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魔王は何度も死ぬ

「……すまんが、本国の母上たちがすでに怪しみ始めている。これ以上粘っても効果は無い」


 兵士たちから、低いうめきがあがった。


「今回は、ここまでだ。家で年末の行事がまだ残っているものも多かろう。どうか、自分は孤独ではないと思って耐え抜いてほしい」


 アレクが告げると、あちらこちらからため息が聞こえてくる。


「では、帰ろうではないか。また集まろう、諸君」


 王として、威厳をこめた言葉で念を押す。やがて全員、渋々ながら帰還準備を始めた。一般兵がのろのろと支度をしている間に、アレクは改めて側近たちを集める。


「すまんな。人間界も、もう少しましな奴がいると聞いていたんだが」

「勇者とかいう若い男女でしょ? 全国渡り歩いてるみたいですから、うまいこと遭遇するのは難しいみたいですね」

「先代はもう死んだらしいしな」

「人間の寿命は短いでござるな。ま、我らもいずれは老いて死ぬわけですが」


 ニコラウスの言葉に、アレクはうなずく。


「しかしですな、アレク様。姿絵の彼女は、永遠にその美を保つのですつまり彼らは我々より高位の」


 あ、また始まった。アレクは生暖かい思いで、熱弁をふるう錬金術師を見つめる。


 ニコラウスは生きている女性ではなく、命のない二次元の美女を愛してしまうという業の深い性癖を持っている。もちろん一族総出で責められているのだが、こればかりはどうにもならないらしい。「言って直るようなものを性癖とは言いません」とは彼の弁だ。


「次からはもっと山奥の強そうな部族にしましょうね。ああ、やだなあ実家」

「妹さんたちはまだ帰省中か?」

「もう帰ったんで、まだましですけどね」


 肩を落とすクラーラを、アレクは同情の目で見つめた。ダークエルフ族特有の褐色肌がよく似合う、はっきりとした顔立ちの美女だが、それはそれで苦労しているのだ。


『何か性格がキツそう』

『俺がいなくてもやっていけそう』


 そう言われ続けて、うん百年。気付けば妹の方が先に嫁いで子を産んでしまい、実家の居心地は最悪だという。落ち込んでいるクラーラに向かって、黒騎士のレオンが口を開く。


「さっさと切り上げて、自分が楽しいと思うことをした方がいいぞ」

「うう……考えるだけで親に言われる小言が想像できてつらいよう」

「何か言うだけましだろう。うちは完全に目すらあわせてこないぞ」


 彼が言うと、残りの二人が無言で見つめ合った。無理もない、レオンの過去を知っていればそうなる。


 黒騎士レオンといえば、かつて国中の男の子たちの憧れだった。武勇ももちろんだが、美しい婚約者の存在も大きかったといえるだろう。出世と美女。この二つを手に入れた彼は、幸福の全てを手に入れたかのようだった。しかし、それは突然終わる。彼の部下と婚約者が、手に手をとって駆け落ちしたのだ。


 今までの幸せからどん底まで突き落とされた彼がはまったのは、地下遊技場だった。若く見目麗しい女性がきらびやかな衣装で踊る、夢の空間。一時は仕事をやめてまで通っていたのだが、アレクのすすめでようやく職場復帰したのだ。


「暗くなってしまったな。俺はまた、地下遊技場に行くさ。いい席が手に入ったんだ」


 レオンは懐から、手の平大の紙を取り出した。色っぽい女性の横顔が、紙の全面に薄く印字されている。


「いつもとどう違うのよ」

「今回は握手券付きなんだ」


 レオンは嬉しそうに言う。他の面子は曖昧にほほえんだ。


(それにしても、皆さまざまな状況だ)


 自分のことは棚にあげて、アレクは心の中でつぶやく。ここにいる者はみな、なんらかの事情があって、世間が望む恋愛事情から離れたところにいる。


 いや、世間どころか家族すらそれを許してはくれない。各国が領土をめぐってしのぎを削るため、戦の可能性は常にある。王に仕える有力な家では、子孫の有無が死活問題なのだ。


 この軍は、そういう圧力から逃れるために雑多な世界をうろつく、居場所のない兵たちの集まりなのである。だから、遠征が長ければ長いほど、喜ぶ。


(今回は、月が満ちるまでに終わってしまったか)


 最短記録である。胃に苦いものがこみあげてくるのを感じながら、アレクはため息をついた。



☆☆☆



 重厚な木扉の前で、アレクは立ち止まった。深呼吸をする。三回やって、ようやく腹が決まった。


 扉の中に入ると、真っ黒なクロスをひいた長机が目に入る。そこにずらりと厳つい顔の親戚連中が座っていた。


 すでに卓の上の料理は、半分くらいになっている。魔牛の霜降り肉のソテー、鳥と魔界ウナギのパイ詰め、オーリアスープと呼ばれる野菜のポタージュ、花櫚の甘煮。いずれも好物だ。うるさい連中がいなければ、喜べたろうに。


「アレクサンダー、お帰りなさい」


 卓のど真ん中に座っていた中年の女が、血の入ったグラスを持ち上げながら言った。年のわりには若く見える。アレクと同じ色の銀髪を一つに結い上げ、黒獣の毛皮を身にまとっている女。


 ……実の母でなかったら、世辞抜きで「おきれいですね」くらいは言ったであろう容姿だ。


「はい、今回も無事帰ってきました」

「仕事熱心なのはよいですが、あなたがすべきことはそれだけではないのですよ」


 おいでなすった。アレクは口をすぼめながら、席につく。


「ベネデッタ公の娘が、とうとうヨーラン王の求婚を受けたとか。これで先祖代々受け継いだ領地が、そっくりヒヒジジイの懐に入るのです」

「ああ、かなり熱心に迫っていましたからね」


 この魔界は、かつてひとりの偉大な王によって統一されていた。しかし彼の死後、諸侯たちをまとめられる才覚のあるものは誰もいなかった。今や巨大な帝国は影も形もなく、各地の有力者がめいめい王を名乗り、自分の周辺にあるわずかな土地を治めている。


 ただ、その中でも上手い下手は存在する。ヨーラン王も、そんなやり手のひとりであった。


 彼のやり方は単純だ。軍事力をタテに、跡取りがいない領主の娘に無理矢理婚姻を迫るのである。これで、血を流すことなく領土が広がるのだ。


「うまくやりましたね」

「なにを感心しているのですか。ヒトゴトのように」


 だってヒトゴトだもの。……とほざいたら、死ぬよりつらい仕置きが待っているに違いない。


「これは、跡取りの子がいないとひどい目にあう、という良い見本なのですよ。だから、あなたも早く正妻をめとりなさい」


 はい、こうなったー。予想できすぎた展開に、アレクは心の中で舌打ちをする。悪いことに、親戚たちも母に同調し始めた。


「他に子がいればいいんだけどねえ。アレクちゃんに全てがかかっているのよ」


 母は最初の子供……つまりアレクを出産した後に体を壊し、以降子を作ることはなくなった。うるさく言われるのも、そのせいである。先祖よ、何故、不妊の解決策を用意しておかなかったのだ。


 アレクが脳内で先祖に文句を言っているとは知らず、親戚たちは話し続けていた。


「本当に心配しているんだよ」

「軍にいいひとはいないのかい」

「待ってるだけじゃダメだ。女性の話を聞いたら、自分から探しに行くくらいでないと。怠けるんじゃない」


 来た。親族会議で絶対に出る、意味の無い説教ベスト三。


 一つ目。俺の心配より、おぼつかなくなった自分の足下を心配していてください。


 二つ目。軍は九割が男の世界だし、真面目に指揮をとっていたらそんな暇はありません。部下への性的行為は問題にもなるし。


 三つ目。そんなことを言うなら、試しにお前がひとりつれてこい話はそれからだ。


 この反論は何度も心の中でつぶやいた。なにせ親戚共は次の集まりになると、きれいに忘れて同じことを言う。しかも、血縁が遠すぎて『お前誰だよ』状態の奴ほど、声が大きくてうるさい。欲を言うなら、理詰めで論破した上で叩きだしてやりたいところだ。


 だが、それはできない。個々の親戚は武器や私兵を供えており、万が一の時には彼らの助力が必要になるのだ。恨みをかっていいことは一つもない。


「はあ、良い娘さんがいましたら」


 結局アレクは、うつろな笑みを浮かべたまま、生返事をする。その他の時間は、全く味のしない果実酒を喉に流し込む機械と化した。


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