92話 無職と魔女、獣王と王妃
「わしと1戦、やり合おうではないか」
獣王の言葉に周囲が騒然とする。
この場で獣王が放った言葉の意味。
他国と、この他種族国家ノーラでは持つ意味合いが大きく異なる。
他国、それこそイシュバルやそれに帝国等その他の国では、貴族制度が導入されており、階級差というものが存在する。
対してこのノーラに制度上そういったものは存在しない。
現在の王族は初代の血筋を脈々と受け継い出来てはいるが、それは世襲で決まった訳ではなく、すべて独力で勝ち取ったもの。
それ故に王が戦いを望むということはすなわち王に認められ、かつ王と闘うに値するものと言うことになる。
……ふむ。
たぎるような目を向けられて、玲夜には退くという選択肢はありえない。
自然と身体から闘気がにじみで始める。
「ははは、やる気にお前もなってきたみたいだなっ!!」
お互いにそのまま一触即発の状況。
物音の一つでさえよ開戦のきっかけになる。
そんな緊迫した状況。
そして……
ポトリ。
誰かの汗が床に垂れたその瞬間。
2人が同時に床を駆ける。
「ふっ!?!?」
「…………」
1度の拳と拳のぶつけ合い。
あたりに衝撃波が吹き荒れ、ビリビリとその場にいるものの身体を揺らす。
「……ぐうっ!?なんという圧力!!」
「これが獣王様のお力か!!!」
「それに対抗するあの仮面のもの。かなり強いぞぉぉぉぉ!!」
会場のあちらこちらでそんな見当違いのことが聞こえ始める。
「これが本気いぃぃ?笑止!!!」
そのまま玲夜と獣王はいったん距離を取りそして再度、先程よりも力を込め駆けようとした。
「はい、待った」
「待ちなさい」
その寸前、二人の女性の声が会場に響く。
この騒乱の中でも2人の女性の声は、声を張った訳でも無いのに不思議と響いた。
「んー?」
「あら?」
緊張感のない声が会場に広がる。
まあそれは声だけで実際は中々すごい絵面ではあったが。
王妃のドレスを着た、虎の獣人はその素早さを持って獣王の首根っこを引っ掴んで抑止。
対してゼニスはもっとシンプル。
玲夜が逃げ出さないように仕掛けておいた魔法を発動。
それを思い切り引っ張り玲夜を、元の位置へと戻す。
どちらも1発でこの場における上下関係というものを把握できる光景だった。
(女性がつぇぇぇぇ)
そんな感想が最初に出て気はしたが、それ以外にも家臣たちは酷く驚いていた。
元々王妃の家庭内権力が強いことは身近なものなら知っていた。
この場に集まったもの達は戦争前ということもあってかなり絞られている。
そういった意味ではかなり近しいものたち。
王妃と、獣王の関係はもちろん承知している。
さすがにここまでとは思っていなかったが。
そしてその関係性をこの2人に見せた。
それは獣王がある程度信頼しているということ、いやどちらかといえば拳を合わせた瞬間信頼した、そして王妃もそれを納得したという事だろう。
さらにそもそもここにいるものは大なり小なり獣王の実力を間近で体験している。
ある種崇拝に似たものを感じている。
その獣王と相対できた。
それだけでもこの実力主義のノーラでできるものは数少ない。
側近でももっと苦戦している。
それこそ今の玲夜のようにふざける訳には行かない。
さらにいえば一緒にいるものは獣王とやりあった玲夜を軽くいなしている。
この場にすでに獣王と同等のもの2人。
「予想以上じゃな」
強いにせよ獣王とやり合えるとはこの場にいる誰も思ってないなかった。
獣王と玲夜が戦えば獣王が勝つことは当たり前だとこの場のものは思っているが、それでも︎︎獣王が無傷で勝てるとは思えない。手酷い痛手を負うであろうことは想像にかたくない
なればこそ。
今は戦いを停めてくれた王妃と仮面のものに感謝する他なかった。
「全くあなたはこの城を壊す気なのかしらー?それをなおすのにいくら予算とかが必要かお分かり?」
王妃の言葉に獣王のプレッシャーがみるみるうちに萎んでいく。
というか実務的なものは王妃の方が詳しいので獣王は何も逆らえない。
「す、すまぬ……」
先程までの獣王の威厳というものは欠片も感じられない。
対して玲夜も。
「なんで戦おうとしてるのよ。馬鹿なの?戦闘狂なの?あなたが今ここで本気で戦うメリットは何も無いのよ、というかデメリットだらけ」
「……だがああも殺気をぶつけられたら買うしかないといいますか」
「どこかのゴロツキみたいなこと言わないで」
「はい……」
玲夜としてもゼニスの言っていることに何も反論できない。
「「すみません……」」
意図せずして獣王と玲夜の声がハモる。
それを見ていた側近たちは皆同じことを思っていた。
(こ、こわい)
※
「……で、お主は今は戦いたくないそうだがそれは何故じゃ?」
「一国の王と好んで戦いたい訳では無いでしょう、理由もない。それにイシュバルとの戦争も控えていますから」
「そうよな、お主らは冒険者として参加するのか?」
それは暗に国の部隊には入らないのかとの問い。
「ああ、自由気ままに殺させてもらう」
そういった玲夜の目は冷たかった。
「……そうか、まあお主にも事情はあるよの。それに主は組織に居ない方が強いのであろう」
先程の一件からもそれはわかる。
つまり獣王としてもある程度は知っているとみていいだろう。
「お主もか?」
「ええ、暴走しないように付き添いと言った方が正しいけど」
「……そうか、お主の方が……いやいい」
ゼニスの事情も知っているのかもな。
だがこれといって敵意等もない、特に何かをするという訳では無さそうだし。
「まあ良い、今度の戦争期待しておるぞ?」
獣王はそう言って話を閉じ家臣たちを返し始めた。
「なぜ?」
「いやこの場で一つだけ言いたいことがあってな、他のものにはあまりおぬしらはきかれたくないじゃろうし」
「ゼニスよ」
獣王はゼニスの仮面の奥の目を見て
「我の先祖が世話になった。先祖の恩は必ず返す」
頭を下げた。
それに対してゼニスはぱちくりと目を瞬かせる。
なかなか見ない顔だな。
「言いたいことはそれだけだ、じゃあの、災厄の魔女に5人目の幻の勇者よ」
イタズラが成功したとばかりにほくそ笑む獣王。
今度は俺が目を瞬かせ、2人して間抜けな顔になったのを満足気に見て2人は帰って行った。
「案外食えない獣王だな、知恵をつけた脳筋ってことか」
「王妃もね」
2人して苦虫をかみ潰した顔をしているだろう。
「こりゃサーラの特訓厳しくするしかないな」
「そうね」
かくしてサーラの特訓は苛烈なものがより苛烈になるという地獄コースとなった。
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