後ろに向かって走るだけ
兵たちが、慌てて地に伏せる。アレクもそれにならいながら、敵陣を見た。地上から太い白光が、天をめがけて伸び上がっている。
(くそっ、直撃か!?)
飛行種に備え、魔方陣が描いてあったのだろう。広大な敷地を使って描かれたそれは威力が桁違いだった。流石の竜種といえど、受けて無事なはずがない。
(頼む、なんとか避けていてくれ)
アレクは上空をにらみ、ありとあらゆるものに祈った。するとクラーラが、空を指さす。
「あそこ!」
雲に混じって緩やかに落下してくる、黒点。それは地上めがけて、どんどん近づいてきた。やがて龍のシルエットが見え、最後にようやく顔が確認できる。
ただし、無事とは言いがたい。翼に隠れていたレオンはともかく、ヴィントは全身にひどい火傷を負っていた。
「手当を!」
「心得ましてござる」
ニコラウスが飛び出してきた。台車が引っ張り出され、ヴィントが後方へ下がっていく。
「まさか、あんなものがあるなんて」
エステルが悔しげに言った。
「城へ通じる、最後の拠点だからな。もうヴィントは出陣させられない」
アレクは必死に考えを巡らせる。
「作戦変更だが……魔術も、弓兵があれだけいては使いにくいだろう」
「そもそも魔法兵は体力と敏捷性がない。丘を駆け上がるのには向いてないよ」
そうなると現時点で使えるのは弓兵しかなかった。
「あとはうちの弓が、相手にどれだけ通用するかだな」
従来の弓は、狙いをつけるまで両手で引かねばならず、強い腕力が必要とされた。自然、弓兵になれるものは天性の肉体を持つ者か、昔から慣れ親しんでいるものに限られてくる。それではいかん、と、アレクが思い立って作ったのが新型弓だ。
平らな台の上に、交差するように弓がくっつけてある。引き金と連動した金具に弦がつながっているため、片手だけで威力の高い一撃が放てるのが最大の特徴だ。
欠点は連射が遅くなること。だが、長所もある。訓練期間が短くなるので、弓兵を大量に用意することができるのだ。隊列をくませれば、次々と交代が可能なため、連射の遅さを補える。
しかし、制作者のニコラウスは渋い顔をしている。
「下から上へなど、撃たせたことがないでござる」
懸念はもっともだが、矢の備蓄は十分ある。対案もなかったため、結局一度撃たせてみることになった。弓兵の数、およそ五千。布陣の様子を見て、クラーラがつぶやいた。
「アレク様。かなり大変だよ、これ」
「分かっている。レオン、その時は頼むぞ」
弓兵の次に動くのは、騎士で固めた突撃隊だ。長をつとめるレオンが、重々しくうなずいた。
弓兵が前進を始める。敵の顔が見えるところまで近づいた時、アレクは号令をかけた。
「射撃、始め!」
新型弓から、矢が放たれる。しかし、クラーラの顔が曇った。
「矢に勢いがない」
彼女の不安は、すぐに現実のものとなった。矢は低い軌道を描き、敵兵の盾でなんなくはじかれてしまう。
「もっと上を狙え!」
部隊長の指示により、兵たちが慌てて弓を持ち上げる。そして再度矢が放たれた。ところが今度は、遠すぎた。矢は敵兵たちのはるか頭上を通り過ぎていく。
「白派はどこを見てる?」
赤派から、あざけりの声があがった。そしてお返しとばかりに、丘の上から矢を浴びせてくる。急所を射貫かれた味方の兵が、次々と倒れた。
「退け!」
アレクが撤退の指示を出す。戻ってきた兵たちは、新型の弓を口々に罵った。
機械的に発射できるからこそ、長弓のように細かい調整がきかない。発射する角度によって、矢がずれるのだ。
「構造的に融通がきかず、しかも使い手は素人……何か手を考えねば」
ニコラウスはつぶやきながら、釜の前で頭をひねっている。時間さえ与えれば、面白いことを思いつくかもしれない。アレクは彼を放っておくことにした。
「次、槍隊。前へ」
短槍を手にした騎士たちが、整然と歩みを進める。目の前で弓兵がやられたのを見ても、彼らの表情に迷いはない。レオンがよくまとめているようだ。
彼らなら、次の一手のための起爆剤になってくれるかもしれない。アレクは密かに、心の中で計算を始めた。
「レオン、体は大丈夫か」
「はっ」
「恐らく、厳しいことになると思う」
「承知しております。ですが、必ず道を切り開いてご覧にいれ……」
「いや、必要ない」
真剣な表情のレオンに、アレクは水をぶっかけるようなことを言った。そしてさらに続ける。
「ある程度まで攻め入ったら、できるだけ大声をあげて逃げ帰ってきて欲しいのだ」
誇り高い騎士であれば、額に青筋をたてて怒ったであろう。しかしレオンは、わずかに肩をすくめただけだった。
「俺たちは釣り針ですか?」
「正確には撒き餌だな」
レオンはうなずいた。
「お役に立ってみせましょう。騒いでいる奴らにも伝えます」
アレクはレオンに片目をつぶってみせた。それから、指示を兵に伝え、陣の奥に戻って遠眼鏡に顔を当てる。
最前線から声があがった。騎士たちが木柵を避けるようにして、丘の頂上を目指す。しかし、上で待ち構えている敵兵たちには、うろたえた様子がない。
(それはそうだろう。来る方向が分かっている兵など、怖くない)
柵を迂回しなければならないので、進める場所が限られる。その上全力疾走できないので、動きも読みやすい。
「あっ」
エステルが息をのんだ。騎士たちに向かって、敵陣から矢が降る。騎士たちは盾をかかげ、その場に留まろうとした。だが盾をかかげれば、自然と目の前は見えなくなる。つまり、接近戦においては弱くなるのだ。
「失せろ!」
真っ赤な鎧に身を包んだ赤派の兵が、レオンめがけて押し寄せた。四方から剣が飛んでくる。レオンはかろうじて、地に転びそれをかわした。
「討ち取れ!」
倒れたレオンに向かって、兵が押し寄せた。しかしレオンはあわてず、足を蹴り上げる。大将首が取れる、と喜んでやってきた兵が、顎を砕かれて悲鳴をあげた。
レオンはさらに兵から離れ、立ち上がる。その時には、すでに丘の中腹より下へ追いやられていた。レオンはうなり、そして戦場全体に響くような大声で、
「撤退だ!」
と叫んだ。レオンの隊は、戦慣れしている。こうと決まったら戦わず、隊長とともに一目散に逃げてきた。
「よし、本隊も打ち合わせ通りにやるぞ! 全員、精一杯混乱してみせろ!」




