男の矜持
緑と褐色の混じったローブを羽織った男たちはまとまって、エドメの後に続く。彼らは狼に乗って、滑るように狭い獣道を駆けた。
馬と違って、この狼はほとんど足音をたてずに動くことができる。高価だったが、それだけの価値はあった。しばらく走ったところで、エドメは部下たちに号令を出す。
「止まれ」
そこは当初の待機場所よりかなり手前の場所であった。部下からそれを指摘され、エドメは口を開く。
「ここで陣を張り、騎士たちに魔法をぶつける。隙ができたところで、突入だ」
騎兵は接近戦に強いが、遠く離れた敵には対応できない。ここからなら、一方的に攻撃を加えられる。
……はずだった。
突然、地面が盛り上がる。魔法陣が大きく崩れ、術師たちが怒号をあげた。
割れた地から、大きな蛇が顔を出す。茶色い外皮を持った蛇は、しゅうしゅうと不気味な音をたてた。
「くそっ」
「焦るな!」
エドメは敵を観察した。蛇たちには目がない。地中の生活が長く、視力を必要としなくなったためだろう。それなら、こちらの動きは見えていない。音さえわからなければ、相手の裏をかける。
そこでエドメたちの一部が、わざと大げさに騒いだ。その横を、陣なしでも発動できる魔法を唱えながら、術師が移動する。しかし、ちょうどいいところまで男たちが来た瞬間。見透かしたように、蛇たちが一斉に振り向く。
(くそっ、気づいてやがった!!)
エドメは毒づくが、もう遅い。
「ひっ、うわあああっ」
あっという間に、蛇の近くにいた術師数人が噛み倒される。それを見た寄せ集めの男たちが、明らかに混乱し始めた。
そこへ、上から雨のように矢が降ってくる。また何人かが倒れた。
「ど、どこから撃ってるんだ!!」
ついに悲鳴が上がる。顔をかばいながら、エドメは木陰に転がり込んだ。そしてようやく、敵の正体を目にする。
「……龍だ」
そのつぶやきと同時に、影が落ちてくる。もうすぐそこまで、龍の大口が迫っていた。何かしなければ、と思っても、知らない間に膝が震えてくる。
「どうだ、天空の王に会った気分は。一度しかない機会だ、その悪い頭にしっかり刻んでおくがいい」
男の声が降ってきた。龍の背中から、銀髪の青年が語りかけてきている。ただし親密さなど微塵もない。腕を組んだ彼はエドメたちを思い切りにらみつけていた。
(こいつも……王か)
エドメは反射的に思った。
☆☆☆
アレクが姿を現すと、下にいる術師たちに動揺が走った。龍と、その背中にいる弓兵に気圧されている。まずは成功だ。
賊たちの顔には、「なぜここに来るとわかった?」とはっきり書いてあった。
「お前らが来るとしたら、ここしかないと思ってたよ。わざとこの獣道だけ、弓兵と魔法兵を配置してないからな」
敵に罠をかけるのは戦の常道である。しかし、あからさまに兵を少なくすれば、こちらの意図を見抜かれてしまう。そこで考えたのが、兵の数は減らさず、兵種を絞る方法だった。
これなら、術師は進軍してくる。遠距離から攻撃して騎士をつぶそうとしたところを捕まえれば、流れはアレクたちに傾くのだ。
「さあ、吐いてもらおうか。いったいどこの誰に頼まれた?」
アレクがすごむ。男たちが脅えを隠すように腕を組んだ。
「ああ、自分たちだけで決起したなんてバカないいわけはするなよ。その狼の相場は知ってる。兵隊くずれがまとめ買いできるような種族じゃない」
アレクは首領らしき髭面の男を見た。彼が唾をのむ。一瞬の沈黙の後、彼はアレクに向かって火球を投げつけてきた。
「よかろう。では存分に叩きのめした後、吐かせてやる!」
魔術で火球を防ぐと、アレクは怒鳴った。さらに、緑色の炎をあちこちに向かって飛ばす。
すぐにレオン率いる騎士たちが、馬に乗って押し寄せてきた。丘の陰に隠れていた彼らは、攻撃開始の合図を見て駆けつけたのだ。
術師は魔法を発動するまで時間がかかる。その途中で騎士たちに突進されれば、ひとたまりもなかった。
活躍する騎士たちの中で、一際目立っていたのはレオンであった。かつて大陸一と言われた長剣の腕で、次々に賊を切り捨てていく。
(見事なものだな)
普段は気づかないが、他の者と比較してみるとその差がわかる。アレクが感心していると、レオンの横手から男が飛び出してきた。
「おい、レオン・ヘルムート」
レオンに向かって、その男は気安く声をかける。
「馬から降りて、俺と勝負しろ」
よく見ると、その男だけ腰に剣を帯びている。その上、周りの連中より体格がいい。彼も元は騎士だったのだろう。
この申し出に、レオンの方は全く動じなかった。レオンは馬に乗ったまま、男の方を向く。彼にしてみたら、「なんで敵の言うことを聞いてやらなきゃならん」というところだろう。
しかし賊の方は、ひるまずさらに言葉を投げつけた。
「ふん、やっぱり『寝取られ野郎』は卑怯者か」
レオンの肩が震えた。アレクは龍から飛び降りてやろうと思ったが、かろうじてこらえる。
「国にいられなくなってたな。他のところに取り立てられたからっていい気になりやがって。小国のバカ息子に召し抱えられたくらいじゃ、なんの自慢にもなりゃしねえぞ」
男はレオンの心をえぐっているつもりだろう。しかしこの発言は、彼自身の弱点を浮かび上がらせるだけだ。彼は小国にすら任官されていない、ただの流れ。やっかみからきた発言であることは明白だった。
アレクはこれでかえって心の余裕が出てきたのだが、レオンは正反対の反応を示した。全身から殺気をみなぎらせ、静かに愛馬から降りる。そして部下たちに、「手出し無用だ」とだけ告げた。
「お、来るか」
「……勝負の前に、貴様に言っておくことがある」
剣を構えながら、レオンが口を開いた。
「女に捨てられ、国から笑い混じりに暇を出されても、俺は騎士だ。己の心の有り様として、そう生き続けると誓ったのだ」
「強がりを」
「それともう一つ。冥土の土産に覚えておけ。騎士にとって最も許し難いのは、忠誠を誓った主君を侮辱されることだ」
男がレオンに気圧され、言葉を失う。
「……うるさいうるさいうるさい、貴様が騎士を名乗るな、俺より惨めな立場のくせに!!」
顔に冷や汗を浮かべながら、男がわめき始めた。それを冷ややかに見ながら、レオンはとどめを放つ。
「お前の方がよっぽど耳障りだ。とっととかかってこい、流れの野良犬風情が」
男は動物のような奇声をあげ、剣を振りかぶった。レオンは落ち着いた様子のまま、左足を踏み出す。
強烈な下からの打ち払いが、男の剣を直撃した。ひとたまりもなく、男がよろめく。彼の剣先が、明後日の方向を向いた。
レオンはその隙を見逃さない。振り切った剣を素早く左方向へ戻し、男の首筋を切り裂いた。血が飛び散り、男の目が真っ白になる。その場にいる全員が凍り付く中、男が地面に倒れ込んだ。
「……投降しないものは、同じ目にあってもらうぞ。お前らの依頼主が命を捨てるに値するか、よく考えてみろ」
まだ血がついている剣をかざしながら、レオンがすごむ。効果は絶大だった。術師たちは一人また一人と杖を捨て、地面にはいつくばった。
2019年もよろしくお願いいたします。