1話 無職は異世界転移する
新作始めてみました。
「よっこいせっと」
俺は桑を肩に担ぎ、空いた手で額にかいた汗をぬぐいながら今日耕した分の畑を眺める。
「うん! 昨日よりは確実に進んだな」
辺り一面綺麗に整えられた畑が出来ていて思わず興奮してしまう。
こんなの地球にいた時じゃ考えられなかった。
なぜ俺、月城 玲夜が農業機械にも頼らずに畑を耕してるか、それを話すには一ヶ月ほど前まで時を遡らなけばならない。
*
「おい、月城! こ・ん・げ・つもお前の成績がダントツで低い! 今日こそは新規の契約を取ってくるまで絶対帰ってくるなよ! 分かったか!」
会社のオフィスのボードに貼られた売上成績表をバンと叩きながら、ハゲの上司が怒鳴ってくる。 売り上げ成績表には俺が勤めている会社で売ってるミネラルウォーターの実績が書かれており、俺のグラフだけ極端に短い。 そして上司のグラフが断トツで高い。
普通に考えたらどう考えてもおかしい。
こりゃ上司が俺のうまくいった取引先と自分のうまくいかなかったところを交換して成績が捏造されている。
これはいわゆる見せしめといういうやつで部下を育てたい訳じゃ無い。 部下を育てたいならこんな高圧的に言っても意味はない。 むしろ逆効果。
だからこれは見せしめ兼ストレス発散。
他の同僚に向けてお前らもこうなりたくないだろ? というつまらない脅しというわけ。 それで怒鳴られる俺はたまったもんではないが……。
つまり俺が言いたいのはここでは何を言っても無駄ということ。 だからこんな罵詈雑言は右から左へとたーだ聞き流す。 メンタルこそ、俺がこの会社で鍛えれらた唯一の武器と言っていい。
あははっ、なんだか言ってて悲しくなってきたぞ?
だがこれは不満がないということじゃない、ただ我慢できるというだけ。
本当に腐ってる、この会社は。 俺が汗水垂らして必死こいて売ってる水は純度100%に近い訳だが、それを売っているうちの会社は泥水? いや、ヘドロみたいなもんだ。 ちょっと上手いこと言えたかもしれない。 てか本当にはやくおわんないかなこの説教。
そんなことを思いながらふと窓の外を見てみるとは6月にしては珍しく快晴で、小鳥が自由気ままに青空を飛んでいる。
いいよなぁ鳥は、その羽で自由にあの青い空を飛べて。
目の端で小鳥の動きを追いかけている間もハゲ上司は未だに何かを喚いている。 てああそうだ、元々俺に向かって叱咤激励(笑)してたんだった、思い出したよ。
「……しろ!月城玲夜!! 」
どうやら何度も名前を呼ばれていたらしい。 自分も巻き添いを食わないようにと顔を伏せていた他の同僚も不安げにしきりにこっちを見ている。
「……はい……」
いかにも反省していますという表情を作ってみせる。
こうすれば早く終わる。
ほーら、ハゲの上司はほくそ笑んでいる。
「さっさと返事をしろよ。このクズが。チッ、胸糞わりーな。ほら、このリストの場所回ってきやがれ」
上司の持つ紙を俺が手を伸ばして受け取ろうとした……ところで紙を一瞬早く上司が手放す。
明らかにわざとだね、うん。
おかげで書類がピラピラと辺り一面に散らばってしまう。
「何を落としているんだ、この愚図がぁ。早く拾わんか!」
は? あんたがわざと落としたのにか? 自分でとれやこのはげが、
喉元までそんな言葉が出かかったが、すんでのところでそれを我慢して一枚一枚拾っていく。 その様子をニタニタしながら眺める上司。
胸糞悪いんじゃなかったのか? なんでそんな気持ち良さそうにしているんだ? そんな疑問が出てくるが声には出さない。 もう出したら負けだとさえ思ってる。
自分の部下が一生懸命拾う様子に、ハゲは満足したようだ。
「それを拾ったらさっさと行けこの愚図が!」
捨て台詞を吐いて上機嫌な様子で自分の席へと戻っていく。 そしてそれからはこちらには一瞥もくれない。
いつも通りだ、ようやく解放された。 時計を確認すると30分ほど時間が経っていた。 てことは説教の平均(俺調べ)と同じぐらいだ。
俺は紙を全部拾い上げ、鞄を持ってオフィスを後にする。
オフィスを出る直前にまた上司がこちらを向いてくる。 その顔が既にムカつく。
「精々頑張ってこいよ。契約はど・う・せ取れないだろうけどな」
これもまたいつも通りだ、
もし取ってきてもお前の手柄にするんだろ?
そうやって俺の成果を横取りばかりして成りあがったんだもんな?
そんな悪態は喉の奥へと無理矢理、また飲み込んだ。
*
その後、しっかりと営業はしているが進捗は芳しくない。 いやもっと正確にいうならば全滅だ。だがそもそもいきなり訪問先のリストを渡して行って来いというのが無理な話なのだ。 アポもなしで教育機関に対してぶっつけで契約なんて取れるわけがない。
ある程度予想はしていたけど、これは中々辛い。 俺の強靭なメンタルを持ってしても辛い。
それもそのはず、このリストに書いてあるのは今まで何度営業しても断られてきたところばかりだった。
ここでもう15校目だ。 行っても門前払いが基本で、その他の何校かは話は聞いてもらえはするのだが話終わった瞬間に拒否。ぶっちゃけこれがかなり辛い。 15校目ともなると顔に貼り付けた営業スマイルがひきつり始める。
そのことを思い出し、陰鬱とした気持ちになりながらも学校の校門をくぐり抜け、校舎の中へと入る。ここは私立の学校なので懇切丁寧に説明すれば契約を取れるのではないかと実はちょっと期待していたりする。
公立とかだとどうしても金銭面で折り合いがなぁ……。
校舎の中にある事務の女性にその旨の用件を手短に伝えてみると、面倒そうにしながらも職員室に電話をしてくれる。 ちなみに基本はここで勧誘は終わり。「いえ大丈夫です」と言われておしまいだ。 てことで第1段階は成功。
幾分かのやりとりの後、電話をガチャリと切りこちらに向き直る。
さあ、どうなるか。
「中へどうぞ。職員室は右の階段を上がってちょっと行ったところを左に曲がってまたさらに右に曲がるとありますので」
平坦な口調で一方的に告げると、入校証を受付の机にぞんざいに放り投げそのまま机へと向かう。
何か差し迫った仕事でもあるのかもな。
ってそのまま耳にイヤホンを入れてスマホゲームをやり始めてるし。
案内とかはしてくれない感じなのね、ゲームのために。
仕事しろ!
おっと、ハゲ上司と同じようなことをいうところだった。
あの仕草に関してはイラっとはくるが、職員室へとちゃんと取り次いでもらえたからよしとしよう。
とかそんなことを思ってた時期が俺にもありましたよ。
なんなんだよこの学校。もうあれから15分は軽く歩き回ってるんだが。
私立だからか、そうなのか!? 土地が余ってたのか。それにしても広すぎるだろう! 全然職員室なんて見つからないんだけど!
ふー、一旦落ちつこう俺。 これはあれだなあれ。
いわゆる……
「迷った……な」
そう迷った。 目的の職員室の場所の当てもなく、夕暮れ時の校内の様子を見ながら歩き廻っている状態だ。 これでもし俺が老人だったらボケちゃって、学校で徘徊しちゃってるんじゃないの?とか疑われるレベルだ。
とりあえず適当に職員室がありそうな大きめの部屋がないか探してみる。 普段通い慣れている営業先のオフィスだったらこんなことはありえないが、あいにく今回は飛び込みでの営業でさらに新規の開拓で分かるわけがない。だから俺が方向音痴なわけでは決してない。 ないはずだ。
思い出されるのは受付で事務員とのやりとり。思わず棚上げにしていた件を思い出してしまう。
ま、まあ、過去は過去だ。思い出しても仕方がない。
それにこれ以上無闇に校内を歩き回ってもいられない。さっきまで明るかったのに、日が傾きかけている。 これじゃ本当に不審者になっちまう。
相手を待たして機嫌を悪くさせたら話を聞いてもらえなくなった、なんて笑い話にすらならない。 もし、そうなったらまたあのハゲ上司に今朝の倍以上どやされるだけだろう。
とは言っても自力で探すのは無理に近いよな。 実際迷っているわけだし。 あの時の事務員さんに案内を……。 いやこれじゃさっきと同じだ、思考が若干ループしかけている。
「すぅぅぅぅ。はー」
とりあえず出来ることと言ったら原始的にこの学校に通っている生徒の誰かに聞くってのが妥当なんだが……。
なぜかさっきから人に出会わないんだよな。 校舎に入ったぐらいの時は生徒の何人かとはすれ違っていたんだが、歩いていくにつれて生徒が減って、今では前を見ても後ろを見ても誰もいない。 暗くなって来たからか?
窓の外から見るグラウンドでは野球部がまだ快音を鳴らしているので生徒がいないはずはないんだが……。
うーむ、とりあえず教室に誰かいないか見てみるか。 こんなでかい高校だ。 青春群像劇を繰り広げている高校生もいるだろう。 それがあわよくば女子生徒だけであったほうが嬉しいわけだが……。 一番辛いのはカップルだろうか、まあ理由は言わずもがなだろう。 29歳童貞の俺にはちょっとだけ、ほーんのちょっとだけだが辛すぎる。
よし、決めた。カップル以外に聞こう。
そんなしょうもないことを考えながら廊下をうろちょろしていると奥の方の明かりのついた教室から何人かの話し声が聞こえ、さらに時折笑い声まで聞こえてくる。
よし、これでとりあえずカップルの可能性は消えたな。
恐る恐る教室のドアを開けて中へと入ってみる。
中にいたのは4人の男女。
女子高生が2人と男子高校生が2人でバランスがいい。 何のバランスかはさておいて、と。
まずは女子。 1人は派手めな茶髪の子、猫目気味で全体的に少しきつめの印象。 対してもう1人の女の子は少したれ目気味、おっとりとした感じでさっきの子とは対照的にきれいな黒髪が目を惹く。
男子生徒は黒髪短髪の眉毛がキリッとした感じ、日焼けもしておりいかにもなスポーツマン風な子と、長い茶髪を後ろで結んでいていかにもクラスのリーダって感じのイケメンの二人だな。
その全員が教室に入ってきた俺のことを見て、瞳に警戒の色を宿す。
ま、それもそうか。 いきなりスーツ姿の若者が教室に入ってきたんだからな。 驚くのも無理はない。
なんて人間観察してる場合じゃなかった。 俺は職員室に行かなきゃいけないんだった。
「いきなり教室に入ってきてごめんね。 営業でここの学校に来ていて、事務の人に職員室に行きなって言われたんだけどだけどちょっと迷っちゃったんだ。 それで申し訳ないんだけど、どこに職員室あるか教えてもらってもいいかな」
俺の言葉を聞いた彼らは警戒の色を薄れさせ、そして納得気な表情になる。
「あ〜、ここの学校は無駄に広いからな」
「そうね。事務員の柞田柞田もどうせてきとーにしか教えなかったんでしょ」
所見の印象どおり猫目の子は言葉が厳しい。
ってかあの事務員の柞田?はやっぱてきとーだったのか。 道理で言われた通りに歩いてみてもつかないわけだ。やはり俺は方向音痴ではなかったことが証明された良かった良かった。っじゃない!
「柞田さんも、もうちょっとちゃんと仕事してあげればいいのにね〜」
黒髪おっとりの子も苦笑を浮かべている。 性格良さそうな子までがそう言うってどんだけてきとうなんだあの人は。
「柞田さんだからね 。それで職員室への行き方でしたよね? うーん、とは言っても、ここからだと反対側なんですよね〜」
「え? まじか」
おい、柞田ぁぁ。方向真逆じゃねぇか! マジでテキトーだなおい。そりゃ生徒にもテキトーって言われるわ。
「口で案内するのも大変ですし、僕が職員室のところまで送って行きますよ。」
「申し訳ない……楽しく話していたところだったのに」
「いえ、勉強していたわけでもないですし、他愛無い話をしていただけなんで気にしないでください。 お仕事なんでしょう? それでは早く行きましょう。 ちょっと行ってくるね」
イケメンが爽やかに言い、俺を案内するために彼が歩き出そうとした瞬間だった。
突如床が幾何学な文様を浮かべて光り出す。 それは教室の床全体にかかるほどの大きな円形のものだ。
「……は?」
そのつぶやきは一体誰のものだっただろう。 俺かもしれないし他の高校生かもしれない。 だってそれは多分全員が思ったことだろうから。
あまりに突然のことすぎて誰も微動だにできない。
幾何学文様は回転していきその輝きはどんどんと増していく。
これはあれか? もしかしてあれなのか?
そして突如その輝きが限界に達したかのように爆発し視界が真っ白になる。
意識が暗転していく感じ。朦朧とした意識の中で1つの不安が浮かび上がる。見えてしまったのだ。俺の体の半分だけにしか幾何学模様にかかっていないということに。
これが巷で流行りの異世界召喚とかだったら、半分しか魔方陣踏んでいなかったからで身体も半分だよ?みたいなこととかないよね?
あ、後上司の不正の証拠を世に出すことが出来なかったなぁ。
走馬灯のようにそんなことを考えながら、俺の意識は途切れた。
読んでいただきありがとうございます。
本日の12時に2話を、8時に3話更新します。
面白いと思っていただけたら評価の方してもらえると嬉しいです。
していただけると作者のモチベに繋がります!!