割れず砕けず、咲く花よ
竜が翼を広げ、斜め下に向かって飛んだ。得意の急降下にはほど遠い勢いだが、それでもその影は兵士たちをすくませる。動けない兵が、次々とヴィントになぎ倒された。
続けてアレクはクラーラに指示を出す。
「他に兵がいたら黙らせろ」
「了解ですっ」
クラーラが駆けだした。アレクはそれを確認してから、口を開く。
「白派は正しき王、前王の遺児を連れて、堂々と戻ってきたぞ。この話は聞いていよう? 我が間者たちによってな」
勇者の奮戦など予想していなかったのだが、アレクはあたかも自分の差し金であったように語る。これもテクニックなのだ。
「え……そうだったっけ……」
だから勇者、いちいち悩むな。せっかくそれっぽくなってるのに。
「……そうだったのか」
「言われてみれば、あの男もなんとなく品がある顔立ち……のような」
「前の王様のお子ですって。どんな方かしら」
村人がソイルを見つめる目が、明らかに好意的になった。遠巻きにしていた彼に、水を差し出すものまで出て来る。
(これだけ好感を持たれているのなら、内通者は出ない。なら、村を通過して速度を上げよう)
そう決めたアレクは群衆に向かって、声をはり上げた。
「村長はいるか! 行軍について相談したい」
乞われて老人がやってくる。村を通過することに、彼はすぐ同意してくれた。そこへ仕事を終えたクラーラが戻ってきた。
「本隊をここへ。進路を変更する」
指示を聞いたクラーラはうなずき、姿を消した。程なくして、白派の隊が続々と到着する。
「ソイル、ミラージュ!」
側近の制止を振り切って、エステルがやってくる。仲間の無事を確認すると、彼女はようやくほっとした顔になった。
「あんれまあ……」
「なんだろ、あの綺麗な人」
一際華やかな、銀細工付きの鎧。そしてその下からのぞく、見目麗しい女性の顔。村人の注目はあっという間に、ソイルからエステルにうつった。アレクはここぞとばかりにまくしたてる。
「この方こそ、新しき王となられるエステル様だ。では、王よ一言」
急に話を振られたエステルは戸惑いを見せたが、すぐに普段の顔に戻った。
「――まず、長きにわたって国を空けていたことを、皆に詫びたい。不安な思いをさせて済まなかった」
エステルが言うと、村人たちからどよめきが起こった。無理もない、とアレクは思う。王は間違ったりしない。民になど、頭を下げなくても構わない。それが常識である。しかし市井の暮らしが長かったエステルにとって、そんなものは関係なかった。
「これより、我らは赤派のいる城を攻める。長きにわたる戦いに、今度こそ決着がつく。グレシーには、山の向こうにお帰りいただく他なかろうな」
エステルが茶目っ気をこめて言うと、村人たちは歓声をあげた。
「いいぞ」
「姫様」
声は次第に、熱を帯びる。しかし盛り上がるにつれて、それは凶暴さにすり替わり始めた。
「赤の奴らは裏切り者だ」
「この国にいる値打ちはねえ」
「追い出せ! 殺せ!」
アレクは顔をしかめて、つぶやいた。
「……まずいぞ」
放置すれば、暴徒となって勝手な行動をしかねない。この熱が国中に感染すれば、王妃を追い出してもバティールは混乱したままだ。
(エステル……頼むぞ)
アレクは横目でエステルを見つめる。一瞬目が合い、彼女はうなずいた。
「……諸君。私は確かに、赤派を討つ。しかしそれは、彼らの首領をしとめ、組織を壊滅させるという意味でしかない」
エステルがぼやけた言い方をする。村人たちが口をつぐみ、首をひねった。
「もちろん、赤派の兵士が罪を犯したのであれば厳しく取りしまる。しかし心を入れ替え、まじめに仕えるというなら、新王は彼らを召し抱える。皆も、見守ってやってはくれないだろうか」
エステルが言うと、村人たちからうめき声が漏れた。さすがに王に反論はしないが、不満に思っていることはすぐわかる。
(それでも、退くな。王でありたいのなら)
アレクは拳を握り、心の中で叫ぶ。
「彼らが本当はどんなことを考えているか。それは私にもわからん。王妃に心底入れあげている者もいよう。バティールなど、なくなった方がいいと思っている者もいよう。しかし、それと同じくらい、国を案じて戦ったものもいると信じたい」
エステルが澄んだ声で言う。
「知らぬと思うが、トルテュ王は病んでいた。罪もないものを斬っても、悪と感じないときさえあった」
どよめきが起こった。エステルは自国の、肉親の恥を、あえてさらしている。それでも彼女を止めようとするものはいなかった。
「国には賢明なしるべが必要だ。それなくば、あっと言う間に他国に食われてしまう。そう考えた者がいても、なんら不思議ではないではないか」
エステルはにっこり笑った。
「もっと身近な理由もあるかもしれない。誰かに雇われているものはおるか? よろしい、ではその中で、主人のことが好きで好きでたまらず、寸分違わず彼と同じ考えだ、というものは挙手せよ」
道はすでに、詰めかけた村人で埋まっていた。しかし誰一人として、手をあげるものはない。
「ならばよくわかろう。諸君が勝手な判断で、彼らを裁いてはならない。同じ国で育ち、同じ川の水を飲み、同じ空を見上げて育った民なのだからな」
エステルが言い渡すと、残っていた狂気が四散した。そして彼女が、背を伸ばす。
「では、私は行く。諸君、どうか留守は頼んだぞ」
王の行列が動き出す。村を通り過ぎるまでの間、民衆からはひっきりなしに励ましの声が投げかけられた。
☆☆☆
麓の村を突っ切ったことで、だいぶ時間が短縮できた。ここまで来ればあともう一息。侵入者が誰でもそう思う甘いひと時を瞬く間に砕くのが、高い丘の上にあるルサウ砦である。
きつい傾斜は登っていくものにとっては地獄、守るほうにとっては天国。それゆえここは昔から、バティールの絶対防衛線となっていた。当然リリアーヌもそれは理解しており、多くの兵がルサウに集められていた。
「敵は少なくとも八千か」
偵察隊の報告を見て、アレクはため息をついた。
「もっと詳しい情報は、レオンたちが持ち帰ってくるでしょうが……厄介ですな、ここは」
急勾配を見ながら、ニコラウスがつぶやいた。遠目にも、丘の上で弓を構えた兵が待ちかまえているのがわかる。
「おまけに、所々に木柵がある。あれでは聖馬や魔犬が駆け上がれませんな」
ニコラウスの言う通り、斜面のあちこちから簡易柵がのぞいている。丸太を互い違いにして縄でしばっただけだが、簡単な割には防御効果が高い罠だ。
「正面からの突破は危なすぎる。幸い、ヴィントが上から援護してくれるが」
レオンが陣の弱いところを見極め、ヴィントがそこを攻める。攻撃と同時に木柵も破壊でき、地上からの攻略部隊も通過できる。これで、ぐっと攻略が楽になるはずだ。
しかし次の瞬間、アレクの全身が泡立った。体の中央に、冷たい氷塊をつっこまれたような、この感覚は──
(攻撃魔術!)
アレクは急いで、呼び笛を吹いた。だがそれよりほんのわずかに早く、空気中に白い光が走る。次の瞬間、耳をつんざくような破裂音が辺りに広がった。




