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やっぱりこうなるお人好し

「俺を誰だと思っている、小娘」

「兄王の嫁を寝取って、王宮を追い出された間男だろ」


 ファビアンの放った脅しは見事にかわされ、返しの一撃が彼の胸につき刺さる。あまりにも正しい。そしてそれ故に、取り繕いようがなかった。


(ここまで正面切って罵倒してしまうと、誰もあいつを庇えないぞ……)


 アレクは背筋が冷えてきた。馬鹿でもクソでもファビアンは王族直系である。挨拶ができるものですら限られているのだ。ましてや怒り狂った彼に口出しできる奴など、いるわけがない。


「来い! 二度と生意気な口がたたけなくなるまで、寝所に閉じこめてやる」


 ファビアンがエステルの手首をつかむ。しかし、彼女は力まかせにそれを振り払った。


「下半身だけで生きてる男が触るな。ボクの体が汚れる」


 二重三重に恥をかかされたファビアンは、ついに声を荒げて衛兵を呼び寄せた。エステルは抵抗したが、兵の数には勝てない。広間の向こうへ押し流されていく。


(あの野郎。怒りで完全に、俺のことは忘れてるな……)


 このまま黙って群衆の中にまぎれれば、うまく逃げられそうだ。エステルが連れていかれたところで、どうということもない。元々囮のつもりで連れてきたのではないか?


 アレクは心を決め、頭からマントをかぶる。己の姿を、できるだけ周りから隠しておきたかった。


「離せよ! 誰がお前なんかと」


 エステルはまだ、元気にわめいている。するとファビアンが彼女の耳元に口を寄せ、ささやいた。


「おい、今は人目があるから手加減してやってるだけだ。いつまでも調子に乗るなよ」

「どういう意味だっ」

「俺の車に乗ってしまえば、みんなお前のことなど忘れてしまうということだ。耳の一つくらい削いでやっても、寝るのに影響はあるまい」

「冗談じゃない!」

「片耳で不足なら、両方でもかまわんぞ」

「あまり物騒なことを口にしないでいただきたいですね、ファビアン様」


 アレクがようやく、会話に入るきっかけをつかんだ。アレクを視認すると、王弟は文字通り飛び上がった。その隙をついて、エステルが素早く囲みを抜けてくる。


「な、貴様、いや、貴殿は」

「どうしたんですか、化け物を見るような目をして。お会いしたばかりではありませんか」


 すでにマントの下で、変化の術は解いてある。しかし事情を知らない彼にしてみれば、どこから現れたのか不思議で仕方ないだろう。


「この女……いや、この会自体がお前の差し金かっ」

「何をおっしゃっているのかわかりません。私もそこの彼も、招かれた客にすぎませんよ」

「しらばっくれるなッ、そんな……ん?」


 ファビアンはアレクの言葉に、すぐ反応した。さすが色男、その分野には食いつきが早い。


「おい、今なんと言った」

「あまり物騒なことを口に」

「誰がはじめから繰り返せと言ったッ。『彼』だと? もしかしてそいつは……」

「もしかしなくても、男ですよ」


 ファビアンの顔色が、白と黒の間をいったりきたりした。


「熱心にお声がけしてくださるのはありがたいのですがねえ。責任ある成人男子をかように女子扱いされては、手を噛まれても文句は言えないでしょう」

「ぐ……」

「お互い、家を背負う身ですのでね。手違いでした、とここで引き下がっておくのが得策ではありませんか?」


 アレクが大きく手を広げると、会場中の注目が集まった。ファビアンはアレクとエステルの顔を、せわしなく交互に見つめる。やがて彼はアレクたちに背を向けると、広間の外へ消えていった。


 ファビアンの姿が見えなくなって、ようやく穏やかな空気が流れ始める。客たちもほっとした表情を浮かべ、各々がいた卓へ戻っていく。着飾った貴族たちの背中を見ながら、アレクは心の中でつぶやいた。


 やっ

 ちゃっ

 た……。


(俺はまた……なんであんなとんでもないことを)


 やりこめてすっとしたのは、ほんの一瞬のこと。これから罠にはめる予定の相手と、正面から喧嘩してどうするんだ。これで、王弟は誘いに慎重になるだろう。そうなれば、妃との仲を裂くどころか、深めてしまう結果になるかもしれない。


(もっとうまい方法がなかっただろうか)


 エステルを助けたこと自体は後悔していない。人間ごときに庇われたままなど、王の矜持が許さないからだ。だが、当たり障りのない方法が採れなかったことに対しては、猛烈に腹が立っていた。


 周りの雑音を遮断するように、アレクは壁際の椅子に腰掛け、深くうなだれる。幸い、誰も近づいてこなかった。



☆☆☆



 エステルは回廊を歩いていた。やっと見つけたソイルとミラージュは酔ってしまっていて、全く頼りにならない。二人とも大好きなのに変わりはないが、勇者ご一行があれでいいのかなと時々思う。


(おっと、いけない)


 考えがそれてしまった。とにかく今は、魔王直属の部下を捜さなければならないのだ。エステルは闇雲に廊下を進む。


「そちらは館主人の寝所でござる。あらぬ疑いをかけられたくなくば、やめておきなされ」


 急に声をかけられて、エステルは立ちすくむ。この変なしゃべり方には、覚えがある。


「アレク様の、部下の」

「しかり。ニコラウスと申す」


 顔立ちはそう悪くないのに、少々変わった男だ。エステルはニコラウスを見つめる。


「お嬢さん。申し訳ないが我が輩、ミリザちゃんを正妻としておるので、その想いは他へやるでござる」


 ニコラウスは勝手に懐から姿絵を取り出し、ほおずりを始めた。前言撤回。少々じゃなく、かなり変な人だった。


 他をあたろうかとも思ったが、広い館の中で運良く会える確率は低い。エステルは覚悟を決めた。


「あの……さっき、アレク様に助けてもらって」


 エステルが切り出すと、ニコラウスはうなずいた。


「見ておりましたから、一部始終知っております」


 では彼も、変装して客の中にまぎれていたのだろう。それなら話は早い。


「今日は迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」


 目の前で行われた、あまりに礼を失した行為。ついかっとなって啖呵を切った後は、もう自分が入り込めないほどの速度でことが進んでしまっていた。


 結果はさんざん、結局アレクが正体をばらしてまで助けに入ってくれた。目立ちたくなかったから姿を変えていたのだろうに、自分のせいで台無しになってしまった。


「まず、ご本人には謝ったんだけど、全く耳に入ってない様子で」


 それで、不本意ながら誰かに伝言を頼もうと思ったのだ、とエステルは続けた。ニコラウスはさぞ怒るに違いない。


 しかし、彼はエステルに向かってにっこり笑いかける。


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