表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/38

各個撃破

 アレクが言うと、部下たちは律儀に動いた。そこら辺を無駄に走り回ってみたり、左右を落ち着かなさげに見回している。


 全く状況をつかめない赤派の兵が、困惑の表情を浮かべ始めた。十分、とみたアレクは声をはりあげる。


「撤退!! 国へ戻るぞ!!」


 アレクの声を聞いて、兵が逃げ出し始めた。みるみる赤派と距離があく。アレクは途中で隊列を離れ、屍鳥とともに行軍の様子を見守った。


「アレク様、読みが当たりましたね。追いかけてきました」


 屍鳥の言うとおり、赤派の陣から人が流れ出しているのが見える。といっても、中央ででんと構えている近衛兵たちは微動だにしていない。必死に追いかけてきているのは、左右を守っていた民兵と傭兵たちだ。


「赤派の司令官は、止めなかったのでしょうか」


 あまりに見事な引っかかりっぷりに、屍鳥が本音をこぼす。


「止めはしたろう。しかし、まじめに聞く奴がいなかった」


 傭兵たちは戦後に報酬をせびるため、一つでも多く首がほしい。民兵たちはろくに戦の経験がなく、初勝利を目前にして浮き足だっている。この混成軍に我慢をさせるためには、将によほどの力量がなくてはならない。


(今の赤派には、人材がいない。止められず調子に乗った両翼は、丘を降りる)


 アレクの読みが当たった。そしてこれから、高所という絶対的な利点を捨てた愚か者に、次々と罠が襲いかかることになる。



☆☆☆



 まず罠にかかったのは、右に位置していた民兵たちだった。草原を走っていた彼らの体が、いきなり下へ引っ張られる。


「な、何だ!?」


 視界が変化した民兵たちがうろたえる。もがけばもがくほど、ますます頭が地面に近くなるだけだった。


「はーい、元気?」


 どう見ても元気ではない兵たちの前に、軽い様子のままクラーラが姿を現した。


 いきなり現れた女に、民兵が反応する。武器をとろうとした者もいるが、それは無駄な抵抗だった。全ての民兵が、すでに腰まで地面に吸い込まれているのだから。


「あー、やめといた方がいいよ。底なし沼の中なんだからさ」


 クラーラがため息混じりに言った。この頃になると、民兵たちもやっと自分たちがおかれた状況に気づき始める。


「もうちょっと冷静だったら、先行したはずの軍の足跡がないのはおかしい、って気づけたはずだけどね」

「途中でわざと道をはずれたのか、畜生!」


 もはや怒鳴るしかできなくなった民兵が、クラーラをにらみつける。しかし、クラーラは笑い返してやった。


「そうよ。追う立場になった時こそ、冷静さを忘れちゃだめなのよ」


 自分がさんざん長老やアレクから言われていることだが、それは気にしない。


「で、どうするつもり、あんたたち? このままだと、永遠のさよならになるわけだけど」


 クラーラが言うと、民兵たちが顔を見合わせた。彼らの顔から浮かれた様子は完全に消えており、さっきとは別人のようだ。


「た、助けてくれ」

「何でもするよ」


 元々民間人なので、のぼせるのも早いが冷めるのも早い。口々に助けを求めてきた。


「はいはい、わかった。暴れるほど早く沈むから、じっとしてなさいね。ロープ投げるから、近い人から順番につかまって。他の人を押しのけた奴には、おっきな石のプレゼントがつきますよ!」


 クラーラの指示に従い、部下たちがロープを投げ込む。すっかりおとなしくなった民兵たちが、泥まみれになりながら引っ張られてきた。彼らの捕縛はしごく順調。暇になったクラーラはため息をつく。


「さーて、向こうはうまくいってるのかねえ」


 地の利がないあちらは、ここまで楽には運ぶまい。仲間の無事を祈りながら、クラーラは空を見上げた。



☆☆☆



「敵の陣が薄くなったぞ!」

「好機だ!」


 アレクサンダーが率いる部隊がいなくなったことで、白派本陣の左ががら空きになった。上からそれを見てとった赤派の兵たちが駆けて行く。まず民兵ばかりの部隊が、早々に走り出した。続いて、傭兵部隊が腰を上げる。


 これ以上の脱落は、見過ごす訳にはいかない。赤派総司令モルガンは、きつい口調でそれをとがめた。


「動くな! 敵の罠だ」


 こちらが高所にいる限り、敵の弓は届かず、突撃もうかつにできない。だからこそ、白派はわざと負けたふりをして、低地へ引きずりだそうとしているのだ。モルガンは手短に説明する。


「……と、いうわけだ。そもそも黒騎士レオンは、諸国に聞こえた猛将だぞ。あの程度で逃げ出すわけがない」


 モルガンは、確信を持って言った。しかしそれを聞いた途端、傭兵たちの顔が険しくなる。


「あの程度? 聞き捨てならんな」

「自分たちは丘の上から動きもせんくせに、何を偉そうに」

「俺たちをバカにしてるのか?」


 モルガンは、自分の発言が余計な火種になったことに気づいた。その間にも、口々に傭兵たちはモルガンをなじる。徐々に、モルガンの中で怒りが大きくなっていった。


(こっちが下手に出ていれば、いい気になりおって)


 急速に接近してくる白派に対抗するためには、かき集めてでも頭数をそろえる必要があった。そのため、普段なら絶対に召し抱えないような者たちまで集まっている。もちろん傭兵たちにもこっちの懐事情は知れていて、平気で気安い口をきく。


『俺たちは、お前らが是非にと頼むから来てやってるんだ』


 そんな想いが、彼らの中で根付いてしまっているのだ。こんな連中、どうやったら言い聞かせられるというのか。モルガンが迷っているうちに、傭兵たちがしびれを切らした。


「行くぞ!」

「奴らにもう一発、きついのを喰らわしてやろうぜ!」


 傭兵たちは気合いを入れると、丘を駆け下りていく。


「待て、行けば死ぬぞ!」


 モルガンが最後の情けをもってかけた忠告も、彼らの耳には入っていない。後には、ただ土煙と無数の足跡だけが残された。


「……全く」


 頭を抱えるモルガンに、近衛兵が寄ってくる。


「矢でも射かけてみますか? 止まるかもしれませんよ」


 部下の気遣いであった。しかし、モルガンは首を横に振る。


「もう止められまい。限りある資材を無駄にすることもないだろう」


 モルガンは、居並ぶ近衛兵を見据えて言った。


「手元に遠眼鏡がある者は、よく見ておくがよい。まんまと敵の罠にはまった奴らの、無惨な最後を。そして、改めて気を引き締めよ」


 近衛兵たちが、そろって諾と答えた。モルガンは丘の下を見つめる。丘を下りた傭兵たちが、白派の最後尾をとらえようとしているところだった。しかし、狙われている方の白派は涼しい顔になっている。


 隊列が反転した。弓を構えた兵が、正面から傭兵たちに狙いをつける。黒騎士が、大きく口を開いて号令をかけた。


 矢が放たれる。台座から放たれた凶器は宙を進んだ。そして、傭兵たちがまとっていた金属鎧をやすやすと食い破る。たちまち、死体の山ができあがった。


(あの弓……なんという威力だ)


 細かい狙いはつけられない。しかし、真っ正面から撃った場合の貫通力はすさまじかった。


(当たらぬから、生きておられた。相手を舐めていたから、それがわからなかったのだ)


 モルガンが心の中でつぶやくと同時に、傭兵たちが敵に背を向けて逃げ出した。


(ああ、これでまた死体が増える)


 背中を向ければ、射手に広い的を提供するようなものだ。無様な傭兵たちを、モルガンは哀れむ。しかしここで、白派の弓兵たちは武器をしまい、後方に退いていった。狙おうと思えば、いくらでも狙えたはずなのに。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ