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赤と白

 散々な物言いだった。これには流石の部下たちも不満を述べる。


「しかしこれはよく考えてのことでござって……」

「ニコラウスの読みは正確です」

「そうだよそうだよ」


 母の額に、一本青筋が走った。


「分からないのも無理はありませんね。狩りにかまけて、一人でいるのに全く抵抗がない行き遅れエルフと」

「きゃっ」

「女に嫌気がさして、嘘と分かっている地下遊技場の恋愛ごっこにはまっている黒騎士と」

「ぐはっ」

「そもそも毛穴のある生き物と恋なんかしないとうそぶく姿絵マニアの錬金術師」

「げぼふぅ」

「――それに、選り好みが激しく誰を見ても諾と言わないうちの頑固息子」

「申し訳ございません」

「……言ってみてなんですが、全員あわせてこれとは。涙が出てきました」


 言う方が泣いているのなら、言われている方は瀕死である。


「いい? あの女は、そんなかわいらしい性根じゃないの。夫がオーリク伯の妻と寝たと知ったなら真っ先に、伯に近づくわ」


 母の言うことが理解できず、アレクは目をしばたいた。


「しかし、どう言って近づくのですか。仇敵ですよ」

「分からないの? 浮気が成立したことで、あの女とオーリク伯は、共に被害者になったのよ。同情を買いやすくなったと思わない?」


 アレクはまばたきをすることすら忘れた。確かに、自分と同じ立場に立たされた相手には親近感を抱く。


「と、いうことは……」


 アレクの頭が、ようやく回転し始めた。国王の叔父という後ろ盾が得られれば、ファビアンの絶対優位はなくなる。生かしておいて余計なことをされるより、いっそのこと……。


「母上。間者からの報告は」


 アレクが言うと、やっと母はいつもの顔に戻った。


「ありました。ただし、良いモノではないですよ。王弟は余暇を過ごすため、わずかな供のみを連れて屋敷を出たそうです」


 最悪の展開だった。それでは、王妃の思うつぼではないか。


「王弟の別荘に警備を強化するよう、伝えましょう」


 アレクが気色ばんだ時、全身が真っ青な炎に包まれた鳥が、滑るように飛んできた。


「フェニックス」


 触れても熱くない炎をまとった、母の愛鳥だった。彼は口に、大きな巻紙をくわえている。母はそれを手に取ると、熱心に読みふけった。


「アレク。遅かったようです。ファビアンの死体が、今朝早くに発見されたと。斧で脳天をたたき割られて、無残な最期を迎えたようです。金目当てのどこかの賊に襲われたのだろう、と向こうは結論づけた」


 母は感情のこもらない声で言った。賊がいたのは事実だろうが、金目当てなはずがない。本当の黒幕は今頃、暖かい室内でほくそ笑んでいるに違いないのだ。



☆☆☆



「こんな……こんなことになるなんて。わたくしも後を追いたいわ」

「何をおっしゃいますか」


 あらかじめ決めておいた台詞を言ってしまうと、リリアーヌは急に手持ちぶさたになった。三文芝居も、毎日やると拷問だ。とうとうリリアーヌは、よろめいた振りをしてクッションに顔を押しつけるという手抜きをした。


(全く、いつまでいるのかしら。この客たちは)


 心の中で愚痴が出る。しかし弔問客が全て帰るまでは、決して素を出してはならない。


(落ち着くのよリリアーヌ。ようやくあの男が死んだの。これくらいの不自由、なんてことないじゃない)


 リリアーヌは気を取り直して顔を上げた。やってきた客の中で、自分がファビアンを殺したと気付いている者はどれほどいるのか、見極めてやる。


(……あの男、来なかったわね)


 それからしばらく後。ようやく客がさばけてほっとした反面、リリアーヌはつまらなさを感じてもいた。隣国の王は、バカではない。探りを入れてくると考えていたのだが、予測が外れた。自分が黒幕と気付いた奴もいなかったし、張り合いがない。


「どうしたんだい、私の可愛いお嬢さん」


 後ろから声をかけられて、リリアーヌは小首をかしげてみせた。相手が誰かくらいとっくに分かっているが、男はこれをすると喜ぶ。


「おや、もう忘れられてしまったかな」

「そんなはずないじゃないの」


 リリアーヌは両手を広げ、オーリク伯の胸へ飛び込んでいった。彼がしっかり自分を抱きとめるのを確認してから、甘い声を出す。


「ご無事で良かった。お帰りを待ちわびておりましたのよ」

「大丈夫だよ。私が失敗するわけがないと言ったろう?」

「本当にそうだったわ。あなたこそ王にふさわしいわね」


 リリアーヌが言うと、オーリク伯は端正な髭面をくしゃくしゃにして笑う。その反応があまりにも死んだファビアンにそっくりで、リリアーヌは顔が歪みそうになるのを必死にこらえた。


(男って、どうしてこうも『王様』が好きなのかしら)


 国の頂上に登りつめれば、それだけ危険も増す。しかし、男たちは取り憑かれたかのように、玉座に向かって手を伸ばすのだ。


(そういう生き物だからこそ、私がつけいる隙があるのだけど)


 リリアーヌは心の中で舌を出しながら、オーリク伯に顔を寄せた。


「さっそく王宮に帰れるわね? 王はどんな様子?」

「もう正気をなくしているよ。隣国から贈ってきた薬すら、効かないようだ」


 期待通りの答えに、リリアーヌはほくそ笑む。やはり、あの脆弱な夫に宮廷は過酷すぎるようだ。


「では、あなたが思うようにできるわね?」

「おおせのままに、姫。君の復権もたやすかろう。これから忙しくなるぞ?」

「望むところよ」


 オーリク伯の腕に赤い腕章が見える。一派の証として、王妃が好む赤色を取り入れたのだ。反対に、もう一人の叔父、ジュネ伯は鎧や装飾を白にすることで、これに対抗している。


 赤と白。二つの勢力は、いずれこの国の覇権を巡って戦うことになるだろう。


(――勝つのは、私よ)


 すでに仕込みは済んでいる。張り切るオーリク伯を見ながら、リリアーヌは心の中でつぶやいた。



☆☆☆



 翌日、王宮は荒れに荒れた。白派はさっそく糾弾の会を設けたが、そんなことはリリアーヌの想定内だ。満を持して乗り込んでいったオーリク伯とリリアーヌは、ずっと平行線をたどる会議を楽しんですらいた。


 元よりこちらは、戦になることすら覚悟の上なのだ。高官たちがいかに手を尽くそうとも、この地に吹く新しい風を止められはしない。


 リリアーヌはここで、最初の夫を見た。彼はげっそりやつれ、重臣たちの背中に隠れてしまっている。目が合うと、怯えた様子で顔をそらす体たらくだった。


(情けないこと。あれは長生きしないわね)


 自分が手を下さなくても勝手に死にそうだ。リリアーヌは笑みを浮かべた。


「……何がおかしいのかしら」


 その時、卓の向かい側から甲高い声が聞こえてくる。叫んでいるのは、オーリク伯の正妻だ。


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