勇者一行、ご来訪
「お帰りなさーい」
「ご無事で」
門の前で、クラーラとレオンが待ちかまえていた。車から降りるなり、話を聞かせろと詰め寄ってくる。
居間に腰を落ち着けてから、アレクは全てを語った。しゃべることで、しみついていたリリアーヌの毒気が抜けた気がする。
「へえ、そんな悪女なんですか。よく夫が気づきませんねえ」
「バティール王は、そういう関係に聡くない。しかも最近、諸侯を訪問していて留守が多いと報告があった」
「それでは仕方ありませんね」
王を責めるクラーラに対し、レオンは彼をかばうような言動をみせた。昔の自分と重なっているようだ。
「諸侯の訪問?」
「王の威光を見せつけるため、豪勢な格好をしてな。おおかた、新妻にいいところを見せたいんだろう」
「かわいいねー。そこまでやっても、妻はほかの男とよろしくやってるわけだけど」
クラーラが言うと、レオンがうなった。この席にいるのマズくないか、お前。
「色好みだけならいいのでござる。うちにとって問題なのはそれ以外」
ニコラウスが苦笑した。アレクも同意する。
「王弟に近づいたのも、好みだけではなかろう。自分のために『使える』からこそだ」
何もかもがんじがらめな生活ではなく、もっと自由に。もっと何もかも思うがままに――。彼女は決して満足することなく、先を目指すだろう。
「じゃ取引にも応じなさそうだね、その王妃」
「あれに対等な相手という概念はないな。報告を読む限り、まだ摂政の叔父たちの方が付き合いやすそうだ」
「せっしょー」
絶対に分かっていなさそうな顔で、クラーラがつぶやく。
「今王が即位したとき、まだ若造だった。王だけでは適切な判断ができないと思われる場合、助言をするのが摂政の役目だ」
「なんともうさんくさい職業ね」
クラーラはすぐに顔をしかめた。ニコラウスがうなずく。
「それは正解でござる。若い王はどうしても頼りないもの。自然と、国は大人たちの思うように進む」
「ということは、あの婚姻も叔父たちの意思で成立したのですか?」
レオンがつぶやいた。アレクはその通りだ、と返事をする。
国王も徐々に成長し、そろそろ誤魔化すのが大変になってきた。ならば、美少女でもあてがっておけば、そっちに夢中になって政治がおろそかになるだろう。
そんな叔父たちの読みは、半分だけ当たった。王はかわいい妃にのぼせ、無駄な行動をしまくっている。しかし、歓迎していた王妃の方が国を乗っ取りにかかるとは、思ってもいなかっただろう。
「摂政にはこちらから面会を申し出ておく。あちらで手綱を締めてもらわないとな」
正直叔父たちも好ましい相手ではないが、仕方無い。現実逃避に……いや、遠征に向かうためには、こっちの世界で戦があっては困る。
☆☆☆
しかし、アレクのそんな思いを吹き飛ばす出来事が、翌日に起こった。しかも二つ。
まず一つ目は、アレクが起きてすぐに発生した。
すがすがしいとは言えない目覚めの後、アレクが身支度を整えているとき。唐突に、召使いが部屋に入ってきた。上半身裸だったアレクは、困惑して彼を見つめる。
「も、申し訳ございません。妙な連中がやってきて、正門の前で騒いでおりまして……」
「妙とは?」
「なんでも、勇者の子孫だとか。母上様にご報告しようかとも思ったのですが」
冗談じゃない。そんなことをしたら、「あら鬱陶しい」の一言で惨殺されてしまうではないか。せっかくの暇つぶしの相手に、そんなことは断じてさせん。
母が朝に弱くて助かった。あわてて上着を羽織ったアレクは、部屋を飛び出す。
そこには召使いが言うとおり、鎧兜に身を包んだ連中がたむろしている。その数、三人。人間界からこちらへ来るのは大変なはずだが、そこを乗り越えるとは頼もしい。アレクは離れたところから、一行をくまなく観察した。
一人目は、少年。気の強そうな太めの眉に、大きな目が特徴的だ。見覚えのある薄青の鎧に、同じ素材でできた盾を持っている。
(あれは……アダマンタイトか)
硬質を誇る希少金属、ただの人間には手に入らない。少年が右手に持っている剣も古びているし、この男が勇者の子孫で間違いなさそうだ。
残りは女だった。二人目は、エルフの血が混じっているのか、人間にしては耳が細くて長い。全体的に幼く、かわいらしい顔立ちだ。白い肌に緑の長衣がよく似合っている。杖を持っているので、おそらく魔法使いだろう。
最後の一人は、小柄な美少女だった。髪は肩の少し上で切りそろえられており、かわいいというより美人と言いたい落ち着いた顔だ。背の低さを補うように、身長より長い槍を持っていた。
「……魔王か?」
アレクが男女をじろじろ眺めていると、向こうもこちらに気付いた。しかし、アレクの顔を知らないようだ。
「えーっと、俺はソイル。……魔王、よろしくな」
「なんだそのモヤッとした対応は。納得いかんぞ」
「だって魔王の顔なんか知らねえもん」
勇者ソイルはでかい声で開き直った。アレクはそれが気に入らなくて、言い返す。
「勇者の子孫なら、記録ぐらい見てるだろ」
「だってじいちゃん、『魔王を倒した』って女の人に言い回るので忙しそうだったし。たぶん、お前の顔とかどうでもよかったんじゃね?」
その日暮らしのキリギリス勇者め。ただでさえ人間なんかすぐ死ぬんだから、記録ぐらいとっとけよ。
「ま、魔王本人ならいいや。今日は大事な話があってさ」
アレクは眉をかすかに上げた。勇者が魔王のところに来る理由と言えば、一つしかない。
「まずはこの薬を飲め。体の自由を奪う毒だ」
「バカだがその心意気は買ってやろう」
ソイルがたじろいだ。アレクはため息をつく。
「自分から乗り込んで来ておいて、『正面からやる気がありません』なんぞいわんだろうな」
「いや、それ。まさにそれ。俺、剣術苦手だし、魔法は覚えらんないし」
「術式、展開」
アレクは勇者の泣き言を無視して、自分のやりたいようにすることにした。
「万華鏡」
アレクが右手を前に突き出す。橙色の光球が、無数に出現した。
球はくるくると回りながら、くっついたり離れたりを繰り返し、次第に複雑な紋を作る。円が五角形に、五角形が星形に。
形が変わる度に力が強くなり、目の前が明るくなった。攻撃に十分な量がたまったところで、アレクは術式を放った。
光柱が天まで昇り、アレクの道を塞ぐ者全てを吹き飛ばす。視界が一瞬、真っ白になった。
(さて)
どうなったかとアレクは勇者たちを観察する。
だいぶ手加減はしたものの、勇者一行には大きな打撃となったようだ。やはり人間、魔術の研究はこちらの世界ほど進んでいないとみえる。かろうじて勇者は剣を支えにして立っているが、残りの二人は地面にくっついたままうめいていた。
「な、何しやがる!」
勇者がやっと剣を抜き、よろよろとこちらに向かってくる。しかしその時には、アレクは次の術を展開済みだった。
「万華鏡、二発目」
今度は緑の陣。そこから強烈な風が発生し、勇者の体に向かっていく。
「う、うわあああ!!」
勇者たちがその場に踏みとどまっていられたのは、ほんの一瞬。片足が地面から浮いたかと思うと、すぐに全身が竜巻の中に入ってしまっていた。
「また遊ぼうな」
アレクは全員が竜巻の中に入ったのを確認し、指を鳴らした。すると竜巻は天に向かって伸びていく。そして、雲の上まで行った後に消滅した。風が通り過ぎた後、空はすぐに元に戻った。