後継者の資質
エステルは淡々と語る。赤派と白派、どちらの言い分もある程度筋があるからこそ、もめてきた。しかし、国ごと売り渡すとなると話は別だ。赤派への反発は、一気に強くなるだろう。
「ほう、良いことではないですか」
シモンが皮肉っぽく言う。エステルは顔をしかめたが、さらに続けた。
「そうなれば、白派の指導者は国民や諸侯から強い支持を得ることになる。ボクはそれが欲しいのです」
安定した支持があれば、帰ってきたばかりの王にとって何よりの助けになる。二つに割れてしまった国の再建も容易になるだろう。
「シモン様、申し訳ありませんが聞き入れてください。これからの統治のために、どうしても必要なことなのです」
エステルがきっぱり言った。言葉上は下手に出ているが、頭は下げていない。あくまで正統な王は自分であり、命令する立場にいるのはこちらだと態度で示している。
シモンは面白くなさそうだ。王族のプライドが、頭をもたげているのだろう。アレクはあえて、憎まれ役を買って出ることにした。
「つまり、あんたはもう主役じゃないってことです。元々遠縁で養子に入ったやつと、前王の実子じゃ悪いが比較にならない」
シモンの目がきつくなった。一番言われたくないことをつつかれたからだ。
「今までの俺の努力はなんだったんだ、と言いたくなるのもわかります。しかしその地位は、実力で勝ち取ったものではない。だったら元に戻っただけ。そうお考えになってはいかがですか」
王家というのは、変わったところだ。まず第一に、血の濃さが問われる。高官たちも、そして民もそれを望む。やりたくなくても巻き込まれ、やりたくても手が届かない。そのすれ違いは、常にある。
「……それ以上の発言は、内政干渉とみなさせていただく」
シモンはやっとのことで、反論を口にした。しかしこれこそが、欲しかった反応である。アレクはにやついた。
「ではこの場にいらっしゃる諸侯にうかがいましょう。どちらが今後、先頭に立っていくべきなのか」
アレクが言うと、シモンは自信ありげに鼻を鳴らした。彼にとって諸侯は、ずっと一緒にやってきた同志である。自分の味方をしてくれるに違いない、と思っているのだろう。
「であればまず、バイエ候にお聞きしよう。どちらを指揮官にとお考えでしょう?」
ぽっと出の少女になど負けるものか。シモンの顔にはそう書いてあった。彼の熱視線に促され、バイエ候が口を開く。
「……私は、エステル様が先頭に立っていただけるなら、とても心強いと思います」
飛び出した名前は、自分のものではない。シモンがそれを認識するのに、数秒かかった。
「ほかの者はっ」
平静を回復しないまま、シモンは次々に諸侯の顔を見回す。しかし、返ってくる答えはどれも同じだった。
「エステル様を支持します」
「同意」
「私もです」
結局室内にいた全員が、エステルを支持する結果になった。あまりにも意外だったのだろう、シモンの顔から血の気が引いている。その隙を逃さず、エステルが一同に声をかけた。
「皆様の承諾も得たことですし、今後はボクが指示を出します。まず、赤派の動きについてですが……」
エステルが話し始めると、皆が彼女に注目し始めた。滑り出しとしては、悪くない。
(ただ一つを、除いては)
盛り上がっている話を片耳で聞きながら、アレクは考えを巡らせていた。
☆☆☆
「おい、こんな夜中にどこへ行く気だ?」
アレクがごく軽い調子で聞くと、暗闇の中を歩いていた男たちが、体を強ばらせた。
しかしそれもつかの間のこと、男たちはすぐに殺気をみなぎらせ、アレクに襲いかかってくる。だが地面に張っていた陣が作動し、男たちを襲う。鮮やかな鉱石の破片が、男たちの体に食い込んでいた。
「論戦で負けたからって、やることが子供っぽすぎやしないか」
うめく一行を見下ろしながら、アレクは冷ややかに言った。
「貴様になにが分かる! 生まれた時から家を継げると決まっていたお前が、大口をたたくな!」
男たちの中には、シモンもいた。もはや逆転は不可能と悟ったのか、敵意をあらわにしてくる。アレクは笑った。よろしい、その方が潰し甲斐があるというものだ。
「首領の地位にずいぶんこだわっているな。まあ、貴族と言っても五男でヒマをもてあましていたところを、いきなり王族にしてもらったのだから無理もないが」
獣のようにうなるシモンを見ながら、アレクはさらに言葉を重ねた。
「しかしどうだ。実力でも負けていたら、諦めもつくと思わないか?」
アレクが言うと、シモンは血の混じった唾を吐いた。
「そんなことがあるはずがない。あんな子供に、何が出来るというのだ」
顔を歪めるシモンを見て、アレクは薄く笑う。
「今日、お前がどちらが首領にふさわしいか問うたとき。臣下が誰も味方してくれなかったな。それが偶然だと思うか?」
「……やはり根回しがしてあったか」
「当たり前だ」
それを聞いたシモンが叫ぶ。
「貴様の入れ知恵さえなければ」
「信じるか信じまいかはお前次第だが、俺は一切エステルに口出しはしていない。ここに着くなり、彼女の方から言い出したことだ」
そう、始めはアレクも驚いたのだ。エステルが着くなり、「シモンを通さず重臣たちと会いたい」とつぶやいたのだから。
「こちらに戻ると決めた時点で、彼女はお前たちのことをできる限り調べていたようだ」
その上で判断した。このまま自分が何の準備もなく戻れば、白派の中でさらに仲間割れが起きるだけだと。
「お前は王族になっているし、オーリク伯をうつという手柄もたてているからな。しかし、赤派に対抗するためには頭が二人はまずい」
そこでエステルは重臣たちとの会合で、ある約束をとりつけた。
「現在国庫の金は、王族の生活費にかなりの額が割かれている」
これがあまりにも多い。今回王妃がグレシーを引き込めたのも、莫大な個人資金があったからだと言われている。
「よって、自分が王になった時は、功に応じてこれを分配する。エステルはそう言った」
「金に転んだだと! それでも誇り高き貴族か!」
「誇りだけでは飯が食えんのだ」
嘆くシモンに、アレクは冷たく言った。領地からの収入は急に増えない。その上、宮廷での付き合いや戦の度に自腹で参加しなければならないとあっては、金がたまるはずがない。
「現在借金なしで回せている貴族など、わずかしかいない。同じ服を着回して王宮へ出向いたり、こっそり従者を減らしやりくりしていたんだ。お前は気付かなかったのか」
アレクがからかうと、シモンは真っ赤な顔をして黙り込んでしまった。
「諸侯は皆飛び上がって喜んだぞ。血の濃さで負けているのに、従ううまみもあちらが上。これでついてくるやつがいると思うか?」
アレクがとどめを刺す。今度こそ、シモンの全身から力が抜けた。
「貴族時代のお前なら、先手をうてたかもしれんなあ」
しかし、王族に入れてもらい、一旦その暮らしに慣れてしまうと、どうしても忘れてしまう。自分の周辺だけでなく、そのさらに外も見て取る視点の高さ。それも王の資質だ。
決してこの男だけが犯してきた失敗ではない。自分も、これから王になる彼女も、同じ穴に落ちることはありえる。
そんな日が来なければいい。すすり泣き始めたシモンを見ながら、アレクは思った。




