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劣勢こそが勇者の戦場

「エステル様。赤派がついに、正式な声明を出しました」


 書を握りしめた使者が、広間に駆け込んでくる。すっかり戦支度を整えたエステルが、うなずいた。


「読み上げて」

「貴君らが見つけてきたという、前王の遺児であるが――公式記録の中に、その名前はなく、到底認めるわけにはいかない」


 部屋のそこここから、失笑が漏れた。隠し子の存在を公式文書に残す王家があったら、アレクも一度見てみたい。


「こちらはコンラッド王と交わした契約にのっとり、彼の息子ヘクターを次期国王として迎えるのが最も適切であると断ずる」


 まだ粘るか、という声が上がる。コンラッドが死んでもなお抵抗をやめない王妃への怒りは、最高潮に達しようとしていた。


(彼女の立場も、分からなくはない)


 アレクはため息をついた。トルテュ王もファビアンもオーリク伯も失った今、グレシーがいなくなったら完全に丸裸なのだ。しかし、やり方がまずすぎる。諸侯を納得させ、国民の怒りを静めるには到底至らない。気に入らない臣下を遠ざけてきた結果、とうとう忠告する者もいなくなったのだろう。


(彼女を武力で屈服させられれば、エステルが王位を取れる)


 アレクは確信した。同じ事を、部屋の中にいる誰もが悟っているはずだ。熱気が充満していく。今にもそれが爆発しそうになった時、おもむろにエステルが口を開いた。


「向こうの主張はよく分かったよ。で、これを飲まない場合どうすると?」

「その時は、どんな手段を使っても、白派への討伐を実行する。そう締めくくってあります」


 使者がそう言うと、エステルが形のいい顎に手をあてた。


「ふうん、向こうは邪魔して欲しくないんだね」


 それから、彼女はにっこり笑う。


「じゃあ、邪魔しに行こうか」


 話は決まった。そうなれば、早く動いた方が相手の不意をつける。すでにやる気になっていた諸侯たちが、我先にと戦の支度を始めた。


 やがて軍が移動を始める。馬や使い魔に騎乗した兵たちが、一定の速度で進撃した。


「……目的地まで、あとどれくらいでござるか」


 愛用の釜を背中にくくりつけたニコラウスが聞いてきた。


「一番足の遅い馬に合わせても、日が昇りきる前に着くだろう。しばらく山道を通る。退屈だろうが、我慢してくれよ」


 その時、偵察に出ていたクラーラが戻ってきた。彼女は口をへの字に曲げている。明らかに、行った時と様子が違った。


「何があった?」

「大変と言えば大変ですし、大変じゃないと言えば大変じゃないです」


 いつもさっぱりした彼女には珍しく、奥歯にものがはさまったような言い方だ。アレクは首をかしげる。


「まず、『大変じゃない』と思う根拠から聞こうか」

「この先の大通りで、赤派が小競り合いを始めてます」


 アレクはつまらなさそうに相づちをうった。村の中はすでに敵の手が回っているだろうから、こうやって山道を歩いているのだ。通りに人が集まっているなら、山の方は手薄になる。なるほど、確かに『大変じゃない』。


「『大変』の方は?」

「その赤派ともめてる相手ってのが、勇者二人組なんですよね」

「本当!?」


 エステルが身を乗り出した。


「ちゃんと帰るようにって、あれほど言っておいたのに!」


 アレクからも釘を刺しておいたはずなのに、何故ここに。アレクは頭を抱えた。


「人が良さそうでござったからなあ。仲間ひとり置いて、はいそうですかと帰るようなら、勇者なんぞやっとらんでしょう」


 ニコラウスが言うと、エステルが顔を両手で覆った。


「どうします? とりあえずレオンが様子を見てはいますけど」

「助けに行かれますかな」


 クラーラとニコラウスが、エステルに聞く。エステルは唇をかんだ後、首を横に振る。


「それは……無理だよ。集落を突っ切るとなれば、かなりの人の目につく。その場の騎士を全部倒しても、誰かが赤派に密告すれば奇襲にならない」


 今回の作戦に、失敗は許されない。個人的な感情で、軍を動かすことはできないとエステルはうめくように言った。誰が見ても、彼女が勇者たちを助けたくて仕方無いのは分かる。だが、それを堂々と進言することはできない。――ただ一人を、除いては。


「エステル。いいか」

「……何?」

「日が登り切るまで、時間をくれ。勇者様を助けてくる」


 エステルの顔に、赤みがさした。逆に彼女の側近たちは、「安請け合いして」という顔でこちらをにらんでくるが、早速アレクはクラーラとニコラウスを連れ、山を下りる。人だかりがしていたので、騒ぎの場所は容易に見当がついた。


 ちょうど勇者が、ごつい剣を持った赤派の騎士とにらみあっている。


「貴様か。前王の隠し子がいるなどと、根も葉もない噂をばらまいているという男は」

「だからあ。ホントのことだって言ってんだろ!?」

「ぬかせ。貴様のデマのせいで、こちらは脱走兵まで出ているのだぞ。それがどれだけの痛手かわかるか!」


 騎士が息巻いた。しかしソイルは、冷ややかな目で彼を見返す。


「……デマ呼ばわりは一旦置いといてな。こっちのせいにしてんじゃねーよ」


 子供とあなどっていたのだろう。鋭い眼光と言葉に、騎士がたじろぐ。


「子供の話なんか、普通の大人はまともに受け取らねえ。それで逃げ出す奴がいるってことは、お前らに嫌気がさしてたってことだろ」


 図星をつかれた赤派の兵たちが、互いに顔を見合わせる。遠目に見守っていた村人たちも、ひそひそとささやき始めた。


「く、くそ。黙らんか!」


 動揺をあらわにした騎士を見て、ソイルが動いた。騎士の喉元めがけて、まっすぐ突きを放つ。騎士の首まで、指一本のところで剣が止まる。そこから剣が下へ向かい、騎士の手をうった。


「っ!!」


 手甲はしていても、巨大な剣、すなわち金属の塊が当たった衝撃は大きい。騎士は自分の剣を取り落とした。苦手という割には、なかなかやる。


「隊長!」


 騎士を助けようと、周りの兵士たちが寄ってくる。彼らに向かって、若い女が杖を振った。空中に、無数の水球が出現する。球は振られた剣をすり抜け、兵士たちの鳩尾を次々に撃った。


「戦いは嫌いです。ですが、聞き分けのない大人はもっと嫌いです」


 ミラージュが、騎士たちをにらむ。二人は互いの弱点をかばい合い、上手に立ち回っていた。しかし、赤派もやられたままで黙ってはいない。


「囲め!」


 その数、およそ数十名。騎士や歩兵が、ソイルたちの周りに押し寄せた。


「ソイル!」


 ミラージュが不安そうに、相棒の名を呼ぶ。いくら強くても、勇者たちは二人しかいないのだ。相手が多すぎる。しかしソイルは、不敵な笑みを浮かべる。そして叫んだ。


「わざわざ集まってくれて、ありがとな! 来い、ミス……ミス……」


 前半の勢いはどこへやら、ソイルは急に口ごもった。騎士たちどころか、ミラージュまで不審そうに彼を見ている。


「……どうしたんでしょう、あいつ?」


 レオンが首をかしげる。


「呪文を忘れたんだろ」


 ソイルの祖父も同じ過ちを犯していたので、アレクにはよくわかる。目の泳ぎ方まで全く同じだ。


「ま、頃合いかな」


 アレクがつぶやくと同時に、様子をうかがっていた騎士たちが動き出した。勇者がはったりをかましていると判断したらしい。威勢の良い声が上がり、場の雰囲気が完全に塗り替えられる。その瞬間、アレクは待機していた竜に告げた。


「行くぞ、蹴散らせヴィント!」


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