表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/33

7

 放課後になったばかりの教室には、まだ殆どの生徒が残っていた。俺は俺で、隣のクラスのカズの終礼が終わるのを待っている。早苗から「帰りに牛乳買ってきて」というラインがきていた。


「磯田ぁ、掃除当番代われよ」

「ええ、でも」


 いつものやりとりが聞こえる。

 5人分の掃除なんて、30分以上はかかってしまうだろう。磯田も、やりたくなければ適当に返事をしておいてやらなければいいのだ。たまには反抗するところ見せてやれ……なんて勝手なことを思ってしまうが、それが不可能であることはよく知っている。


(今の俺なら……奴らに勝てる)


 勝てる力がなかったから助けなかったのと、勝てる力があったけど助けなかったことに何か違いはあるのだろうか。同じ罪だが、後者の方がずっと重い気がしてしまった。


「っ……掃除くらい、自分たちでやれよ」

「錆!?」


 二つ後ろの席に座っていた登が声を上げる。俺は立ち上がり、磯田の近くに寄った。磯田は張りついた笑みで俺の方を見た。


「高三にもなって幼稚なことすんじゃねえよ。掃除くらい自分でやれ」

「勘違いすんなよ、出しゃばりが。そいつが快く承諾してくれるから頼んでんじゃねえか」

「……」


 振り返り、磯田の方を見ると彼はへにゃりと笑ったが、その目は「まずい、やめてくれ」と訴えていた。


「あの……侘美くん、俺、掃除するからいいよ……あはは」


 あはは、じゃない。でも……もしかすると、俺の勝手な行動が、彼を後で傷つけたりするのだろうか。そんな一抹の不安より、今、このもやもやをどうにかしたいという気持ちが勝ってしまった。


「お坊ちゃまが、調子乗ってんじゃねえぞ」

「うっせえな。ごちゃごちゃ言ってねえで早く来いよ。たぬき」


 売り言葉に買い言葉。そいつが狸のような目をしていたから、思わず口に出してしまった。もちろん、怒った彼が襲いかかってくる。様子見してるな、と思った俺はその攻撃を避け、横に来た肩を押した。彼はよろめいて、近くの机にぶつかった。


「てめえ……!!」


 次こそ本気で殴りかかってくるのを察して、俺は腕で顔を守った。そして。


「っ!!!!」


 殴られた腕から肩、そして全身に痛みが走った。受身を取らなかったから余計に辛い。しかし、この痛みこそ、これから彼を苦しめるものと化すのだ。痛みを感じたら、それをそのまま相手に渡すだけ。目には目を歯には歯を、『痛みには痛みを』。なんて単純な力だろう。


「あああああっ!!!!」


 突然、殴られてもいないのに痛みに襲われ、狸がパニクっている。取り巻きが俺を押さえようと一斉に飛びかかってきた。


「錆!」


 登が1人を引きはがし、床に投げつける。しかし、投げつけられた彼はすぐに起き上がると登に蹴りかかった。助けようとしたが、両腕を捉えられ反応できなかった。


「登、大丈夫か!!」

「った……」


 どうやら腰を蹴られたらしい。登もまた、喧嘩慣れしていないため、どうしていいか分からないらしかった。……俺が出しゃばったせいで、登を巻き込んだ。いや、まだ勝てる秘策が残っているはず。考えろ、俺。ただやられるだけなんて、むかつくだろ。


 タイミング良く、右腕を押さえる手に力が入り、爪を立てられた。ぴり……とした痛みが走ったが、これくらいでも驚かせられるかもしれない。不意に、右腕の拘束が外れた。


「……!?」


 驚いたように、右腕を擦っている。俺は左腕を掴む手を振り払い、登に駆け寄った。そして、隣に並んだとき、軽く登の腕に触れた。


「!!」


 腰に痛みが走った。登の痛みが俺に移ったのか?

 登は「あれ?」と呟き、腰をぐりっと曲げた。どうやら痛みが消えた様子だ。


 考えている余裕などなかった。

 俺は4人のいる位置をぱっと確認すると目を閉じ、感じた痛みを分散できるよう神経を集中させた。なぜ突然こんな器用なことができるようになったのかはよく分からないが、最近初めてこの能力を使い始めた、という感覚では無かった。むしろ、昔から馴染みのある能力であるような気がした。そのため、扱いにはひどく慣れていて……。


 いつの間にか、受けた痛みは全て消え、代わりに4つの体が無傷にもかかわらず床に転がっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一体何が起こっているのか。俺の中でここ数日を振り返ってみた。

 まず、7月16日。考査最終日にヤンキーがショートカットの女の子に強制集金を行っている現場に遭遇。逃げる前に顔面を殴られ、初めて「痛み渡し」――分かりやすいよう俺が勝手に付けた名前だが――が発動した。

 次にカズの尾行をした7月21日。あのときは、自分を助けようとした青年がピンチになった時、力が発動した。ようやく自分が「痛み渡し」の能力を持っていることに気づく。


 そして今日……たった二回の実践を経て、俺の力は安定を見せた。自由自在に痛みを操れるようだった。


(一体何が起こってるんだ……)


 いや、考えるだけ無駄だ。そういう力が幸運なことに、俺に宿ったのだ。

 みんな18歳になると不思議な力が宿り、子どもの知らない場所で異能力バトルを繰り広げているのかも知れない……そんなことも考えずにはいられなかったが、先に18歳になった同級生に冗談交じりに聞いてみると「はあ、馬鹿じゃねえの?」みたいな視線を返され悲しくなった。


 己や触れた人の痛みを、周囲の人間に渡す力――。

 漫画やアニメで見る異能力と比べると、なんて燃費が悪いんだろうと頭を抱えてしまうレベルだが。

 それでも、この力が他の誰でもない俺に宿ったのには、何か理由があるはずだと思った。


 そんなことを考えながら、カズと並んで歩いて行く。

 カズは数ヶ月後に公開されるアニメ映画の話を熱心にしていた。その映画は俺も観たかったのだが、なんとなく今は自分自身が映画や漫画の中にいるような心地がしていて、折角の情報も頭に入ってこなかった。


「……錆、大丈夫?」

「あ、ああ」


 カズが心配そうに言い、顔を上げる。ちょうどコンビニの角を曲がったところだった。錆びた鳥居が見えたとき、奥から何者かが全速力で走ってくるのが見えた。


「ああああああああああああああ!!!!」


 何か叫んでいる。最初、髪が長かったから女かと思った。しかし、声の低さや体つきからすぐに男だったと認識を改める。

 彼は赤いジャージを翻しながら鬼気迫る顔つきで、猛スピードでこちらに向かってきている。そして、やけくそに叫んだ。


「牛乳ううううううう!!!! 頼まれてたのに買い忘れてた、やべええええええええ!!!!」


 大袈裟なくらい感情を表にして、走る!

 真っ赤になった顔とすれ違った時、長い髪が視界に残った。赤髪だ。大学生……だろうか?


(牛乳……あ、俺も頼まれてたんだった……)


 彼のおかげで自分自身も牛乳を買い忘れていたことに気づいた。ラインが来てから教室の揉め事があって、すっかり抜け落ちていたのだ。

 俺はカズに別れを告げ、先ほど通り過ぎたコンビニに向かった。




 そして、俺は今夜も駅前を1人で歩いて行く。


 多分、調子に乗っていたんだと思う。自分には何も出来なかったと気づかされた高校時代。下手に努力をしてしまったから――努力だけでは足りないと気づいてしまったから――「天才」というものに憧れていた。

 そして俺は、努力しなくても喧嘩に強くなってしまった。つまり「喧嘩の天才」である。


 きっと世の中には、強くなるために武道を習ったり筋肉を鍛えたりと、努力を重ねている人が五万といるだろう。しかし俺は、一切そんな努力をすることなく、勝てるようになってしまった。

 こんなことがあっていいのだろうか。いや、良くない。ここまでとはいかなくても、きっと俺はこういう「天才」に負け続けてきたのだった。なんだか虚しくなって、調子に乗っているというよりむしろ、自棄になっていたのかもしれない。


 こつんと、人混みの中で肩がぶつかった。

 気にせず進もうとすると、腕を強く引かれる。


「おい、てめえ。一言謝ることもできねえのかよ」

「お前は謝る必要ないのか?」


 にこりと笑いかけると、思い切り地面に叩きつけられたが、その痛みを全て向こうが受けるのは既知の事実で。軽く土を払って、再び当てもなく歩いて行く。


 そのときだった。

 赤い血に染まる刃物を持った青年が、ネオンに染まった道に躍り出てきたのは。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ