物理で殴れ
「足を止めるな! 一気に頂上まで登るのだ!!」
レオンの号令のもと、騎士たちが足並みをそろえ、崩れた山道を登る。魔術によってあちらこちらに岩や木の根が顔をのぞかせているため、山慣れしていないものは四苦八苦していた。
そんな行軍の列の中に、一人いかにも場違いな男がいる。ニコラウスだ。彼は小さな体を生かし、物入れのつづらの中にはまりこんでいた。それを、若い騎士がふうふう言いながら運んでいる。
「もうすぐだ、頑張れ」
「心はすでに準備万端でござる」
「馬鹿、お前に言ったんじゃない」
レオンは人の背の上からうそぶくニコラウスをにらみつけた。しかし怒るレオンに対し、ニコラウスは悪びれもせずに言い返す。
「ほら、前を見るでござる。敵さん、意外としっかり残っている」
ああ言えばこう言う、とはまさにこいつのためにあるような文句だ。レオンは腹が立ったが、口では敵わないこともよく分かっている。結局こらえて、ニコラウスの言う通りにした。
崩れた砦の前で、赤鎧の騎士たちが集まって円陣を組んでいる。外に向かって槍を構えた兵は、確かに多い。正面からぶつかったら、手こずるのは間違いなかった。
「完全に崩壊したと思っていたがな」
「司令官が用心していたのかもしれんでござる」
「全く、最後の最後まで粘る」
レオンはつぶやいて、愛用の長剣をかまえた。後方との連絡のために配備された屍鳥が、ぴたりと肩にはりつく。
「落とすでないぞ、怪我人が」
ニコラウスが皮肉っぽく言うのを聞きながら、レオンは腕を曲げ伸ばしした。問題ない、行ける。
「よし、突撃!」
レオンは剣を天にかかげ、敵陣に向かって走った。後ろから聞こえてくる部下の足音が、闘志をあおる。
下手に槍の密集地に突っ込んだら串刺しだ。レオンは走りながら、敵兵を観察する。
(あそこにするか)
近衛兵の集まりのため、あからさまに下手な奴はいない。周りに比べれば劣る、というところでレオンは妥協することにした。
槍が近づいてきた。
(おそらく、円陣は二重に組まれているはずだ。そして外周と内周では、槍の使い方が異なる)
レオンの予想通り、まず外周にいる兵が動いた。槍を持ち上げ、地面に向かってたたきつけるような動作をする。
予想していたレオンは、体をひねって槍の直撃を避けた。しかし、さらにたたみかけるように隙間から槍がくる。
(二重……いや、違う!)
内周の槍をかわす、その一瞬。人の奥にもう一重、陣があるのが見えた。
(三重か。これはなかなか、崩れんぞ)
レオンの周りでは、すでにうめき声や絶叫があがっている。やはり全力の突撃であっても、この守りを崩すのは難しい。目の前の騎士と組み合いながら、レオンは小声でつぶやいた。
「陣は三重」
屍鳥が、それを聞いてすぐに飛び立つ。そして間もなく、後方から撤退の指示が飛んだ。しまらねえな、とぼやく部下たちの声を聞きながら、レオンは足早に陣にもどった。
ニコラウスがレオンを見るなり、口を開く。
「三重陣とは厄介でござるな。一番外を倒したとしても、まだ二重に敵が残っている」
「ああ。安心していたら、奥から槍が出てきて串刺しだ」
味方が一斉に押し寄せても、赤派はきっちり陣を保っていた。それを告げると、ニコラウスは低くうなる。
「こういう相手には魔法が良いのでござるが……そもそも上り坂を突破できなかったでござる」
「それにもう一度突撃、はなしだぞ」
レオンはあらかじめ釘を刺した。最も体力と人数がある段階でダメだったのだ、繰り返しても消耗するばかりである。するとそれを聞いたニコラウスはうつむいた。
(そんなに難しい要求だったか)
ニコラウスはあくまで、アレクの代理である。いきなり言われても、荷が重かったかもしれない。ここはアレクに連絡をとるべきだ。
「……くく、くくく」
レオンが考えていると、ニコラウスが体を震わせて笑い出した。
「おい、なんだ。とうとう壊れたか」
「失敬な。我が輩、今まさに自分の出番がきたと確信していたところでござる」
レオンはニコラウスを見つめた。嘘をついている様子はない。
「聞かせろ」
ニコラウスが話し出す。その一部始終を理解すると、レオンはうなずいた。
「面白い。そういう使い方もあるのか」
「弓は学問の産物。ならば、使いこなすにも学が必要ということでござる」
「……よし、やってみる。せいぜい俺たちをうまく使えよ」
レオンが言うと、ニコラウスは誇らしげに胸を張った。
☆☆☆
弓隊の準備が整ったと報告が入る。さっきから帳面に数式を書き付けていたニコラウスは、インクで汚れた手を服にこすりつけた。
「行くでござる」
ニコラウスは自信たっぷりに立ち上がった。歩いていくと、耳に兵たちのささやきが飛び込んでくる。
「戦中に敵の方を見ず、一体何やってたんだ、あの人?」
「小難しい式ばっかり書いて」
「アレクサンダー様の代理って聞いてたが、大丈夫なのかねえ……」
しゃべっている本人は小声のつもりでも、ニコラウスの耳にはばっちり入っている。しかし、彼はうろたえない。
(結果を出せば、黙るでござろう)
ニコラウスは所定の位置についた。地面が小高くなっているので、敵の様子が見える。
「歩兵、弓隊、ともに前進」
歩兵が前、弓隊が後ろになって隊列を組む。ここまでは、よくある編成だ。敵も不審に思った様子はなく、さっきと同じように槍を構えた。何度でも押し返してやるという気迫を感じる。
「あっぱれでござる」
本当に嫌味なく、ニコラウスはつぶやいた。これから死にゆく、彼らに向かって。
息を吸い、号令を出す。
「歩兵はその太い倒木の横で止まれ。弓兵はネズミ色の岩まで前進」
それは奇妙な陣だった。敵に近づかなければ役に立たない歩兵が、円陣のはるか手前でじっと立っている。その後ろで、弓兵が武器を構えていた。敵も味方も、次に何が起こるのかわからず見つめあっている。ニコラウスだけが、静かに笑った。
「弓兵、構え」
弓兵たちは合図を聞くと、武器を大きく上に傾けた。
「何をしてる」
「あれじゃ狙ってもないぞ。また同じ失敗をするのか」
ニコラウスの意図を聞かされていない部隊長たちがざわめく。ニコラウスはあえて彼らには伏せていた。さっき散々悪口を言ってくれたことへの仕返しだ。
「射てっ」
弓を上に向けたまま、矢を放つ。矢は放物線を描き、空へ昇っていった。
「ははっ」
「おい、白派はもっとまともに戦ができんのか?」
赤派の騎士たちが、大声で野次を飛ばす。その声は、ニコラウスまで聞こえてくるほど。……しかし、彼らが元気だったのもここまでだった。
「ぎゃっ」
「うげっ」
「馬鹿、早く盾を構えろ!」
突然、赤派の円陣の中が悲鳴と怒号で満ちた。それを見ながら、ニコラウスはつぶやく。
「流石にこれは、近衛兵でも未体験でござったか。『天から降り注ぐ矢』というのも、なかなかオツであろう」
ニコラウスの目の前では、まだ隊がひっきりなしに矢を放っている。おそるおそる部隊長たちが近づいてきた。
「い、一体何が……」
あからさまに馬鹿にした分、気が引けるのだろう。隊長たちの乙女のような態度に、ニコラウスは苦笑した。
「聞きたいでござるか?」
ニコラウスが言うと、全員がうなずく。気分が良くなったニコラウスは、足元に落ちていた小石をつまみ上げた。




