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7meas.再来(前編)

 ネットとはなんと便利なものか。「素麺 茹で方」と検索すると、一瞬で検索結果が50万件以上ヒットする。

 俺、アーマス・ガーネットは慣れない台所に立ち、タブレット端末と睨み合っていた。


「えー……麺100gに1Lのお湯をぉ……」

「テキトーでいいんじゃない?」


 隣に立っていたモニカがフライパンに火をつける。

 そして、止める間もなく、素麺をパサァッと放り込んだ。


 料理がからっきしの俺でも分かる。

 これは、麺が燃えるやつだ。


「ウワアアアアモニカおまっ、何やってんだあああっ!!」


 台所は阿鼻叫喚の地獄絵図。

 なぜ俺達がこんなことになっているのかというと……。


「うわ……想像以上にやばいね、これ。帰りになんか買ってきてもらう?」

「ばか! あんたがじっとしてれば、こんなことにはならなかったんだよ!!」


 今日は、我が家の料理長アイボリーと一番弟子のパンジーが見守り番だから、俺とモニカが夕飯を作らなければならないのだ。

 ありとあらゆる魔術が使えるモニカも、台所に立たせたら猫の手より役に立たない。頼むからじっとしててくれ、と思う。


 そんな俺も……料理はちょっと苦手だ。いや、別に全然できないってほどじゃあないんだけど、他のことが「かなりできる」もんだから、相対的に料理が「ちょっと苦手」に下がってしまうのだ。

 例えるなら、他はオール5なのに家庭科だけ4みたいな感じ?

 そう、おれはそこまで料理が下手な訳では無いのだ。


 そう、今のは完全に、どう考えても、モニカが悪い。


 ……ええい、もうフライパンでいいや!

 一旦火を止めて、20つの素麺の束をぶち込む(こんだけ細かったら5束ずつくらい食えるだろ)。


「待って、20Lも水入んないじゃん!!」

「油引いとけばいいんじゃない?」

「フライパン王子はちょっと黙ってて」


 どうしよ……と、とりあえずギリギリまで水入れて……

 えっ、えっ!?

 なんか膨らんできたんだけど!??


 各々の麺が膨張を始め、みるみる間にお湯が減っていく。

 フライパンの中で白く細い何かが蠢き、ドロドロと吹き出す様は、まさにSFホラー映画だ。


(アイさん、早く帰ってきてー!!)


 恐怖心に耐えきれず目を塞いだ瞬間、玄関が開いて、のんびりとした声が聞こえてきた。


「ただいまぁ〜」

「今日も平和平穏なすばらしい一日でしたぁ」


 二人が帰ってきたのだ。

 疲れきった足音が廊下からこちらに近づいてくる。


「どうー? 夕飯だいじょ……」


 言いながらアイボリーがリビングに入ってきて、台所に目をやり……動きを止めた。

 ダメだ、目が死んでる。目にハイライトが入ってない。


 素麺しか茹でていないのに台所はなぜかぐちゃぐちゃで、大量の素麺がフライパンに溢れかえっている。

 まさに事故現場だ。


「……うぶじゃなさそうだな……」

「アッ……アーマスったらヤキソバとまちがえたのかな!?」


 後から入ってきたパンジーがよく分からないフォローを入れるが、お前も目が泳いでいるぞ。

 くそう……他のことでは絶対に負けないのに……屈辱。


 ことの成り行きを慌てて説明すると、アイさん、いや、アイ様はため息をつきながら素麺を笊に移し、モニカを睨んだ。


「モニカ……素麺は鍋」

「いやあー、ちょっとしたアレンジを、ね?」


 モニカが人差し指をくるくる回し、目を逸らしながら笑った。

 ……笑い声が震えてるんだけど。


 アイ様は次に、俺にも呆れた目を向けた。


「アーマスも。一体何束入れたらこうなるんだよ。ほんと、天才はやることが極端っつーか」

「いやあ、それほどでもぉ……」

「褒めてない! 普段から手伝っていれば、こんなことにならないの!」


 アイボリーがエプロンをかけながら台所に立つと、安心感が台所を包む。


 優しい藍色の、少し可愛いエプロンだ。左ポケットに書かれているのは「I」のイニシャル。

 俺達3人が、アイさんの誕生日にプレゼントしたものである。

 最初こそ「こうやって家事押し付けるつもりだろー」と愚痴っていたが、毎日使っているところを見るとかなり気に入ってくれているらしい。


 今回も、ぶつぶつ言いながらも彼が全ていい感じにしてくれて、見事あの状態から美味しいご飯にありつくことができた。

 飽きるだろうということで、トマトとキュウリ、ツナを和えた素麺と、味噌ラーメン風つゆも作ってくれた。それをたったの数分でやっちゃうんだから、すごいよなあ。


「はあ〜、今日もアイさんのおかげで生きていける」

「ほんと、美味しいですアイさん!」

「こってり系とさっぱり系で無限ループ!」


 3人でわいわい褒め称えると、呆れ顔だったアイさんの表情も柔らかくなっていく。

 あれほど大量にあった素麺も、数分後には空になっていた。




「ふぅ……。そういえば、錆が、カズから塾の話聞いてたんだけど」


 水を飲み干してから、思い出したようにアイボリーが言った。

 それに対して、パンジーが頷くのを見た俺とモニカは、ぱあっと顔を明るくした。


「とうとう行く気になったのか! 理由はやっぱ成績?」


 あいつ、超がつくほど馬鹿だからな!

 あと半年ちょっとの間に、センター試験の点数をあと250点も上げなければならない事実にようやく気づいたんだろう。

 と、安心したのは束の間のこと。どうやらそんな理由ではないらしい。アイボリーとパンジーは首を傾げるが、受験目的以外に、塾に行く理由ある?


「何だよ、その反応は」

「うーん……唐突すぎて、錆の意図が読めなかったの」

「はあ……? まあ、よく分かんないけど、これで塾に通うようになってくれたら、アイさんの負担が減るなあ」


 そんなことを話しながら、みんなで皿を片付けていると、モニカの携帯が鳴った。


「ん? あれ……ゲートさんからだ」

「どうしたんでしょう」


 「ゲートさん」は魔族の世界とこちらの世界を繋ぐ《扉》の門番だ。

 この世界にも《扉》がたくさん作られているが、ゲートさんが一人で管理している。彼はモニカと幼い頃から縁があり、今でもモニカの強い味方の一人だった。


 ……彼に無理を言って、神社の奥の古井戸に、魔族の世界とこちらの世界を繋ぐ《扉》をこっそり作らせてもらっているのは俺達だけの秘密だ。


 電話を取ったモニカの声が低くなった。


「え……っ何、音蟲?」


 「音蟲」という単語を聞いて、俺たちは動きを止めた。

 パンジーの手から皿が滑り、大きな音を立てて二つに割れる。彼女は咄嗟に床に手を伸ばした。


「パンジー、触らないで」


 アイボリーが小さな声で言い、破片を拾おうとしたパンジーを止める。そして、足音を立てずに廊下から箒と箕を持ってきて、静かに床を掃いた。

 モニカはその様子を気にしながらも、電話を続ける。


「えっと……今からオリオン? ああ、誰も酒飲んでないから大丈夫だよ。え、ヴィオラだけでいい?」

「うぇっ!?」

「下手でもいいから連れて来いって……うちのパンジーをなんだと思ってるの? ああ……いや、吐血癖は治ってないけどさ、腕は確かだよ。へーきへーき、パンジーはやればできる子だって」


 突然名指しされ、パンジーがさらに動揺している。

 とりあえず左手に持ったコップを置いてくれ。


「……えっ、3人? ヴィオラそんなに足りてないの!? 曲は? ああ、『フィンランディア』か。懐かしいね。うん、うん……ああ、大丈夫だと思うよ。はーい、楽器持っていかせまーす!」


 まずい。パンジーの顔色がキュウリみたいになっちゃったんだけど。

 俺は棚から胃薬を取り出して、そっとパンジーに握らせた。


「落ち着け。言っとくけどあの曲、ヴィオラは空気だからな」

「し、失礼なぁっ!」


 人前に出るのが苦手なパンジーを励ましたつもりが、怒られてしまった。

 パンジーは素早く部屋から楽器と楽譜を取ってきて、髪を括り、キャップ帽を深く被った。


「準備は出来た?」


 携帯を閉じ、モニカが尋ねる。


「……話は聞いたね」

「ヒュロスが……蘇ったと考えていいですか」

「いや、決めつけるには早いよ。ヒュロスが完全に蘇ってるなら、助っ人呼んでる場合じゃないでしょ」


 さっとパーカーを羽織るモニカに、アイボリーが声をかける。


「一応俺達も行った方がいい?」

「いや、オリオンには大きいオケがあるから十分撃退できると思う。錆に何が起こるか分からないから、アイさんとアーマスはここに……」


 と、言っている最中に、今度はアイボリーの携帯が鳴った。

 玄関で靴を履いていたパンジーが振り返る。


「……ハレルさん?」


 電話を取ったアイボリーの声が少し緊張している。


「え……、錆が? わ、分かりました。とりあえず、今すぐそっちに行きます」


 ……どうやら、こっちも緊急事態らしい。


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