ヴィラン連合<4>
マラソン大会のスタート地点には、大勢の人が集まっていた。
普段は車が行き交う道路に、人がごった返している。
オレとヒーロー研究部の面々は、マラソン大会を見学に来た観客の中に紛れ込んでいた。
「すごい人ー」
「一応、都内最大規模のマラソン大会らしいですからね!」
「この状況でヴィランに襲われたら、ひとたまりもないね」
辺りを見回すと、警備をする鴻野の姿があった。
やはりあいつも来ているか。
その腰には、以前も身につけていた刀が差してある。
おそらくあれが、アゲハの言っていた対ランス兵器だろう。
「ひっ」
桃もあの男を見つけたらしく、小さな悲鳴をあげる。
そそくさと、オレの後ろに隠れた。
「……お前、ボスを盾にする気か?」
「だいじょうぶです! ボスならきっと無傷ですから!」
現金な奴だ。
そんなことを思っていると、突然リアが、オレと桃をぐいと引き離した。
「二人ともくっつきすぎ」
「なんでお前にそんなこといちいち口出しされなきゃならねえんだ」
リアが、むうと頬を膨らませる。
「もういい! 知らない!」
リアがそっぽを向いた。
「あ、日隠さん! あんまり離れると迷子になっちゃうよ!」
慌てて、新がリアについていく。
その様子を見て、桃が意地の悪い笑みを浮かべた。
「さすがはボス。女子に人気なのも困りものですね」
「馬鹿言うな。オレが手を出すと犯罪になる」
「うわー、悪の組織のボスとは思えないお言葉。そういう良識がおありなら、フォローしてあげた方がいいんじゃないですか?」
なんでオレが奴隷のメンタル管理までしなくちゃならないんだ。
オレはちらとリアを見た。
こちらに背中を向けて、肩をいからせている。
オレは舌打ちした。
リアの襟首を掴み、強引にこちらへ引っ張る。
「ぐえっ‼」
「側にいろ」
言葉短にそう言うと、リアは頬を赤く染めながらこくりと頷いた。
まったく。チョロ過ぎて話にならないな。
「えへへへ」
リアは笑いながら、オレの腕に抱きついてきた。
オレは満面の笑みを浮かべるリアの頬に掌を当て、ぐいと押しのけた。
「むごっ!」
「べたべた触るな。暑苦しい」
そんなことをしていると、マラソンのスタート地点に米原が姿を現した。
『えー、みなさま。大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、〇〇区市民マラソンを開催いたします。本日MCをさせていただく、ヨコナカテレビの報道アナウンサー、米原みゆきでございます。みなさま、どうかよろしくお願いいたします』
米原は流暢に前口上を述べ始めた。
「細谷さん。結局、シャドウから連絡はきたんですか?」
「ヒーロー研究部のアカウントでDMを送ったが、返事はなかった。だがまあ、おそらく確認はしたはずだ。奴のSNSでそれらしい呟きがあったしな」
リアに命じて、市民マラソンに行くようなことを匂わせる発言をさせておいた。
スカルラビットも、それは確認しているはずだ。
「……ねぇ。何かおかしくない?」
ふいに、新が耳打ちするように言った。
ほぅ。人間にしては勘が良いな。
「おかしいって何が?」
鈍感なリアは、ランスだというのに何も気づいていないらしい。
「いや……実はさっき、近くにいた男の人のスマホを覗いちゃったんだけど……たぶんあの人、『電撃男爵』だよ。ほら、SNSフォロワー2万2000人のヴィラン」
「私も見つけましたよ~。フォロワー5万6000人の『ラッキーボーイ』。証拠写真もばっちりです!」
そう言って、桃はスマホで撮った写真をオレ達に見せつけた。
「お前な……。見つかったら殺されるぞ」
「抜かりはありません。そうなった時は……、走って逃げます!」
リアが「おおー」と謎の歓声をあげながら拍手し、新は苦笑いしている。
悪の組織を名乗りはしても、結局SNSで幅を利かせている奴らの集まりか。
まあ、烏合の衆であるのなら、それはそれでこっちとしてはやりやすい。
「ちょっと人ごみが増えてきたな」
オレはリアをちらと見た。
この言葉を合図に、リアは人ごみに紛れて迷子になるという算段だ。
しかし彼女はきょとんとし、首を傾げるだけで一向に動こうとしない。
……もしかして忘れているんじゃないだろうな。
仕方ない。オレはリアの足を引っかけた。
「ふぎゃっ!」
リアは盛大に地面に倒れ、すぐに人ごみに紛れてしまう。
「あ、日隠さんが!」
新が気付いた時、既にリアの姿は見えなくなっていた。
「みんなー‼」
「リアさーん‼」
まるで今生の別れのように、リアと桃が叫んだ。
なんでこう、こいつらは茶番が好きなんだ?
オレは小さく咳払いした。
「このままだとオレ達もはぐれそうだ。新と桃は人ごみを抜けたところで待っていてくれ。オレは少しリアを探してみる」
オレは集合場所を決めると、二人と別れた。
「リア。聞こえるな?」
耳に入れた小型インカムで、オレはリアと連絡をとった。
『細谷君⁉ 早く迎えに来てよ~。心細いよぉ~』
「……お前、本当に目的を忘れてるんじゃないだろうな」
『目的? ……あ! だ、だいじょうぶ! ちゃんと覚えてるから‼』
あ! ってなんだよ。
完全に忘れてやがったな。
「とにかく、お前は計画通り米原みゆきの近くにいろ。鴻野義之には気をつけろよ」
『合点!』
また不安になるような返事を……。
しかしヒーローはリアなのだ。どれだけお膳立てしても、最終的にはリアに任せるしかない。
まあ、だからこそこんなに苦労しているわけだが。
オレは通信を切り、アゲハの鱗粉を元に作った盗聴器を起動させた。
あらかじめ登録しておいた声紋に反応するという優れものだ。
さて。
オレはオレで動かせてもらうか。
◇◇◇
『この度はスターターという栄誉にあずかり、大変光栄に思います』
米原が演説しているのを、人のいない離れた道路から、男は見つめていた。
「今日は、カメラは持ってないのか? スカルラビット」
男が、ゆっくりと後ろを振り向く。
オレは両腕を組み、街路樹にもたれかかっていた。
「カメラを使った強力な電磁波光線の射出。それがお前の能力だろ?」
コードO。現象発生の能力は、強力な代わりに媒体となる武器が必要となることが多い。
今回は、放送用ビデオカメラを媒体にしたというわけだ。
「……観客の中に犯人が紛れ込み、何らかの能力で殺したというのが警察の見解だったはずですけどね」
「電磁波の媒体となるようなものを持っていた観客がいたなら、局の入り口にある金属探知機で引っかかってるさ」
「カメラマンは僕一人じゃありませんよ」
「派手好きなスカルラビットが、肝心の殺害シーンをお茶の間に放送しなかったのは、テレビを観てる子供達に配慮したからじゃない。それができなかったからだ。つまりあの時、テレビに映し出されていたカメラを回していた人間が犯人だってことだ」
そしてその人物が誰なのかは、米原に会った時に渡された事件概要に記されていた。
「ただの放送事故ですよ」
「警察はそれで通すつもりだな。お前の憧れる悪の組織様が、米原殺害をお前に託したようだ」
男は目を丸くし、オレを見つめた。
「あなた何者です? シャドウですか?」
「通りすがりの学生だよ」
「……では学生さん。あなたは今の世の中をどう思っているんですか?」
オレは黙った。
「ランス保護法によって、ランスによる暴力事件や殺人は報道規制が掛けられています。全てじゃない。本当に凶悪なものだけがね。だから多くの人間共は、ランスを見下し、馬鹿にしている。偉そうなことを言っても、大したことはしていないじゃないかとね。テレビやネットの情報が全てだと思っている。SNSが管理されているものだとは欠片も思わない。彼らは、信じたいものしか信じないのです」
スカルラビットの言っていることは本当だった。
本来なら規制されるはずのシャドウのアカウントが生きているのは、裏側を熟知しているオレが巧妙な抜け道を作っているからだ。
「憧れの悪の組織? 冗談じゃありませんよ。こんな中途半端な形で投げ出した彼らには、怒りしか感じません。彼らがまだ存続していたというのなら、なおさらです。米原みゆきが与しようとしているのは、ランスを一人残らず駆逐しようという過激派です。米原みゆきの知名度を利用して、世論をひっくり返すつもりなんですよ。それに気付かない彼女も彼女だが、そうなるのを未然に防がなかった組織も組織だ」
「……お前はただの撒き餌だぞ。人間がランスを駆逐するための。ランスが人間に恐怖を与えるためのな」
「構いませんよ。それこそ私が望むべきもの。第二次ランス闘争です。今度はヒーロー一人の死で終わるような腑抜けた結末にはさせない。人間が滅ぶか、ランスが滅ぶか。そういう戦いです」
オレは鼻で笑った。
「なるほど。お前もヒーローに恐怖を覚えている口か」
「恐怖など。ただ、厄介な戦争防止装置は早めに破壊するに限るというだけです」
スカルラビットは、にこりと笑ってこちらに手を向けた。
「ですから、あなたは排除させていただきます」
「オレがシャドウだと? また馬鹿な推測をしたものだな。ま、当たらずも遠からずってところだが」
さて。
挑発は成功したし、さっさとリアを呼んでこいつを……。
ぞくりとした。
思わず寒気がした方向に目をやる。
鴻野義之!
スカルラビットも、自分が犯人だと知られている可能性を考慮し、こんな離れた場所にいたのだ。
こいつはそれすらも嗅ぎ取っていたのか?
何かが収束するような、奇妙な高音がスカルラビットの方から聞こえてきた。
しまった。鴻野に気を取られ過ぎた。
男の顔が見る間にウサギの骸骨へと様変わりし、前腕に装着していたレーザー砲を発射した。
オレの目の前に光が迸る。
シュバアアア‼
オレに向けて発射されたレーザーがねじ曲がり、オレを掠めて向かいの建物に穴を空けた。
スカルラビットが愕然としている。
さすがに、ランス闘争にそれだけの思い入れがある奴なら知っているようだ。
風でたなびく黒のロングコートに、おぞましいドクロのマスク。
ランス闘争によって伝説となった、不滅の魔王の姿を。
しかし、今そんなことはどうでもいい。
注意しなければならないのはスカルラビットなどではない。
こちらに、異様なまでの殺気を浴びせる鴻野義之だ。
「やっぱりな。なんとなく、臭い気はしてたんだ」
ゆっくりと、鴻野は近づいて来る。
瞳孔が開き切り、残忍な笑みを浮かべ、鴻野は自分の腰にある刀をゆっくりと抜いた。
「お前の目的は知らねえしどうでもいい。十五年待ち続けたんだ。今日は存分に付き合ってもらうぜ。……不滅の魔王‼」
……悪いなリア。
今回ばかりは、サポートに回れそうにない。