一矢報いる
「陛下っ」
「ただ眠っておられるだけです。お命に別状はありません」
アレクは淡々と言ったが、重臣たちはすぐに王の傷に目をつけた。彼らの声が厳しくなる。
「陛下の傷はどういう経緯で?」
「絶対にお守りするという言葉は嘘だったのですかな」
「これはこの場だけでおさまりませんぞ」
重臣たちは息巻いて、アレクを取り囲む。しかし、彼らの威勢の良さもそこまでだった。
「そんなことを言われましてもね。賊の侵入を許したならともかく、国王ご本人があの様子ですから」
殺気をこめてアレクがにらみつけると、重臣たちはそろって口ごもった。彼らについての調べはすでについている。着ている鎧は立派だが、実戦に出たことはほとんどない。思った通り、生で殺気をぶつけられると途端に弱くなった。
「こちらのことばかりおっしゃるが、そちらにも一つ重大な手落ちがありますね」
「な、なんのことだ」
「うちの者が陛下のクセや習慣についてお伺いした時、何もないとおっしゃいましたね」
「それがどうした!?」
「この絵に見覚えは? 絵の表面に毒が仕込んでありました。それにより陛下が精神を病まれたので、やむなく捕縛させてもらったのです」
重臣たちの顔から、血の気が引いた。
「いつも眺めてらっしゃると教えてくだされば、こちらも対策を考えましたのにねえ。妃には、あなたたちの行状も報告させていただきましょう」
アレクが姿絵をちらつかせると、二人の顔色がみるみる変わった。
「い、言えるわけが……」
「バカ者、黙れっ」
取り乱す重臣たちを、アレクは絶対零度の視線で射ぬく。
「まあ、できれば隠しておきたいでしょうね。国王たるものが、ヒマを見つけては絵をなめ回すなんていう姿は」
自分の部下にも同じ事をしている奴がいるのだ。が、アレクはおくびにも出さず、厳しく問い詰めた。
「しかし、必要な報告を怠ったことには変わりない。王妃が知ったらどうなさるかな」
「我らはオーリク伯とも親交があるっ。いかな女狐とて、正面切って追求することなどできぬわ」
重臣たちは、ついに仮面をかなぐり捨てた。確かにこの面子、国王の叔父にかわいがられている。しかし、そんなことは気休めにもならない。アレクは声をたてて笑った。
「なにがおかしい」
「あなた方の考えの甘さですよ。あの王妃さまが、王族直系でもない相手にそんなぬるい対応をすると思いますか?」
重臣たちは、アレクの顔をまじまじと見つめた。
「こっちがあんたらの部下のおかげで毒の仕組みに気付いた。それだけで、次の日には辻斬りが出るでしょうね。部下共々、あの世行きです」
アレクは自分の首に、手を横にしてあててみせる。
「そうしてうやむやにしたところで、全ては貴方が仕組んだことだったという筋書きにされる。そして、王はもはや回復しないと宣誓する」
ここまで言ってやると、鈍い重臣たちにも察しがつくだろう。
「その次は言わなくても分かりますね。王がこんな状態では政治など出来ない、という結論になり、王妃主導で退位が進められる」
一時的に王妃が王権を持つが、あの王妃は正面切って政治をするより、影に潜む方を好むだろう。そうなると、後釜に座るのは誰か。最も有力なのは、王弟ファビアンである。つまり現王の退位が決定してしまえば、叔父たちの権力など塵同然となるのだ。
「……ど、どうしろというのだ。すでに陛下はこんな状態であるぞ」
ようやくことの重大さを悟った重臣たちが、歯をかちかちいわせながらアレクに問うてきた。
さて、本番はこれからだ。内心を悟られないよう、わざとそっけなくアレクは話を続ける。
「放っておけば、王妃の勝利はあきらかでしょう。しかし、うちには調合に優れた錬金術師がおります」
アレクがニコラウスを指さす。満面の笑みを浮かべて、彼が礼をした。
「完全にとはいかずとも、ある程度まで陛下を回復させることはできるでしょう」
「そ、それは真か。ありがたい」
重臣たちの顔に、生気が戻ってきた。アレクはさらにたたみかける。
「どうです。あなた方の主とも、一度この件でお話をしておきたいのですが」
☆☆☆
リリアーヌは、本当は客になど会いたくはなかった。しかし、王の叔父二人が是非にと言い張っているのだ。前回彼らをコケにしてしまった手前、すっぽかすわけにはいかない。
(まあ、こんな我慢をしなければいけないのもあとわずかよ)
嫌いで仕方ない男たちを招かねばならない己を、リリアーヌは心の中で励ました。
毒は多めに仕込んだ。あの間抜けな王はすでに錯乱状態になっているに違いない。
(……今日は遠征の報告会も兼ねている。そこで狂った王の姿を見れば、言い逃れもできなくなるわ)
二人の叔父の顔が、ちらっとリリアーヌの脳裏をかすめる。ジュネ伯はどうしようもなく肥えて、肉が垂れ下がった豚のような顔だ。だが、オーリク伯はあごひげが印象的な、なかなかいい男だった。
(何かに使えるかもしれないし、オーリク伯は生かしておいてやってもいいわ)
始めはこちらを激しく嫌っているだろうが、そういう相手を落とすのも楽しいのだ。めくるめくやり取りに胸をときめかせながら、リリアーヌは会談が行われる広間に足を踏み入れた。
広間にはすでに、叔父たちが来ていた。しかし、肝心の夫と隣国の王がいない。
(あの男、遅れてくるとは良い度胸だわ)
舌打ちをしたくなるのをこらえて、リリアーヌは椅子に腰掛けた。すると、正面にいる叔父たちがにやついている。
(おかしいわね。急な呼び出しなのだから、笑う余裕があるはずがないのだけど)
リリアーヌの心の中で、かすかな疑惑が生まれる。自分に続いて入ってきたファビアンに、そっとささやきかけた。
「用心しておいて。予想外のことが起こるかもしれないわ」
「どうして。もう計画は成功したも同然じゃないか」
どれだけおめでたいの、と言ってやりたい。しかし、リリアーヌはその言葉を飲み込んだ。
「なんとなく、ね」
「ははは。君はいつも変わったことを言い出すね。いつもの『予感』というやつかい」
器の小さい男ほど、女があれこれ理詰めで話すのを嫌がる。それを身に染みて知っているリリアーヌは、あえて女の勘に見せかけて助言をしていた。
「そうよ。あなたが守ってくださるんだから、本気で心配しているわけじゃないけれど」
リリアーヌはまた嘘をついた。今の叔父たちの顔を見るにつれて、胸の中の澱が倍々にふくれあがっていく。それをすぐに察することのできないファビアンに、どうしようもなく腹が立った。
(夫に比べれば遥かにましなんだけど……抜きんでた能力はないのよね、この男)
リリアーヌが心の中で断じていることも知らず、ファビアンは呑気にニコニコしている。
前を見てみろ、と直球で言ってやろうか。リリアーヌがそう考え始めた時、大扉からどっと客が入ってきた。
その中心にいるのは、二人の王。
まず隣国の王、アレクサンダー。そしてバティール国王、トルテュである。リリアーヌは自分の夫に目をやった。その途端、思わず両手で口を覆う。
(なんなの、あの『いつもと同じ顔』は)
夫は誰から見ても異常な状態になっていなければならない。しかし、彼は口を半開きにしているものの、平然と歩いている。
どうなっているのか。その疑問を内心に押し込めたまま、リリアーヌは夫に駆け寄った。




