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10meas.招かざる客

「これは、大分招かれざる客らしいな」


 タージュと名乗る青年が楽しげに背後で笑う。

 錆に痛み渡しの力が残っていると知った俺とアイさんはお通夜のような空気で、突然現れた三人の前を歩いた。足を進める先に道はなく、青紫色の霧が立ちこめている中を真っ直ぐ歩いていく。

 やがて、よく知った玄関の扉が霧の中に浮かび上がっているのを見つけた。


「……ただいま」


 俺が俯きがちに家の中に入ると、モニカが心配そうな顔つきでリビングから顔を覗かせた。珍しくテレビがついている。少しでも平常通りを装いたかったのだろうが逆効果だ。


「おかえり。その人たちがお客さん?」

「ああ。俺たちと話したいって」

「いらっしゃい」


 背後の凸凹三人組を見て、モニカは軽く会釈をした。三人はそれよりももっと深く丁寧にお辞儀をする。特に、巨体の男は二人に少し遅れて頭を上げた。

 モニカはぎょっとして「そんなにかしこまらないでよ」と声を上げる。三人は苦笑した。ついでに、タージュに一言目からタメ口をきかれていた俺とアイさんも苦笑する。


「外暑かったでしょ。詳しいことは後で聞くから、まずは手洗いうがいをちゃんとして、足も洗ってきて」


 いつもアイさんが言っていることを、今日はモニカが代わりに言う。それくらい、アイさんも疲弊しているように見えるのだった。

 洗面台へ三人が消えた後、モニカがアイさんに耳打ちした。


「……もしかして、痛み渡しが発動しました?」

「知ってたの?」


 靴を脱ぎながら上目遣いにアイさんが尋ね返すと、モニカは首を横に振った。


「前に救急車呼んだ時倒れてた子に大きな怪我がなかったから、少し気になってたの」

「パンジーは?」


 アイさんの後ろから俺が尋ねると、モニカは首を横に振り彼女の部屋に視線をやった。


「帰ってから部屋に閉じこもったっきり。また後で話すけど、音蟲が現れたっていうのは本当だったよ」


 心のどこかで、もしかすると音蟲じゃないかもしれない、と期待していた自分が崩れていく。きっと、皆も同じだろう。音蟲の復活は、ヒュロスが本格的に蘇ったことを暗に示す。


 部屋は冷房がきいていて、少し寒いくらいだった。

 いつものテーブルでは椅子が足りないため、テレビの前のソファに三人を座らせた。エプロンをつけたアイさんが紅茶と茶菓子を盆に乗せて持ってきて配り、端にちょこんと正座する。今まであんまり気にしたことがなかったけど、本当におかんみたいだよなこの人。

 パンジーはそっとしておいた方がいいというモニカの助言で、俺たちも三人で話を聞くことになった。


「まずは、うちのアイボリーとアーマスを助けてくれてありがとう。俺がモーニング・グローリー。モニカって呼んで。それで君たちは?」

「俺はタージュといいます。こっちの眼鏡をかけてるのがフネルで、こっちの大きいのがロッシャです」

「よろしくお願いします」

「……」


 紹介されたフネルは中性的な声で挨拶をし、ロッシャは無言で、しかし深く頭を下げた。

 

「次期魔王第四候補のモニカ様にお願いしたいことがあって参りました」


 タージュはこの三人の中のリーダー的存在らしかった。背は低いが筋肉質で、存在感がある。そう……ラセットやモニカのような選ばれし者が持つ存在感だった。それにモニカも気づいているのだろう。タージュと話す彼もまた緊張した面持ちだった。


「……お願い?」

「はい。俺たちはモニカ様が王になろうとしていると聞き、応援したいと思い参りました。その美しく輝く黄金の髪、宝石のような瞳、魔術も巧みであると聞いています。あなたこそ、次期魔王に相応しい」

「そんなに褒められると照れちゃうな」


 そう茶化しながらも、モニカは相変わらず緊張を解かない。


「それで?」

「それで……俺たちも、協力したくて。今、王国には中心がおらず、魔族以外の魔物も好き放題にやっています。食屍鬼は陣を広げ、海ではセイレーンが滅びの歌を歌います」

「うん、それはよく分かってるよ。それで、俺に何をしてほしいの?」

「早く王になってもらって、この世界を鎮めてもらいたいのです。そのための協力なら俺……」

 

 タージュが熱く続けかけた瞬間、パンジーの部屋のドアがカランカランと鳴った。ドアを開けた瞬間、鳴る仕掛けになっていたらしい。


「えっ」


 パンジーの素っ頓狂な声に、モニカは楽しそうに笑った。どうやら、気配を完全に消して出てくるつもりだったようだが、モニカが予め細工していたようだ。おいおい、ほっといてやれって言ったのは誰だよ。

 彼を睨む彼女の顔は泣いたのか少し赤くなっている。しかし、客に気がつくと、今度は羞恥で顔を紅に染めた。


「えあっ……お、お客さん……」

「パンジーもこっちにおいで。ココア飲む?」

「あっ……はい……」


 アイさんが立ち上がり台所にのんびり歩いていく。パンジーは俺の隣にちょこんと座り、大人しくココアを待った。

 

「パンジー、錆は無事だって」


 モニカが言うと、思い詰めたような顔でまた目に涙を溜め、それを懸命に引っ込めようと静かに深呼吸をした。

 こうなるのも仕方がないだろう。彼女の故郷はヒュロスの音蟲によって滅ぼされ、その後一緒にいてくれた恋人までも殺された。音蟲はトラウマを蘇らせる引き金のようなものだ。


「……良かったです。そちらの方々は?」

「ああ、アイさんとアーマスがお世話になったみたい。錆を助けるのに協力してくれたんだって。タージュと、フネルと、ロッシャ……だったよね」


 パンジーは荒れた髪を軽く撫でつけ、姿勢を正した。


「パンジーといいます。色々、ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げると、三人もつられてぺこり、と頭を下げる。顔を上げたタージュはまじまじとパンジーの顔を見つめた。そして赤くなった。


「で、タージュは何を言おうとしたんだ」

「あ、えっ、えと……」


 俺が察して冷たい視線を送ると、それに気づいた彼は、こほん、と咳払いをした。


「H☆PMに入れてもらおうと思って。民が困っているような状況で、じっとしている訳にはいきません」

「……そっか。ちなみにH☆PMが何かは知ってるんだよね」

「第六代魔王ラセットが作られた、音蟲対策に特化した部隊……だと聞いています」


 モニカは腕を組んで、しばらく考え込んだ。

 その間にアイさんが戻ってきて、パンジーに、マグカップいっぱいに入ったココアを渡す。甘い匂いが部屋を包み込んだ。

 非常に飲みにくい空気だが、パンジーは周りを軽く見渡した後、こくりと大きく飲んだ。緩やかに、固まった空気が流れ始めた。


「H☆PMは、もう王国に何の関係もないよ。俺はこの場では『次期魔王』としてじゃなく『H☆PMのメンバー』として動いてる。友人として、生まれ変わったラセットを守ってるだけだ。正直、ラセットとも面識がなかったお前達をここに巻き込むのは気が引ける」


 モニカがそう言った瞬間、「えっ」とタージュが声を漏らした。


「どういうことですか。モニカ様が錆を守ろうとしているのは、ヒュロスと共に戦おうとしているからではないのですか」

「ん……? 俺たちは、錆が平凡平和に人間生活を送って、大往生遂げてもらうためだけに集まってる。ヒュロスと戦わせるなんて以ての外だ」

「何で……折角前魔王が生きてるのに、利用しないんですか」

「利用って。他人の命をなんだと思ってるの。悪いけど、錆を利用するつもりなら帰ってもらうし、次は剣を交えることになるかもしれない」

「そんな……」


 タージュが肩を落とすと、隣に座って黙って話を聞いていたフネルが立ち上がった。


「帰りましょう、タージュ。こんなお遊び集団だとは思いませんでした。たった一人の犠牲で王国が救われるというのに、この人たちは、狂っています」

「フネル。そんな言い方はやめろ」

「アイさん、すみません。コーヒー淹れてもらっていいですか」

 

 モニカが顔を俯かせたまま言った。声が震えている。


「敬語……?」


 タージュが怪訝そうな顔をする。

 アイさんは黙って台所へ去っていく。


「……あなた方に、私たちを責める権利があるんですか」


 ずっと黙っていたパンジーが口を開いた。


「何?」

「ラセットが苦しんでいた時、民は口ばかりで何もしてくれなかった。共に戦う力はあったのに、誰も動いてくれなかった。それが、今になって一緒に戦いたい? だからラセットを再び最前線で戦わせろ? ラセットがいないと何も出来ないんですか」

「パンジー」


 モニカが優しい声で彼女の荒ぶる言葉を止めた。そして、今度は彼が口を開いた。


「……ぶっちゃけ、一人がいないと駄目になる世界なら、さっさと滅んじゃった方がいいと思ってるんだよね」


 そして、台所にいるアイさんの背中をちらりと見て、再びタージュに目線を合わせる。


「正直、お前ら自分勝手な民のために俺や誰かの命を捧げるつもりなんて欠片ほどもないよ」

「じゃあ……万が一王国が滅んでも構わないと?」

「構わない。誰かが死んで救われる世界なら、みんな死ねばいいと思う。俺のやり方が気に入らないなら、どうぞお好きなように国でもなんでも作ってくれ。俺に王の器なんてないから、そっちの方が有難い」


 アイさんがコーヒーを片手に戻ってくる。

 モニカはそのマグカップを受け取ると目を細めた。


 諦めたようにタージュが立ち上がった。


「無責任ですね」

「どうとでも言ってくれ。俺は善人じゃない」


 そのとき、モニカの携帯がけたたましく鳴り響いた。時計の針は午前一時を過ぎたところだった。


「ゲートさんからだ」


 モニカの声が焦りを帯びる。


「……もしもし、ゲートさん? どうしたんですか……え?」


 電話の向こうからひどく混乱している様子が伝わってきた。立ち上がったタージュも含め、俺たちはモニカを見守った。


「……はい、はい、……分かりました。今度は全員で、そっちに向かいます」


 全員で、という言葉に、俺たちの空気ががらりと変わる。俺も、久々にスイッチが入ったような感じがした。

 モニカが電話を切ったときには、既に俺もパンジーも出かける用意を始めていた。アイさんなんかもう準備完了してる。

 モニカは、立ち尽くしている三人に声をかけた。


「ごめんね。もっとゆっくりしていって欲しかったんだけど」


 準備を済ませた俺たちがリビングに再び集まると、クラリネットのケースを抱えたモニカが言った。


「オリオンに倍以上の音蟲が集まってるんだってさ。とにかく来てくれって」

「もちろん」


 フネルが首を傾げた。


「H☆PMはラセットのためだけに集まっているんでしょう」

「何言ってるの。ひねくれすぎじゃない?」


 モニカの言葉に俺は続けた。


「ここに四人の奏者がいる。今はそれだけだ」

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