悪い予感は大体当たる
アレクは息を吐き出す。さっきまでの混乱が嘘のように、地上は静かになった。
ヴィントに命じて、地上まで降りる。そこへレオンが寄ってきた。
「予備兵を使うまでもありませんでしたな」
「ああ。呼び戻すか。……橋はもう落としてしまったのだったな」
「はい、工作兵たちが」
「そちらは建て直さねばならんな。うちの持ち出しになるが、仕方ない」
万が一にも、賊が渡って逃げ出さないように、あらかじめ背後にある橋を落としてあったのだ。結局その心配はいらなかったわけだが。
「アレク様、ニコラウス様から薬が届いておりますよ」
大きな包みを抱えた屍鳥がやってきた。アレクは中を改め、レオンに采配を任せる。
「うまくいったようですね」
「幸いな」
屍鳥をさがらせた。横で聞いていたレオンが笑みを浮かべ、他の兵士も続く。その場に和やかな雰囲気が漂った。
「くくく……」
しかし、一人だけ異質な笑い声をあげている者がいた。術師たちの首領である。
「なにがおかしい」
レオンが問いただす。すると、首領は身を翻して逃げ出した。
切られたロープが目に入る。隠し武器で切断したのだ。
「万華鏡」
しかし、アレクの放った呪文が、鏡となって首領の前に立ちはだかる。彼は見えない壁に顔面を強打してうずくまった。
「残念だったな。せっかく大物っぽかったのに」
アレクはわざと首領をからかう。すると、彼は歯をむき出しにして挑発してきた。
「言え。何をたくらんでいる」
レオンがつめ寄っても、男は低くうなるだけだった。それならこちらも、とっておきの弾を公開するとしよう。
「言いたくないのなら、こちらから当ててやろう。まだ刺客が残っているんだろう?」
アレクが言うと、首領の顔が真っ青になった。そして、口を大きく開ける。
「万華鏡」
素早く、アレクは首領に術をかける。首領は喉の奥をさらしたまま、動きを止めた。
「はいそのまま。せっかく捕まえたのに、舌でも噛まれたらたまらない。たまには麻痺してみるってのもいいだろう」
当然ながら、首領から返事はない。
「こちらは今回の作戦で、部隊を二つに分けた。一つ目の隊が敵と正面からぶつかっている間に、二つ目の隊が敵の急所を狙う。昔からよくある手だな」
アレクは優しく、首領に微笑みかける。
「……しかしよく使われる手を選ぶと、たまに悲しいことが起こる。お互い、使っている手がかぶってしまうというな。いるんだろう、お前たちにも。おそらくそっちが主力だ」
首領の瞳だけが、わずかに動く。
「どうして分かったかって? 確証はなかった。だが、負けたときのお前らがあまりにも諦めが良すぎた」
暗殺対象は一国の王である。失敗すればそれこそ、本気で『死んだ方がまし』と思うような処罰が待っていることもある。それを知らないほど世間知らずではあるまい。
「首領以外の奴は知っていたのか。自分たちはどこへ、何をしに行くのか」
レオンが騎士たちに捕縛された下っ端たちに聞く。すると、彼らは全員はじかれたように首を横に振り出した。
「俺らはただ、ここに集まってる商人から金を奪うとしか……」
「奴らはボロ儲けしてるから、いいうさ晴らしになるぞって……」
下っ端たちは口ごもりながら答える。やはり、と思いながらアレクは肩をすくめた。
「本当のことは、首領とその周りしか知らないだろう。金の大部分を握ってるのはそこだ」
今度は首領の顔から血の気が引いた。かわって周りの男たちが怒りの声を上げ、再び場が殺伐としてくる。
「今頃、別隊はすでに動いているか……」
レオンがつぶやいた。アレクはうなずく。
「ああ。そして、うちの狩人も」
アレクのつぶやきは、男たちのあげる怒号にかき消された。
☆☆☆
クラーラは木の上から、素早く庭園全体に目を走らせた。左から右、右から左。
時間としてはほんの数拍くらいだろう。その一瞬で違和感があったところを、さらに注視する。地面から人の背丈くらいまでの範囲を見ると、不審な男たちを見つけた。
全員、草木染めの布を細くねじったもので体を覆っている。これをつけて草地に伏せていると、ぱっと見では区別がつかないのだ。
(これは、本気ね)
手間のかかる衣装を作った上で、貴族たちの動きがよく見える地点を押さえている。彼らは間違いなく、王の命を取るつもりだ。ならばクラーラも手加減はできない。
現地の気温は高く、風はさらりとしているから湿気が低い。矢が大きくぶれるほどの横風はなし。好条件だった。
(上にずれるのだけは、気をつけないと)
男たちは地に伏せている。クラーラは慎重に狙いを定めた。
賊が作った魔方陣が光り始める。クラーラは息を吸った。それを三割ほどはき出したところで、矢を放つ。
男の一人がのけぞった。魔法の狙いが狂い、火球が卓に当たって燃え上がる。貴族と賊、双方から叫び声があがった。
クラーラはその騒ぎをよそに、素早く隣の木へ飛び移った。狙撃手は、決して自分の位置を相手に気取られてはならないのだ。
しっかりした枝に腰を落ち着け、構えをとる。目を閉じ、呼吸を止めて十数え、再び気持ちを凪の状態に戻す。
そこから再び、矢を放つ。今度は魔方陣の中央へ、火矢を贈ってやった。
矢の火で地面がなぶられ、文字の一部が消える。賊は不利を悟ると、速やかに去って行った。
(追っかける……のは、男どもに任せるとしますか)
取っ組み合いでは、自分は決して優れた存在ではない。そのことを自覚しているクラーラは、大人しく木から降りていった。
「い、今の爆発はなんだったの!?」
「おい、ここの警備はどうなってるんだ」
地上では、楽しむつもりでやってきた貴族たちがざわついている。しかし、彼らのことはどうでもいい。クラーラは人混みをかき分けて、王の姿を探した。
「きゃっ」
いきなり誰かに、足首をつかまれる。下を見ると、小柄な男がクラーラのスカートの中に潜り込もうとしていた。
「何すんのよっ!!」
クラーラは反射的に、男に蹴りをたたきこんだ。くらった男は、「おふっ」と小さな声をあげて転がっていく。
(どさくさに紛れてロクでもないことを)
小男が動かなくなったのを確認し、クラーラは王の捜索に戻る。しかし、人混みにいくら入っても、目当ては見つからない。
とうとう、アレクたちが戻ってきてしまった。あちらの首尾は上々で、賊の首領も捕獲済みだという。
「王はご無事か?」
ついにアレクに聞かれた。クラーラは露骨に目をそらす。
「……まだ見つからないんです。退出されたとは思えないんですが」
「本当にしっかり探したんだろうな?」
レオンが呆れた声で言う。クラーラは即座に反論した。
「すれ違った人の顔は全部見てるもんね。それでも……あ」
一人だけ、顔を確認していない男がいた。しかしその人が王だった場合、面倒なことになるのだが。
クラーラは不安にかられつつ、さっきの男と出会った場所まで戻った。男はまだ、同じ姿勢で地面に倒れている。
(……流石に死んではないわよね?)
クラーラが心の中でつぶやく。その間にアレクが男に歩み寄り、助け起こす。
「トルテュ王!」
男の顔を見るなり、アレクが声をあげた。




