間違って、ない
「普通、矢をまっすぐ射るとこうでござる」
ニコラウスは、石を水平に投げる。石は少し下にずれたものの、ほぼ水平に飛んで木の幹に当たった。
「今やっているのは、こういう撃ち方」
ニコラウスは腕を後ろに引き、小石を空に向かって投げる。石はゆるい曲線を描き、離れた地面に落ちた。
「中途半端な角度にするとなんの役にも立ちませぬが、こうやって曲線になるように射つと、矢が地面に向かってゆっくり落ちてくる」
「つまり、その落下点にちょうど敵がいれば」
部隊長たちが身を乗り出す。ニコラウスが鼻の頭をこすった。
「そう、敵に向かって『矢の雨』が降ることになる」
もちろん、この矢が敵より手前に落ちてしまっては間抜けなだけだ。だからこそ、ニコラウスは必死で計算していたのである。
「算術、科学、そして物理的思考。この全てがあってはじめて、戦もうまくいくというもの。わかりましたかな、皆さん」
そうしめくくると、いい年をした部隊長たちがうなずく。それが妙におかしくて、ニコラウスは腹をたたいた。
「……さて」
気が済んだところで、ニコラウスは再び敵陣を見る。騎士たちは盾を上にかかげ、降り注ぐ矢から身を守っていた。
「よし。第二陣、前へ」
ニコラウスは分隊に指示を出した。彼らも弓隊である。第二陣は速やかに、歩兵の前に陣取った。
「射てっ」
第二陣は、弓を水平に構えたまま射撃を始める。矢はがら空きになっていた赤騎士たちの胸を、やすやすととらえた。
「弓兵の数が多いですからな。こういうこともできるのでござる」
一カ所を守れば、余所がお留守になる。生物としてはごく当たり前のことなのだが、戦中には致命的だった。第二の弓隊の登場により、赤騎士たちはますます追い詰められる。結局やや上寄りに盾を構えた姿勢のまま、何もできなくなってしまったのだ。
「……第一部隊の矢の残りは?」
ニコラウスは部下に問うてみた。すぐに、あとわずかだと報告が入る。
「レオン。矢が尽きたら、そっちの出番でござるぞ」
心地よい満足感を抱え、ニコラウスは言った。
☆☆☆
見事に仕事をやり遂げたニコラウスから、報告が入った。レオンはそれを受け止める。
目の前の陣は、前に見たときと全く違う。すでに多くの兵が矢に倒れ、生き残ったものも盾をかまえるのがやっと。
さあ、決着の時。レオンは薄く笑った。
「突撃!」
歩兵たちが走り出し、敵陣にぶつかった。手負いの赤騎士たちは踏ん張ることができず、あちこちで転倒者が出る。金属の鎧同士がこすれ、かしましい音をたてた。
人の壁に穴があいたところから、白派の兵がなだれこむ。レオンもその中に入って、雑兵を切り伏せた。安全を確保すると、レオンは周囲に目を光らせる。
(頭はどこだ)
最後まで戦場に留まった勇気に敬意を表し、せめて自分の手で討ち取りたい。レオンは気を配り続けた。
(いた!)
部下に守られながら、かろうじて剣を手に立っている男。一際鮮やかな緋の鎧に向かって、レオンは突進した。
「お相手願いたい」
司令官の前に立って、レオンは静かに言う。
その男は、ひどいありさまだった。斉射にひっかかったのだろう、肩と太ももに矢が突き刺さっている。血が下着にまでしみこみ、意識があるのも不思議なほどだ。
――しかし、それでもレオンは「もういいだろう」とは口にしない。彼はまだ、剣を捨てていないのだから。
「……分かった。ただし、一対一で、な」
互いに、側には部下がいる。しかし、乱戦で終わりにしたくはないという、双方の思惑が一致した。司令官がうめきながらも、剣を握る。
二人は正眼の構えをとりながら、にらみ合った。先に動いたのは、赤派司令官。怪我をしているとは思えない、重い一撃をレオンは受け止める。
「貴殿の名は?」
「モルガン・リリュー」
しのぎを削り合っているというのに、レオンはふと相手の名前を聞いた。司令官の方も素直に答える。
悪い男ではない。きっと生まれる場所がほんの少し違っていたら、友人になれていただろう。だからこそ、かけ違ってしまった運命が恨めしかった。
すると、急にレオンの手元が軽くなる。モルガンの手が震えだし、剣から力が伝わらなくなっていた。
「……どうやら、おしまいのようだ」
「らしいな」
「なあ」
「ん?」
「俺は、仕える主を間違えたと思うか」
モルガンは、半分光の消えかかった目で言う。
「いや」
レオンは手短に返した。だって、お前は。
ニコラウスと違って喋りには自信がない。しかし、自分の思ったことを素直に伝えてみた。
「……ああ、そうか。そうだった。俺は、間違えてなどいなかった」
それを聞いて、モルガンは満足そうに笑う。レオンは言った。
「生き残るさ。お前の主は」
レオンは己の手に力をこめる。
「だから、安心して逝くがいい」
レオンの剣が、モルガンの刃を振り払った。そのまま下から斜めに切りつけ、モルガンの体がかしいだところで、一気に彼の首をはね飛ばす。――首が飛んでから死ぬまでのわずかな間。かすかに、モルガンが笑っていた気がした。
レオンは息を整える。モルガンはいなくなっても、まだ彼の部下たちが残っている。
「次の者、かかってこい! 武人として、最大限の礼をもって相手をしてやろう」
レオンが吠える。その声に応え、若い騎士たちが前に進み出た。
☆☆☆
陣に戻り、アレクは前線から届く知らせを待っていた。伝令からの連絡は、まだない。アレクよりもっと落ち着きがないのは、勇者二人だ。さっきから立ったり座ったり、立ったり転んだりと鬱陶しく動いている。
もう一回自分の前を横切ったら殴ってやる。苛立ちのあまりアレクがそう考えた時、屍鳥がやってきた。
「お味方、大勝利です。敵司令はレオン様が直々に討ち取られました」
屍鳥が言うと、陣の中が沸いた。暗い顔をしていたエステルもやっと笑顔をみせる。
「これで城への道が開いたな」
「うん。……後は、王妃だけ」
速く行かないと逃げられてしまう。アレクたちは部隊を組み直し、ひたすら突っ走った。
「見えたぞ」
バティールの白亜の離宮、王妃の居城。その正門が見えた。さすがに分厚い扉が外界からの侵入を拒んでいる。
「工作兵の出番ですなあ。爆破? 解体? 腕がなるでござる」
ニコラウスがうきうきした様子で、真っ先に飛び出して行った。間もなく、大槌が扉にぶつかる鈍い音が聞こえてくる。
赤派の衛兵たちも、負けを悟ったのだろう。工作兵への攻撃もまばらだ。この分なら、すぐに門は破れる。
しかし、アレクの胸騒ぎがやまない。エステルを見ると、彼女も眉をひそめている。
「……ねえ。いると思う?」
「中にか」
「うん」
「いいや」
アレクが首を横に振る。すると、エステルが「だよね」と言った。
「負けの報はもう赤派にも届いている」
ヴィントが健在なら相手の不意をつけたかもしれないが、白派は陸路を使ってきた。赤派にも屍鳥のような連絡役がいるだろうから、戦の結果は王妃も知っていると考えられる。
「となると。あの往生際の悪い王妃が、大人しく城の中で鎮座しているか」
「そうは思えないね」
彼女なら、ぎりぎりまで諦めない。自分一人でも助かろうとする。
「王妃の身柄を確保しないと、本当の意味で終わりにならない」




