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王座に座る器たれ

 なら、やることは決まっている。アレクは信頼のおける部下だけを集めて言った。


「抜け道があるはずだ。出口を押さえろ」


 城には必ず、身分の高い者が使う脱出路がある。人目につかないところに出口があるはずだ。


 アレクの指示を受けて、部下たちが散っていく。エステルが、すまなそうに言った。


「任せちゃってごめん」

「お前の兵は正門にかかりきりだろ。分担ってことだ」

「そっちの方が手間かかるでしょ。どこまで逃げたかわかんないんだし」

「そこなんだよな」


 王妃が隠し通路を抜け、街中へ行ってしまったとしたら、捜索範囲は膨大なものになる。


「とりあえず周辺を探ってみてよ。ひっかからなかったら、後はこっちでやるから」


 エステルが気遣ってくれた。その時、血相を変えたクラーラが駆け込んでくる。


「王妃がいました!」

「……じゃ、ご対面といこっか」


 案外早い再会となったことに感謝しつつ、アレクはクラーラの案内に従って歩き出した。エステルもついてくる。


「こっちです」


 クラーラが指さした先に、リリアーヌがいた。彼女の両腕を騎士たちが捕まえている。かなり抵抗したらしく、彼女の顔は地面に押しつけられて、着衣はすでに泥まみれだった。


「品があるご対面とは言えませんけど、ああしないと噛みつかれそうなんで」


 クラーラが肩をすくめる。リリアーヌの横にいるわずかな供のものは、抵抗しなかったおかげで普通に座っている。いずれも若く、見目麗しい男女だった。


「元王妃リリアーヌ。そのままで聞きなさい」


 エステルが、リリアーヌに向かって語りかける。


「もはや決着はつきました。赤派の主力は壊滅し、民も白派を歓迎しています」


 リリアーヌが動いたが、騎士たちはそれをなんなく押さえ込む。


「グレシーも、この結果を受け撤退するでしょう。元々敵国。頼りにしたのが間違いです」


 エステルは冷ややかにリリアーヌを見下ろす。


「あなたから、一切の公位を剥奪します。今後は私人として、裁きを待つことになる」


 リリアーヌがどんな企みをしていたのか。それはあくまで、ごく一部しか分かっていない。全てを把握してから、新しい法で裁かれることになる。


「さらに、全ての屋敷と財産を没収。これは国庫に入り、正しく使われるでしょう」


 エステルが言うと、リリアーヌはさっきより激しく手足をばたつかせた。どうやらこっちの方が痛いらしい。


「全てなんて……認められないわ!」

「まだご自分の立場が分かっていらっしゃらないと」


 エステルは大げさなため息をついた。


「もはや、あなたにはなんの力もないのです。あなたが『いい』と言おうが、『イヤ』と言おうが、事は勝手に動いていく。権力を失うというのは、そういうことなのです。では、連れて行きなさい」


 エステルが指示を出すと、騎士たちがリリアーヌを立ち上がらせる。初めてエステルとリリアーヌが、まともに顔を合わせた。


「ふふっ」


 周囲の人間は、あっけにとられた。今まさに連行されようとしているリリアーヌが、妖しげに笑っているのだ。


「何がおかしい?」


 妃の横に立っているレオンが尋ねた。


「あなたの言う通り、今は力を失ったわ。『今は』ね」


 リリアーヌはエステルに向かって舌を出した。


「でも、覚えてらっしゃい。私は、また王宮に戻ってくるわ。そんなに長くはかからずに」


 これを聞いたアレクは鼻を鳴らした。


「えらく自信がおありで」

「だって私は、まだ愛されているのだもの」


 この発言には、その場の全員が怒りを通り越して呆れを覚えた。


「トルテュ、ファビアン、オーリク伯……全て死にましたよ」

「ああ、彼らももちろん愛してくれたわ。一方的だったけれども。でも、私が言っているのはもっと広い意味」


 リリアーヌはそう言って、エステルを指さした。


「女にはね、二種類いるの。愛する女と、愛される女」

「無礼であるぞ!」


 白派の兵たちがいきりたつ。しかし、エステルはそれを目で制した。


「私は愛される方。自分の思うままに生きたとしても、周りの人間はそれを受け入れずにはいられない」

「過ぎた自信は妄想と変わりませんよ」

「あら。あなたはその『証拠』を見たはずよ」


 リリアーヌが切り込んだ。エステルは黙って彼女をにらむ。


「あなたたちも赤派の兵を見たでしょう。理も義もなく、味方も少ない。それでも彼らは命をかけた。私のために」


 リリアーヌはうっとりとした様子で、両目を閉じた。


「劣勢であろうとも、騎士が命をかける存在。悪女であろうとも、いつも天が味方する女。運に見放されたあなたには、うらやましくて仕方ないはず」


 エステルが先王の娘でありながら、正式に認知されなかったことをあてこすっているのだろう。私は好きに生きても、こんなに恵まれているのだと。


 エステルの口元が、わずかに歪んだ。


「ではそろそろ行きましょう、騎士たち。私をしっかり守ってくれたら、いつか報いがあるわよ」


 自分の腕を引く騎士にさえ、リリアーヌは色っぽい視線を送る。しかし彼女は気付かなかった。背後で殺気をみなぎらせた男に見張られていることを。


万華鏡(カレイドスコープ


 目を血走らせたレオンが動き出す前に、アレクは呪文をとなえた。術がリリアーヌの鼻面を直撃し、彼女が大きく後ろにのけぞる。その場の全員が呆然とするのをよそに、アレクは声をあげて笑った。


「レオン、どうだ。この女、けっこう面白い顔になったぞ」


 レオンがこちらを穴が開くほど見つめている。アレクは彼に言った。


「お前がやると、うっかり首の骨を折りそうだ。ここは俺に譲ってくれ」


 アレクが冗談めかして言うと、レオンは黙って肩をすくめた。さっきの苛ついた気配は消えている。


「……い、一体なんのつもりでっ」


 リリアーヌが怒りをあらわにした。しかし鼻血を流しているため、周りから失笑が漏れる。


「道化のようなことを言うので、ふさわしい格好にしてやったまで。王が与えたものを喜んでみせんとは、機転が利かんな」

「私は王妃よ!!」

「それを名乗るなら、せめて自分の立場を正確につかんでからにするがいい。赤派の騎士は、お前のために死んだのではないのだ。彼らの品位を落とすような真似はつつしむように」


 アレクが冷たく言うと、リリアーヌは声を荒げた。


「なら説明してごらんなさい。近衛兵二千が、最後まで陣を崩さず戦った理由を」


 アレクはいきりたつリリアーヌを見ながら、ため息をついた。もう怒る気にもなれず、哀れみの感情がわいてくる。


 彼女は確かに王妃だった。だが、その椅子に座るということがどんな意味を持つかは、最後の最後まで理解していなかったのだ。


「赤派は国を守るのだという自負を持っていた」


 アレクはさらに言う。


「賢王なき国は、荒れる。ことに、諸侯が少しでも領地を増やそうとしている時にはな」


 だから騎士たちは、悪手と知っていても命を賭けたのだ。狂った王をいただき、国そのものを失わないために。


「国とは、王座とは、それほど重い。だからこそ、逃げ回り、見失い、みっともない様をさらしても引き継がねばならん。誰一人、お前個人に生きていて欲しいと願ったのではない」


 アレクは叩きつけるように言った。それに息をのんだリリアーヌにむかって、トドメの一言を放つ。


「今やお前の化けの皮は、完全に剥がれている。誰からも笑われ、誰からも顧みられず、処刑の日まで惨めに暮らせ。それがふさわしい生き方だ」


 生まれてこのかた、リリアーヌがこんな雑な扱いを受けたことはなかっただろう。彼女は拳を振り回し、自分に降りかかる運命を拒絶しようとした。


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