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売られた国

 悪いことは重なるモノだ、ということを、リリアーヌは身をもって思い知る。金をちらつかせてグレシーを引き入れるという博打も、オーリク伯の手腕と軍事力があったからこその賭けだった。


 それなのに、要の男がいきなり退場してしまったのである。しかも、殺したのはファビアンの養子。彼は白派に寝返った。


 今までうまく回っていた状態が、嘘のようだ。リリアーヌは二つも後ろ盾を失ったことになる。早々に誰か、自分を保護してくれる相手を見つけなければならないことは分かっていた。……ところが、国内にそれにふさわしい相手が一人もいないのだ。


 原因は明らかだった。国庫に流れてくる金のほとんどが、王族の生活のために消えているからだ。地方貴族の財政など赤字が当たり前。オーリク伯のように王族の出で、なおかつ政治的な綱渡りが上手くないと金など貯まるわけがなかった。


 平時であれば、有効な統治手段である。しかし、この状態でまともな軍人や物資が用意できないのは命取りだ。


(オーリク伯にも息子はいるけれど……)


 リリアーヌは伯の息子たちの顔を思い浮かべた。いずれも軍人としての腕は、父に遠く及ばない。


(金だけまき上げて、他の誰かに頼るしかないわね)


 リリアーヌは今まで接触したことのある男たちを、片っ端から思い出す。そして彼女は、大きな決断を下した。その内容があまりに衝撃的であったため、使いに出された間者でさえ、全てを知らされることはなかった。


 取引相手に指名されたのは、グレシー国王、コンラッド三世。領土拡大に意欲を示す、老いた獅子である。同盟を結んでからというもの、金をせっせと送ってきたおかげで、連絡はすぐについた。


「ずいぶん急ぎの連絡だったな」


 リリアーヌの前にある一枚の鏡に、長年バティール国民が敵と定め続けた男の姿が映っている。遠く離れた場所と会話が出来る一対の鏡は、王妃の生家に代々伝わる秘宝。本来は門外不出のものであるが、リリアーヌはやむなく片方の鏡をグレシーに渡した。連絡失敗が命取りになる関係だからだ。


「仕方無いでしょう。オーリク伯が死んだわ」


 流石にまだ、事実確認ができていないようだ。コンラッドのいかつい顔が、驚きで歪む。


「病か?」

「いいえ。ファビアンの義子が殺したの。当の本人は、白派に寝返ったわ」


 リリアーヌが淡々と言うと、コンラッドが背筋を伸ばした。


「待って。通り一遍の悔やみの言葉を置いて消えるのは、まだ早いんじゃないかしら」


 コンラッドは面白くなさそうに鼻を鳴らした。女ごときに考えを見破られたのが面白くないと、顔に書いてある。リリアーヌは悔しい思いを胸の奥へ押しやった。今この男が手を引いたら、自分は破滅するのだ。


「……王弟も、叔父も、義理の息子すら失った」


 そこで一旦言葉を切り、コンラッドはにやついた。


「その状態でまだ取引しようとする肝の太さに免じて、一度だけは聞いてやる」


 獅子王から、譲歩を引き出すことに成功した。今度はリリアーヌが笑う。


「そうね。あなたの言う通り、私は色々失ったわ。けれど、まだ大事な存在が残っている」

「また愛人でも出してくるか?」

「いいえ。今回鍵となるのは、私の娘よ」


 リリアーヌはついに、最後に使うと決めていたカードを切り始めた。コンラッドが、明らかに熱のこもった目でそれを見つめる。


「娘だと? いつの間に生んだのだ?」

「養子よ。遊んではいるけど、子供を産んでもいいと思った男はまだいないの」


 こんな時のために、ファビアンの遠縁から出来るだけ見目麗しい女子を選び、手駒に加えておいたのだ。


「手続きは問題なく終わっているわ。信じられなければ一筆書くけど」

「よかろう。そこまでは理解した。して、その娘が我らになにをしてくれる?」

「あなた、正妻はすでにお亡くなりになっているわね。うちの娘の夫になってちょうだい」


 リリアーヌは大まじめに言ったのだが、コンラッドは腹を抱えて笑い出した。


「はっは……国民がそれをきっかけに、バティールに親しみを感じるようになるとでも? ないな。絶対にない。今回こっそり国境を越えるのも大変だったのだぞ」


 リリアーヌも同じ考えだった。どの道、平民どもに知性など期待していない。最後に残したカードの切り方は、もっと大胆なのだ。


「それにね、残念だが私は若い娘にはあまり興味が――」

「その少女が、バティールを丸々背負ってやってくるとしても?」


 さっきまで冗談交じりに喋っていたコンラッドが、ぴたりと口をつぐんだ。リリアーヌはこの機を逃すまいと、一気にたたみかける。


「話はこうよ。今の王が死んだら、バティールは娘と結婚したあなたの領地になる。悪くない取引だと思うけど?」


 悪くないどころか、これは破格の条件だった。豊かな耕作地帯と多くの国民が、タダ同然で手に入るのだから。後世のものが聞いたら、「どうしてそんなもったいないことをした」と言うかもしれない。しかしリリアーヌは、もう国家運営に飽いていた。


 次々と起こる予想外の事態。その対応を少しでもしくじれば、何もしていない連中がよってたかって責め立ててくる。自分はそんなことを望まない。ただ心地よく、美しいモノに囲まれて、男共にかしずかれていればいい。


「……リリアーヌ妃」


 コンラッドが口を開く。その口から出るべき返事は、一つしかない。リリアーヌはそれを待ち構えた。



☆☆☆



 唐突に降ってわいた婚姻話は、周辺国全ての度肝を抜いた。まさか、王妃自ら国を売り払うような真似をするとは、誰も考えていなかったのである。好戦的なグレシーが広大な領地を獲得すれば、ここを足がかりに各地を手中に収めようとするのは確実。


 各地で再軍備や予備兵の徴集が行われる中、アレクたちだけは何事もないかのように過ごしていた。


「何かあれば、真っ先に危なくなるのはあそこだろうに」

「代替わりした王が、政治に疎いんじゃないか?」


 様々な憶測が飛び交っても、アレクは沈黙を貫いた。もちろん、その間何もしていなかったわけではない。嵐のように吹き荒れる情報を、じっくりより分けていたのである。


(極端な手だが……あの王妃ならやりかねん)


 相手の出方にいちいち驚いていては、振り回されるばかりだ。こちらが先手をとることに集中すべきだろう。


 アレクはすでに、狙うべき人物を決めていた。グレシー国王、コンラッド三世である。


(王妃はすでに、かなりの後ろ盾を失っている。頼りになるのはコンラッドしかいない)


 グレシーが考えを変えれば、王妃の土台は大きく揺らぐ。


(グレシー国王は、今までの男と違う。王妃自体に思い入れはなく、あくまで領地を増やしたいから参戦してきた)


 それならば、前提条件を変えればいい。つまり、王位継承権がとれなくなればいいのだ。王妃の娘以上に王位継承権が高くなる人物とは、前王の実の息子か娘。アレクの密命を受けた間者たちは、そこらじゅうを探し回った。


 身分の高い男は、それだけで女が寄ってくる。隠し子がいる確率は高い。何としても実子を見つけ出して、自国の危機を未然に防ぐ。全員の意識は、その一点だった。


 途中で現王が死んだら、ジュネ伯に取引をさばく度量はない。王妃にいいようにやられておしまいだ。

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