足元を崩せ
(あまりに惨めで、情けでもかけたか?)
モルガンは、白派の隊長を再度見つめた。黒騎士レオン。その男は余裕たっぷりで、目の前の相手など、ものの数にも入らぬ様子だ。彼が率いるのは、さんざん高低差に苦しめられていた騎士たちである。
(たまった部下の不満は取り除く、か。全く、忌々しい男め)
騎士たちは、傷ついた傭兵たちを容赦なく追い回す。先が見えたモルガンがため息をついているうちに、傭兵たちの数は激減し、次々と捕虜にされていた。
(……さて、問題はこれからだ)
下に行った兵たちがひどい目にあうのは、わかりきったことだ。これで、四千弱まで数が減ってしまった。状況が変わり、白派の人数はこちらの倍近くになったことになる。開戦当時より厳しい状況だ。
(だが、これならまだ負けることはない)
高所の利に加え、慎重に組まれた砦と魔法陣がある。焦るな、とモルガンは自分に言い聞かせた。そして次の指示を出そうと振り返った時、耳に少年の声が飛び込んでくる。
「おーい、お前らあ」
近衛兵たちも、怪訝そうな顔で辺りを見回す。陣にいるのは、大人ばかりだ。なのに、子供がすぐそばにいるかのように大きな声がする。
「とてもじゃないが、勝てないぞ! わかったらとっとと下りてこい!」
少年ががなりたてる。なんだこれは。モルガンの頭が、混乱してきた。
「見てください、あそこに子供が……」
部下に言われて、モルガンはあわてて遠眼鏡を動かす。青い鎧の少年がいたが、すぐに姿を消した。
「なるほど、そういうことか……」
モルガンは敵の狙いに気づいた。
「そっちにいても死ぬだけだぞ!」
「白派にはまだ援軍が来るってよ!」
モルガンが恐れたとおり、少年が不安をあおりだした。それに、捕虜になった兵たちが続く。元味方の言葉は、たちまち丘の上の兵にも影響を及ぼした。
「司令、小隊の民兵たちに動揺が広がっています」
「中腹に分布する隊、両方です」
「矢で威嚇しろ!」
今度こそ手加減していられない。中腹の民兵二隊がいなくなったら、こちらは近衛兵のみ。数は三千を切ってしまう。それだけは許すわけにいかなかった。
弓隊が進み出る。すると、少年がまた怒鳴った。
「早く来いってば! あいつら、都合が悪くなったから、弓でお前らを狙ってるぜ」
「くそっ!」
逆に利用されてしまった。モルガンは指示を撤回しようとしたが、弓隊を下がらせるには時間がなさすぎた。こちらを見上げた民兵たちの顔が歪んでいる。とどめをさしたのは、少年のこの一言だった。
「今すぐ武器を捨てて降伏するなら、白派は命も財産も保証するぞ!」
風に乗ってきた声がとぎれた次の瞬間、民兵たちは陣地を放棄して全速力で走り出した。
「敵が増えるよりましだ、射殺せ!」
苦し紛れにモルガンが矢を放ってみても、全員をしとめることはできない。運が悪かったものは死に、良かったものは麓までたどりついた。ことが終わり、モルガンたちに残ったのは、一つの現実のみ。
自軍戦力数の激減。それも、相手は無駄な血を流すことなくやりとげた。
(次だ。次の手を)
モルガンは相手に飲み込まれないよう、必死に考えを巡らせる。しかし、心の中が不安で黒くなっていくのを止めることはできなかった。
(白派の攻撃は、本当にこれで最後なのか? まだ、奥の手を隠し持っているのでは?)
モルガンは指示を求める部下たちの前で、ただじっと立ちつくしていた。
☆☆☆
「大成功。あっちは総崩れだ」
アレクのすぐそばで、バカでかい声のままソイルが勝ち誇っている。邪魔だったが、やるべきこと──魔方陣書き──が終わっていたのでなんとかいなすことができた。途中だったら蹴り飛ばしていただろう。
(やれやれ、なんとか無事こなしたか)
剣の呪文すら忘れたくせに、仕事をくれくれとうるさいので任せたのだが、結果的にはよかった。投降兵をさばくレオンは大変だろうが、それでもこっちの数が多いに越したことはない。
(そして、敵は少なく、戦意を失っていればなおよし)
アレクは口の端をつりあげた。自分の周りに、力が集まってくるのがわかる。
「屍鳥、ソイルを連れて離れていろ」
「かしこまりました」
アレクの周りが無人になった。改めて、アレクは拳を握る。
特に足が速いわけでも、力が強いわけでもなかった。そんな自分に唯一あったのが、魔法の才。
アレクは大きく息を吸った。
「聞け、大地の神」
右手を開く。大規模な魔術のための、長い詠唱が始まった。
「敵は貴君を賞賛しよう。反して、我は飾るべき流麗な言の葉を持たぬ。しかし神ならば、見通すはずだ。美麗さでなく、その根底こそが真であると」
集まってきた光を取りこぼさぬよう、細心の注意をはらう。
「人は詭弁を述べ、魂は真実を語る。願わくば正しき願いに答えろ、天地に満ちる波たちよ!」
アレクの体全体に上から力がかかる。アレクは歯をくいしばって、目の前にそびえる丘をにらみすえた。
(来い)
城の石垣に使うような巨石でも、切り出すべき方向というものが存在する。力を入れるべき、その点に集中すれば。
(一枚岩に見えても、いずれは大きな穴があく)
アレクが額からこぼれてきた汗をぬぐった、次の瞬間。丘の中腹から、土煙があがった。そして、土肌にみるみる大きな筋が刻まれる。
筋から石と泥水があふれ出た。次に切断された木の根が、土を食い破る。そしてとうとう、丘全体がごうごうと不吉なうなり声をあげ始めた。
「来い!」
アレクが今度は、声に出して叫んだ。それと同時に、目の前の丘、上半分が前方に向かって崩れ落ちる。泥の中に、赤派の兵たちの姿が見えた。
(気の毒だが……許せよ。敵に回った以上は、手加減せん)
兵そのものを狙わず、その土台を崩す。アレクが選んだ戦法だった。丘そのものが崩れたことで、途中に作られていた木柵がなくなっている。これで魔方陣も、使い物にならないはずだ。
それを確認してから、アレクは屍鳥に指示を出す。
「丘の両側の部隊を登らせろ。近衛兵を取り囲み、三方から相手を圧迫するんだ」
屍鳥はこれを聞くと、すぐにレオンのところへ飛んでいった。アレクはそれを見届けてから、地面に寝ころぶ。みっともないし、敵に見つかったらどうなるかわかったものではない。しかしそれでも、背中に当たる土の感触は心地良かった。
「アレク様」
ニコラウスの顔が覆い被さってきた。
「あからさまに嫌な顔をされると傷つくでござる」
「男の顔なんぞ、見上げて何が楽しい」
「確かに」
ニコラウスはしかめっ面を解いた。アレクは彼に聞いてみる。
「何か用があって来たのではないか」
「ああ、そうそう。ヴィントのことですが、調子は落ち着いたでござる。時間がたてばまた飛べるようになりましょう」
アレクの胸のつかえが少し軽くなった。
「あともう一つ。これより、我が輩も丘攻めに参加いたします」
「お前が?」
失礼だとは思いつつも、アレクは聞き返さずにいられなかった。
「おもしろい弓の使い方を思いついたのでござる。他人に伝えると、どうしても正確さがうすれますのでなあ」
ニコラウスは自信たっぷりに言った。アレクはうなずく。
「……わかった。任せる」
「吉報を持って参ります」
ニコラウスが遠ざかっていく。
(やるべきことはやった、後は現場に任せよう)
そう決めてしまうと、急に疲れが押し寄せてきた。視界が端から暗くなっていく。アレクは意識がどこか遠くへ飛んでいくのに任せ、目を閉じた。




