101話 『シキ』の撤退と増援
2週間ぶりになってしまった
戦場に響き渡る焦燥、怒声、悲鳴。
兵士たちが踏みしめる土の匂い、汗の匂い。
そして血潮の、鉄臭い匂い。
既に主部隊どうしの戦いが始まってかなり経っている。
少なくとも30分以上はたっている。
「はぁぁあっ!!」
目の前の獣人を切り裂き、追撃の一筋を放とうとして踏みとどまる。
「……くっ、決めきれない」
無力化することが出来ない。
獣人部隊は統率が為されており、負傷者こそだすものの致命傷までは至らない。
大してイシュバル側と言えば正規の兵士だけで構成されている訳ではないためそこの統率力と言うのは一歩後れを取ってしまう。
そのための勇者ではあるが、
「すまねぇ助かった!」
「おうきをつけろ!!相手はイシュバルが呼んだ勇者パーティーだ、いきすぎるな!それが俺らの役割だ!」
「おうよ!」
柊達はライガールを追い払い、即座に主部隊の応援として戦の舞台へと向かった。
それが遊撃隊としての勇者パーティー【シキ】の役割。
が、その役割を十分には果たせていない。
「警戒されているね」
「ああだな、獣人たちは予想以上に綿密に情報を持っているらしいな。 こちらの連携等もある程度ばれているとみていいんじゃないか?」
秋人が言う通りでほぼ間違いないだろう。
と言うことは普段使っていない、それこそあの状態の俺なら、この状況を打開できる可能性はある。
現状、情勢は五分五分。
いや、こちらの方が倒されている兵士の数は間違いなく多い。そもそもの数はこちらのほうが多いが、相手の兵士は回復すればまた手数は元に戻る。
奇襲にやってようやく獣人たちは今の五分五分の状況を作り出した。
だが獣人にとってはそれだけで十分。
そもそも獣人と人間では身体能力に差がある。
五分五分にさえしてしまえば力と連携でどうとでも押し切れる。
そう獣人たちは考えていた。
その考えは間違いではない。
イシュバル側の主要な攻撃魔導でたる大魔導火砲大魔導火砲はほとんど効果を出していない。
対して獣人はまだ余力を残している状態。
イシュバルもまだ出ていない部隊があるとはいえ心理的に押され気味ではあるのは間違いない。
ある意味閉塞した状況。
そしてそのきっかけを創るのは誰か。
イシュバルでいえばその役割を担っている1人は間違いなく
「俺たちが何とかこの状況を打開するきっかけだけでも」
近場の敵を倒しながら柊は思案する。
ここで一つ切り札を使うべきか否か。
使えば間違いなく、突破口を開けることは出来るだろう。
だがその反動で少しの間動けなくなる。
どうする……
逡巡している間にも戦況は移ろいゆく。
「ふぅ……」
桜と夏希、それに秋人には自分のバックアップに入ってもらう。
覚悟を決め、いざマナを自身の位置に凝集させようとして。
『柊、夏希、桜、秋人』
ブランからの声。
それが心の中に響いてくる。
『聞け、これは一方通行だから会話は出来ん』
有無を言わせぬ口調。
たしかこれは試作品の魔導具とか言ってたな。
スマホとかに比べれば不便だが、相手に遠方の状況を伝えられるという点の利便性は図り知れないだろう。
確か指揮官レベルにのみ渡していたはず。
『1度退いてこい』
……退く。
それはここにいる味方を切り捨てろ、ということか>
「いや俺たちは!!」
『味方を置き去りにするのか、そうお前たちなら思うだろう。 だがうぬぼれるな! お前らが少しいないぐらいなら我らは負けぬ! それに新たな増援も送っておる。 だから安心して、一旦引き態勢を立て直せ、これは命令だ』
戦場で指揮の乱れは敗戦の要因になる。
そしてブランはシキが戻ってくる前提で作戦を組むということ。
「一旦戻ろう、休息は必要だ」
奇襲部隊との戦いから本隊の戦いに合流。
正直ずっとフルスロットルで戦っている状況。
身体はまだ戦えるが、集中力がいつ切れてもおかしくない状態ではある。
そしてそれは戦っている本人たちが1番よく理解していた。
「しかし増援っていったい?」
イシュバル側にそこまでの余裕があるとは思えない。
前にブランさんと話した時には、「まぁ前の戦争と同じやり方をしても勝てるわけないからな」と言ってたから何か当てがある、と言うことなのか。
シキの面々が本陣に戻ってくるその途中。
土煙を上げながら、こちらへと進行してくる部隊があった。
その部隊はイシュバルの兵士たちの間をこえまっすぐノーラの兵たちの元へと向かう。
「……何だぁありゃぁ」
その部隊の姿に俺たちは絶句する
唯一紡げたのは秋人のそんな声。
「あれは本当に、人間なのか?」
遠くに見えた、その姿は上半身が人、下半身が獣、と身体が混じったひどく異様な姿で一人3メートル以上は超えている。
それは果たしてヒトなのか。
「あれが増援の兵?」
そんな疑問を俺たちは持ちながら本陣へと戻った。
*
「あれは人獣合体、の失敗作、だよね」
本来の人獣合体はお互いの共生が取れた状態のはず。
あれは無理やり同化させたかのように醜いものになっている。
だがこの技術は当の昔に失われた……いやそうでもないのか。
厳しい眼で遠くの戦場を見つめるは金髪くるくるパーマの男とも女とも知れぬ人物。
「帝国を除いて、だね。 あそこのトップは……。イシュバルに元々こんな技術はないはず、ということはやっぱりこれは実験的意味合いが含まれているということかな?」
そう言うことならここに至るまでに使われていた魔導の理由にも納得がいく。
「この戦争、帝国が1枚かんでいるということなのね」
1枚どころかあるいは……
「いやそれよりもこの毒については止めないといけない。 もしこれを使えば周囲への影響が……」
イシュバルの賢者、ローリーは人知れず動き出した。