
仮に諦めたとしてもわたし達に挨拶の一つもしないのもおかしい、彼はやけに礼儀正しかったのを覚えている、それこそ前世ではサラリーマンをやっていたんじゃないかと思うぐらいに。
「なぜ彼は私たちに一言も言わなかったのでしょうか」
柊も同じことを疑問に思ったらしくブランへと尋ねている。
「うーむ、分からん。 さっきわたしも聞かされたばかりだからな。 ただどうやら彼は手紙だけは残して行ったようだ」
ブランは手に持っていた手紙を柊へと渡す。
そこには『今までありがとう。』と簡潔に書かれていた。異世界の言葉で。
「レイヤは君たちの幸運を祈っているとも言っていたらしい。 陰ながら支えられるように努力するとも。 そして金貨500枚と共にすぐに旅立ったそうだ。
……思うところは君たちにもあるかもしれない。 だがわたしは良かったと思っている。 お世辞にも彼のステータスでは戦えるとは思えなかった、このままここにいてもそれをより痛感させることになるだけだったはずだ。 そのこともあって、勇者パーティーと彼が呼ばれることもない。 召喚されたのも公式には4人ということになる。 しかしこれが誰しもが幸せになれる一つの形なのだ。 多分それを彼も理解している。」
「それは……」
柊が言葉を詰まらせる。
彼が言葉を詰まらせた理由は私も分かる。
勇者パーティーとして召喚されたのに……。
そう呼ばれないのは余りにも可哀想ではないか、彼も召喚されたくてされたわけではないというのに。
そう思ったのだ。
だが同時にこうも考えてしまった。
もし彼が勇者パーティーとして認識されてしまったならばその力を頼られることになる、だが彼は力がないため何もできないのだ。 挙げ句の果てには白い目で見られ、召喚されたのに使えないと蔑まれるかもしれないのだ。 それは彼のためにはならない。 とどのつまり勇者パーティーという肩書きは彼にはマイナスにしか働かないのだ。
「何とも言えねぇな」
それを代弁したかのような秋人の言葉。
「そんなのってあまりにも……」
桜も同情するように顔を俯かせる。
わたし達の間に微妙な空気が流れる。
「そう心配するな。 レイヤの待遇は最高だぞ。 端っこの方とは言っても、大きな都市だし、豪華な邸宅に住めて護衛とメイドまで付いているんだ。 かなりいい待遇で俺も羨ましいぐらいだ」
ブランが珍しく快活に笑う。
それが私には逆に怪しく思えてしまうのだが、秋人たちはそうでもなかったようだ。
「そりゃ羨ましいねおい。 今度みんな様子でも見に行くか」
「まぁ何かしらいい手土産になるような話が出来るようになったらだね、俺も彼とはもっと仲良くなりたいし」
みんなの雰囲気が明るくなった、だから私も水を差すようなことは言わない。 この話がおかしいことについて。
柊たちは気づいているのかしら、いえ見ないふりをしているのかもしれない。
なぜ手紙が異世界の言語で書かれていたのかということについて。 わたし達は自動翻訳みたいに見えるからいいけど彼はそうではないはずなのだ。 必死に覚えたとしても、手紙をわざわざ異世界の言葉で書くとは思えない、日本語の方が書きやすいだろうし。
次にわたし達は彼が出立するところを見ていない。 彼ならやはり挨拶ぐらいするだろうし。
それが手紙だけ残して急にいなくなった。
私はそこで考えるのをやめる。
下手につつけばやぶ蛇になりそうだから。
(だって私が気付いたことにブランたちが気付かないはずはない)
ということは彼らは意図的に無視している。
そう思うと彼の笑顔がひどく嘘っぽく見える
しかし今のところ問題はない。
今は王も私たちを強くすることに力を入れてくれているし問題は無い……。
でも……信頼することも出来そうにない。
玲夜からの手紙は私たちを明るい雰囲気にしてくれたが、私個人には一抹の不安と、この国【イシュバル】への不信感を募らせた。
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2章は少々お待ちください。