表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/38

危険な幼妻

 ようやく地獄の晩餐会が終わりに近づき、酔いがまわった親戚たちが卓から離れていく。周りから流れてくる重圧が和らぎ、アレクはやっと背中を伸ばした。


 ……しかし本当の強者は、相手が油断している時を狙って食らいついてくるもの。この時のアレクは、そのことをすっかり忘れていた。


「アレクサンダー。お待ちなさい。またどこかへ行く気ですね?」


 晩餐会の終盤から沈黙を保っていた母が、口を開く。走って逃げ出したくなるのを、アレクはこらえた。


「状況が変わりました。しばらく勝手は許しません」


 さっきまで親戚連中と話をしていたとは思えない、鋭い目線。『氷女帝』の二つ名にふさわしい姿だ。アレクも居住まいを正す。


「先日バティールの王が、后をむかえました。若いというより幼いといった方がぴったりくるくらいの娘ですが」

「ええ、私も式に参列しました」


 アレクはうなずいた。婚姻の何よりの目的は、子孫を残すことだ。そのため老いた女が嫁ぐことはめったになく、年下女との結婚は頻発している。時には赤子が嫁に行かされることもあるのだ。隣の国のことだったので、アレクも特使として参列している。


「どうせ王本人というより、周囲が勧めたのでしょう」

「ええ。誰かさんと違って、たいそう素直な王でいらしたのですね。トントン拍子で話が決まったそうです」


 まずい、墓穴を掘った。アレクは咳払いを連発してごまかす。


「しかし、この婚姻、失敗でしたね。王妃が、とんでもない雌狐でした」

「具体的には」

「まだ幼い身でありながら、宮廷内の男を次々と寝所に引っ張りこみ、籠絡しています。舞踏会などもはや、あの女の男あさりの場ですよ」

「母上。父上一筋の御身にとって、王妃がうっとうしいのはわかります。しかし、そんなことを気にしてどうなさいます」


 貴族以上の身分の結婚となると、本人の意志のみで成立したものなどほとんどない。家同士のつながりや戦の勝ち負けによって、いくらでも子供の人生は揺れ動く。そうやって添った相手が、希望通りの異性である可能性などきわめて低い。


 よって、浮気はいわば容認されたお楽しみであった。母が知らないはずがない。アレクは顔をしかめて、話の続きを待った。


「妃は王弟と寝た上で、王にかわって自分が権力を握ろうとしています。隣国の動きが読めなくなるとしたら、我が国にとって望ましい展開とはいえないでしょう」


 確かに、今までは安全だった。バティールの先代は隙あらば領土拡大を狙ってきたが、息子は機械づくりが好きなオタク気質。戦に行くよりひきこもる方を選ぶため、国境の警備が楽で助かっていたのだ。


 しかし、王妃が実権を握り、かつ好戦的であったら。自国のバティール対策は正反対の対応を強いられることとなる。


「わかりました。じっくり内偵の上で対応を」


 母の言うことはもっともだ。しかし、この人の勅命をそのまま受けると危険だということも、今までの経験からよくわかっている。


 アレクが口ごもると、母の目が不気味にきらめいた。懐に手を入れ、何かを放ってよこす。


「……招待状?」

「さっそくこんなものが、王妃からお前あてに届きました。ご令息との楽しいお付き合いのきっかけになれば、と非常にありがたい一言を添えて」


 通りで、母の顔が魔狐のようになっているわけだ。これは明らかな挑発である。


「イヤな女ですね」

「危険ではありますが、ここまで言われて無視するのもね。行ってもらえますか?」

「ハイ」

「あくまで舞踏会だけですよ。寝所に誘われたら、断固として帰っていらっしゃい」

「ハイ」


 感情を一切殺したまま、アレクはうなずいた。



☆☆☆



「で。受けちゃったわけですか。そのいわくつき王妃主催の晩餐会」

「しかたなかろう」


 アレクはクラーラに向かって情けない声で言った。母の殺気。あれを受けてなお、「イヤです」と言える猛者がいたら、アレクは喜んで王の座を開け渡す。


「それじゃあ、しばらく遠征は無理ですねえ」

「残念だが。クラーラとレオンは待機。ニコラウスは俺と一緒に晩餐会にきてくれ」

「ええー、今週はミリザちゃんを愛でようと思っていましたのにい。ひどいでござる」


 ニコラウスはさぞ今週が特別なように言う。が、彼はいつも同じことをしているのだ。しかし、アレクはあえて下手に出た。


「頼むよ。お前の力が必要なんだ」

「……仕方ないですなあ」


 ニコラウスがうなり声をあげた。


「よし、このニコラウスが一緒に行きましょう」

「えー、私は? 私は?」


 クラーラが、アレクの服の裾をしきりに引っ張ってくる。普段ならうなずいてやってもいいが、今回は勝手が違う。


「いや、お前はダメだ」

「ケチ。しみったれ。イジワル」


 不満をぶちまけるクラーラを、アレクはなだめる。


「そう言うな。今回の誘い、男だけで参加しないと王妃が食いついてこないかもしれん」


 クラーラがこちらをにらみながら、腕組みをした。


「王妃……リリアーヌは、結婚相手に心底飽き飽きしている。晩餐会にきた若い男を、片っ端から食って回っているらしい。ああ、食うというのは文字通りの意味ではなく」

「それくらいわかってますって。王妃がどうやって男を落としてるか、実地で調べようってわけですか」

「その危険度もな。自分で体験してみないと、詳しいことはわからん」


 同行者がレオンでなくニコラウスなのも、悩殺攻撃にそなえてである。生身の遊女に固執するレオンより、姿絵専従のニコラウスの方が遙かに安全だからだ。


「たかだか王族の火遊びで、そこまでお考えですかー」


 クラーラが呆けた声をあげた。


「なにもなければそれでいい。しかし、彼女は確かに、普通の女と違っていた」


 アレクが問題の王妃に会ったのは、結婚式の一度だけ。長く王座にあった王を失い、バティール国内は再編成の時を迎えていた。さぞや王宮内は権力争いの炎がうずまいているに違いない。そこに入っていこうという若い王女はどんな奴か。アレクは気になっていた。


(自分だけはしっかりしなければ、と思っているだろうか)


 美少女の張りつめた顔を、アレクは想像していた。しかし現実の彼女は、うろたえてなどいない。つまらなさそうに口元に薄い笑みを浮かべながら、祝いの言葉を述べる客たちを値踏みしていた。あれはまさに、幼くして魔女だ。


「とにかく、手ぶらでは帰れん。ニコラウス、準備するぞ」

「承知」


 アレクとニコラウスが身支度を整える。その準備がすんだのを見計らって、車の用意ができたと御者が声をかけてきた。


 巨大な三首の犬がひく車が、門の前にぴったりつけられている。


「地獄の三首がひく車なんて、初めてでござる。ねえミリザちゃん」


 ニコラウスは姿絵片手に、ひとりはしゃいでいる。アレクはあえてそれにはふれず、王宮への到着を待った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ