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無力な正義

 アレクが所有する別荘で、急遽宴が催されることになった。


 赤や黄色に色づく木々に囲まれた煉瓦の建物。その中には、近隣の有名貴族や王族がひしめいている。ゆったりした弦楽の調べが流れる中、アレクはファビアンの姿を片目で常にとらえていた。


 難しかったのは、妃に悟られず王弟だけをこの場へ誘い出すことだ。何度か打診してみなければのってこないだろう、と悲観的にみていたのである。しかし、意外なところからあっさり突破口が見つかった。


「アレク様。あの王弟、俺と同じ遊技場に来て、楽しげに扇振ってましたよ」


 レオンが言いにくそうに、そう報告してきたのである。その後も調査を続けると、ファビアンは地下遊技場にたびたび顔を出していることがわかった。


「浮気はしたいが、王妃は怖い。よって、そういうところでごまかすしかないのでござろう。三次元の生物を愛すると厄介ですな」


 後半は聞かなかったことにするとして。ニコラウスの台詞の前半は、その通りだろう。


 こちらの予想通り、王弟は妃に飽きてきている。あの強い色気も毎日浴びていると、他の味がほしくなるのだろう。


 後の展開は、非常に早かった。同じ趣味のふりをした間者を近づかせ、仮面舞踏会の誘いをかける。するとファビアンは、あっさり乗ってきた。女のいるところに近づきたくて仕方なかったとみえる。


「ここまではうまくいった」


 仮面舞踏会の主催は、王家が目をかけている大商人である。アレクたちは一切表に出ない。顔が知れているものたちは、アレクも含めて全員変化の術をかけている。あくまで裏方から、ファビアンを崖の下までつき落とすのだ。


(どこで誰が気づくかわからん。余計なことは一切言うまい)


 隣国王家のしくんだ会とわかれば、いくら助平な男でも帰ってしまうだろう。あまりあれこれ怪しむ前に、気に入りの女を見つけてくれるといいのだが。


 現在、十人の使用人と、エルフ娘のミラージュが王弟の周りを動き回っている。ファビアンはうれしそうにしているものの、特にお気に入りの子がいる様子はない。


(できるだけ、幅をもたせたつもりだったが……)


 アレクは野菜をかみながら、反応の悪い王弟をにらみつけた。


(やっぱりあいつ、幼女じゃないと燃えないのか)


 使用人何人かとミラージュを下がらせ、交代人員を入れる。それから、アレクは会場を何気なく見た。すると、いるべきはずの人物がいない。勇者の連れの、美少女だ。


(どこ行った。あの子も戦力にするつもりだったのに)


 アレクが舌打ちしながら会場を睥睨していると、不意に服を引っ張られた。


「こんばんは、アレク様」

「ばかっ」

「あ、やっぱ困るんだ」


 アレクの腰元でにこにこしていたのは、探していた当の少女であった。


「えっと……」

「エステルだよ」

「エステルとやら。あのお兄さんの周囲をうろついてきてくれると、俺はとっても助かるんだがな」

「どうして? ボクはアレク様と大事なお話をしに来たんだよ」


 物腰こそ柔らかいものの、エステルはガンとして動かない。……扱いにくい奴め。


「人間ごときが一体何をしようとしている」


 顔をしかめたアレクに対し、エステルは眉を八の時にした。


「それはね」


 エステルが口を開こうとした時、招待客たちがざわついた。アレクの目の前にいた男たちが去っていく。さっきまで、死んでも酒の前から離れませんという風情だったのに。


「やあ、美しいお嬢さん」


 人混みの中からやってきたのは、ファビアンだった。彼はまっすぐに、エステルを見つめている。今までとは比べものにならないくらい、瞳がらんらんと輝いていた。


「え、ボ、ボク?」


 脂ぎった視線を向けられて、エステルがたじろいだ。困り切った様子で、アレクの服をつかんでくる。


(やめろ、俺を巻き込むな)


 エステルは嫌がっているが、アレクにとっては渡りに船だ。揉める様子を見て、ファビアンは冷ややかに言う。


「そこの男。このお嬢さんは、私が責任をもって送り届ける。君はとっとと失せたまえ」


 失せたいのは山々なのだが、エステルが服にしがみついているため、動くに動けないのだ。


 しかし、アレクがそう弁解するより先に、ファビアンが形の良い眉をつり上げる。


「何だ。さっさと行かんか。不満ならこれでもくれてやる」


 ファビアンは金貨を一枚、懐から取り出す。彼が金貨を指ではじくと、弧を描いて宙を舞った。しばらく空を飛んだ後、金貨はぽちゃんと音をたてて、コンポートの鉢の中に落ちた。ファビアンがアレクに向かって、雑に顎をしゃくる。


(拾え、ということか)


 アレクの頭に血が上る。普段なら、ありとあらゆる術を使ってこのクソ生意気な男を叩きのめしているところだ。そうでもしないと、かえって舐められる。しかし、今は事情が違う。自分が王だと知っているのは、直属の部下とエステルくらいのものだ。


(ここは、我慢だな)


 今は、ファビアンが罠にひっかかってくれることが大事なのだ。自分が頭を下げて収まるのなら、それでよしとしよう。アレクは腹をくくって、コンポートの鉢に手を伸ばす。


 ところが、横からものすごい勢いで鉢をひったくる者がいた。アレクの指先は空しく宙を滑る。一拍遅れて、盛大な水音がホールにこだました。


 アレクがようやく我にかえった時には、シロップを頭からかぶり、全身まっピンクに染まった王弟が目の前にいた。


「お前っ」


 アレクはあわてて、犯人の肩をつかむ。


「……人にやっていいことと、悪いことがあるだろ?」


 まだ怒りを振りまいているエステルが、アレクの制止を振り切った。やめろと言っても、聞く状態ではない。正面から喧嘩を売られた王弟が、うなり声をあげた。


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