新たな火種
(あ、やっぱりね。そういうことよね)
クラーラは冷や汗を流した。
(でも、突然人のスカートの中に頭つっこんでくるのがいけないのよ。まさか王様だとは思わないし)
クラーラは自己弁護に努める。しかし、だんだん不安になってきた。
(ああ、でもこれで変な展開になって、アレク様に迷惑がかかったらどうしよう)
クラーラがとりとめのない妄想をしていると、トルテュの瞼が痙攣した。そして彼が目を覚ます。
「陛下、ご無事ですか」
「うう……ひどい目にあった。あれはとんでもない女だ」
(げっ!)
クラーラは顔を手で覆い隠す。
「ほう、女と。今時の賊は、女も使うのですね」
アレクはすでに、クラーラが下手人だと気付いている様子だ。矛先をそらしにかかる。
「違う、私が知っている女だ!!」
(いやー!!)
半分狂っているくせに、わずかな間でよくクラーラだと判断できたものだ。アレクの顔も、ひきつっている。これ以上、主に負担をかけるわけにはいかなかった。
(申し出るしかないかなあ……)
クラーラは仕方なく進み出た。しかし、それより早くトルテュが口を開く。
「私の妻が! 事もあろうに! 助けを求めてすがった夫を蹴り飛ばしたのだ!!」
「……はい?」
トルテュがあまりにも大きな勘違いをしている。クラーラはその場で固まってしまった。自分に不利になるというのに、「いや違いますよ」と言ってしまいそうになったくらいだ。
だが、アレクはこの状況に全力で乗っかった。
「王妃さまが」
「全く信じられぬ。あんなに弱々しく振る舞っていたのに、全て嘘だったのか」
ここでアレクは顔をしかめ、いかにも心を痛めているという振りをした。
「実は先ほど、部下たちが賊を捕らえまして。黒幕を聞き出したところ……やはり」
「あの女であったか!!」
アレクは重々しくうなずいた。トルテュは耳まで真っ赤にして叫ぶ。
「許さぬ。絶対に許さぬ。二度とあの女が王宮に足を踏み入れぬよう、すぐに取りはからう」
トルテュは駆け足(ただし遅い)で、その場を去って行く。彼の丸みを帯びた後ろ姿が見えなくなると、全員がため息をついた。
「とりあえず良かった、と言っておくか」
アレクが口火を切ると、ニコラウスがその後を引き受けた。
「王の記憶が都合良く改竄されていたのは運が良かった。薬を届けてはいますが、やはり症状は進行しているようです」
レオンがうなずく。
「それもある。そしてあの王、とても奥手そうだ。決まった女性といったら、王妃が初めてだったのではないかな。だから、何でも彼女と結びつけてしまうきらいがある」
「……やけに重みがあるわね」
「昔の俺も、仕事ばかりであの王と似たようなもので……うう、あんな女だとは……」
「レオン殿、お薬でござるよー」
黒騎士のトラウマを掘り出しそうになってしまい、一同は慌てて話題を変える。
「と、とにかくみんな、ごめんね。蹴ったのが私だっていつ気付いたの?」
クラーラが聞くと、アレクがずばりと答えた。
「蹴ったかどうかは分からんが、お前がやったのは顔に書いてあった」
「……うう。以後気をつけます」
「とにかく、きっかけは横に置いておきましょう。これで、王と王妃の溝は決定的になったわけでござる」
ニコラウスが仕切り直す。そのつぶやきで、クラーラたちも仕事の頭に切り替わる。
「王はまだ実権を持っている」
「しかも、二人の叔父は確実に王の味方をするでしょう」
「となると、王妃様かなり不利かなあ。恋人は王弟だけどね」
「あの王妃のことだ。石にかじりついてでも王宮にはとどまるだろうが、かなり力はそがれるだろう」
アレクが嬉しそうに言う。クラーラもそれに乗った。
「いっそ本当に追放されちゃったら、楽なんですけどねえ」
レオンは笑った。しかしアレクとニコラウスは、すっと真面目な顔になる。
「いや、そうなったらもっとややこしいぞ」
クラーラは何故、と問うてみた。だが、アレクはむっつりと黙り込んだまま、腕を組んだ。
☆☆☆
「アレクサンダー様。悪い報告ともっと悪い報告があるんんですけど、どっちから聞きたいですか?」
庭園襲撃の翌日。アレクの枕元に来た屍鳥は、堂々とそうのたまった。
「そういうのは普通、良いのと悪いのとでやるんじゃ」
「今回は良いことがありません」
断言されてしまった。アレクは頭をかきながら、上体を起こす。
「……じゃあ、悪い方から」
「かしこまりました。リリアーヌ王妃が、昨晩遅くに手勢を連れて王宮を出ました」
アレクはため息をついた。兵をつれて王宮を出る、ということは、王との対立が決定的になったことを意味する。すぐに鎮圧されるかもしれないが、とにかく戦になることは間違いないだろう。厄介なのは、そのどさくさに紛れて触手を伸ばしそうな国があることだ。
「母上がまた怒りそうだな……もっと悪い方は?」
アレクの肩に、屍鳥が乗ってきた。彼はさっきより小さな声で、ささやく。
「王妃についていった男たちの中に、王弟も含まれていたそうです」
アレクが考え得る中で、最悪の事態だった。頭を抱えながら、うめく。
「これは国が割れるぞ」
ただ王妃が去っただけでなく王弟がついたとなると、双方に王家の血を引く男がいることになる。どちらにも『旗印』がいるのだ。
こうなると、家臣たちもどちらにつくのか、難しい選択を迫られる。正統な王には狂気が迫り、正気の弟には邪悪な王妃がついている。国のためにどんな選択をとるのか。それは個々で判断が分かれるだろう。
「二つに分かれた諸侯に加え、外国勢の参戦……大規模な戦になるぞ。頼むから、これが冗談だと言ってくれないか」
「妃は王弟の遠縁の男子・女子各一名ずつを、養子として迎え入れたそうですよ。普通王家は血が薄まるのでそんなことはしないんですが、長期戦を見越してですかね」
屍鳥は、しれっと厳しいことを言う。
「お前、主に冷たすぎやしないか」
「あなたのためを思ってのことです。はい、起床起床」
みんなが小姑のようになっていく。ぼやきながら、アレクは寝台から片足をつき出した。




