何故ここに来る、カモよ
「それってヤバいじゃないですか。あの女も思いきりましたねえ」
「ごまかせるものなら、鳴りをひそめていたかったでござろう。しかし、王があの怒りようでは」
「出て行くしかないな。浮気女にとってはいい薬だ」
部下三人が感想を言い合う中、アレクは無言のまま頬杖をついていた。
「もー、うるさいでござるなあ。要はこれからどうするかであろう。物騒だが、あの女を抹殺してしまうのが手っ取り早い」
「いや、それは無理だ。あの女も、暗殺には最大限の注意を払っている」
「実家の方から釘を刺してもらうわけにはいかないの?」
「妃の父は娘を溺愛していて、嫁入りの際にも散々条件をつけたと聞きますぞ。下手につつけば、敵が増えるだけでござる」
「やはり叔父のどちらかを旗印にするしか……」
「それ、今まで散々やってダメだったやつじゃん。あー、苛々する。お茶入れよ、お茶」
しばらくすると、どっしりした茶の香りと、香ばしい焼き物の匂いがあたりに充満した。今日の茶菓子は、生地をくるくる巻いてから揚げたパン。表面にびっしり粉糖がまぶしてある。
(またこれか)
この上なく単純なつくりなのに、母がよく食べる。子供の頃から食べつけているアレクは、正直飽きがきていた。
(たまには、華やかなケーキも取り入れたいな)
アレクは無意識に、目の前のパンをちぎって口に入れる。その時、急に考えがひらめいた。
「アレク様? アレク様? ダメだ、完全に固まっちゃってる。ねえってば」
「クラーラ、もっと胸のあいた服に興味ないか?」
「はあ!?」
「待てよ、胸がないのか。腹回りを絞ればなんとかごまかせる。後は化粧で色っぽく……」
「アレク様。説明してもらわないと、私の右手がうなりをあげそうなんですけど」
クラーラが冷たい目で自分を見つめている。アレクはパンを皿に戻した。
「分かった。一から説明する。みんなが言っていた方法はどれも、悪くはない。しかし、その対象は全て王妃だ」
アレクが言うと、全員がうなずく。
「もっと狙いやすい相手がいる。王弟だ」
アレクは自信を持って言い放つ。ニコラウスがうなずいた。
「……その手もありますな」
「王弟の弱点ははっきりしている。女好きで手が早い、ということだ」
そんな男が、いつまでも王妃一人で満足しているだろうか。いや、そんなはずはない。そのうち、他の女に手を出したくなるはずだ。それも、王妃とは全く違うタイプに。
元々ちやほやされるのが大好きな妃にとって、これが面白いはずがない。頭目二人の仲が悪くなれば、付けいる隙が出てくるはずだ。
「だからあたしにかあ……でも、無理ですよ」
「そうそう、クラーラには色気というものが元々ないでござる」
「ないものに期待しても無駄な話だ。ははは」
盛り上がる男二人の鼻先を、ナイフがかすめ飛んだ。
「あたしが無理だって言ったのはね。アレク様と一緒に奴と顔を合わせてるからよ。それを勝手に、くぬ、くぬっ」
「わ、分かった。落ち着け!」
室内を飛び交うナイフを見ながら、アレクは「それもそうか」とつぶやいた。あのとき至近距離で会話をしている。バレてしまっては、元も子もない。
(しかし彼女がダメとなると、人選が大変なんだよな……)
アレクはため息をつく。接触させた女が、あっちに取り込まれたら全てが台無しだ。だから相当信頼がおけるか、逆にいざとなったらためらいなく切れる相手でなくてはならない。……なんか前にもあったな、この流れ。
アレクが冷め切ったパンに手を伸ばした時、室内の家具が一斉に揺れた。窓の外から、野太いうなり声が聞こえる。ガラス越しに、ちらりと石像が見えた。
「ええい、こんな時に! 誰だ!」
アレクは建物の外に出る。敵の正体を見て、思わず声をあげた。建物をゆらしているのは、小山ほどもある石人形だ。そしてそいつに命令しているのは、勇者三人組だった。
それを見るなり、アレクの胸がちくりと痛む。
(はて、何かとんでもないことをやらかしているような……)
しかし、アレクがその思いを追求するより先に、石人形が屋根をむしり出した。
「この!」
黙って見てはいられない。アレクは素早く術を唱えた。
「万華鏡、六輪!」
石人形の足下に術式が現れ、規則正しく開店する。金鎖が六個、石人形を囲むように出現した。アレクが指をはじくと、鎖が一斉に石人形にからみつき、その場に固定する。
「ぐうううお……」
無骨な人形が、うめき声をあげた。勇者がそれに気づき、声を枯らして怒りまくる。
「こらあ、何すんだっ」
「いや、何って」
そっちから攻撃してきて、その言い草はないだろう。アレクは口を尖らせた。
「お前らこそ、なんだこれは。うろうろせずにさっさと帰れ帰れ。ヒマになったら遊んでやるから」
しっしっ、と獣を払う時の手つきで、アレクが対応する。その時、今までじっとしていた美少女が立ち上がった。
「でも……前の戦で、ボクたちを放置していったのは、そっちだよね」
「あ」
アレクは顎が外れんばかりに口を開けた。忘れていた。これ以上ないほど、綺麗に忘れていた。
「オッシャルトオリデスネー」
「あれから俺たちは、取り残されてどうしていいかも分からず」
「ついでとばかりに各軍に追い回されまして」
「死ぬような思いをしてここまで来たよ」
三人そろって、いかに苦労したかをまくしたてる。まずい。これは一方的にこっちが悪いぞ。別に人間ごときに義理はないんだけど、埋め合わせをしておかないと「魔王のくせに物忘れがひどいんだぜ」とか言われちゃうかもしれん……いや、待てよ?
「それでね、今日は大事な話が」
アレクは腹をくくって、勇者たちに向かって深く頭を垂れた。
「すまん。今度のことは完全にこちらの失態だ」
「お、おう。なんだ。やけに素直で気持ち悪いな」
「だったらこっちの話を……」
「そのお詫びとして、君たちを舞踏会にお招きしたい。美しい城、優美な音楽、そして食べきれないほどの料理。夢のような時間をお約束する」
アレクが情感をたっぷりこめて語ると、ソイルとミラージュは身を乗り出してきた。しかし美少女だけは、そんな二人を引き留めている。うーん、やっぱりコイツが一番賢いな。この流れ二回目だって気付いてやがるし。アレクは顔を上げ、彼女だけを見つめた。
「君とは会場でゆっくり話がしてみたいんだが」
「え」
この子だけには、アレクたちが直面している問題を話しておいてもいい。何かと役に立ってくれそうだ。
「面白い話ができそうだ、と前々から思っていたのだよ」
「分かったよ」
美少女がうなずく。アレクは愁眉を開いた。もっとごねるかと思っていたのに、意外とすんなり決まってよかった。
「アレク様、一体どーいうことになってるんですか?」
「あ、人間共でござる」
「そういえば呼んでたな……」
ちょうどいいところで、部下三人が出てきた。アレクは彼らに向かって、声をはり上げる。
「宴だ。大きな宴をやるぞ!」