5meas.緊急事態(後編)
ノバの、かつての自分と重なるような目に、居た堪れなくなる。
アイボリーとノバが睨み合ってる間に、魔族が持つ力のタイプについて軽く説明しちゃおう。
「痛み渡し」を持つラセットや、気配を消すことができるパンジーは「特力系」と呼ばれる。
彼らは体質に魔力を全振りしているため、魔術はお世辞にも上手いとは言えないが、とにかく1つのことに特化しているため重宝される。時々じゃじゃ馬な力を持ってる奴もいるけど……。
俺やモニカは術を通して魔力を好きに使えるタイプだ。
特力系の対として「術系」と呼ばれることもある。多くが器用貧乏だが、鍛え方次第で幅広い術がしっかり使えるようになる。
モニカなんて赤ん坊の頃から英才教育を受けてるからな。多分、ありとあらゆる魔術を使いこなせるんだと思う。
こんな風に、特力系にも術系にも一長一短がある。まあ、ほとんどの魔族が自分の持って生まれた力と上手く付き合いながら生きていくのだが。
……問題は「魔力を持っているはずなのに使えない」魔族だ。時々、こういう不器用な奴がいる。アイボリーである。
彼らは《能力無》と呼ばれている。
精密検査をすると一応体内に魔力があることは分かるらしいが、それが外に出てこないのだという。 正直、魔力が使えないのは、魔族の世界ではかなり不利になる。
あ、もしかして今、「そんなこと言って。突然チートみたいな力が目覚めるんじゃないの」って思った?
残念だけど、アイさんくらいの歳になるとその望みは薄いだろうな。アイさんも、とっくの昔に魔力に関しては諦めてるよ。
だから正直、アイさんがノバに勝てるとは思ってなかったんだ……。
……とでも、言うと思ったか!!
常に、欺くはまず味方から。
あれ、別に味方じゃないって? 冷たいこと言うなよ。
アイボリーとノバの睨み合いは長く続いた。ノバが焦っている。それもそのはず。吸い取れる魔力がないんだからな。
ついに業を煮やしたノバは、パンジーから奪い取ったのであろうナイフをもってアイボリーに切りかかった。ああ、その角度からの攻撃はやめておいた方が……遅かったか。
アイボリーは向かってきたノバを肩身でかわし、その腕を横から掴んだ。そして後ろに容赦なく捻りあげる!
カラン、と音を立て地面に落ちたナイフは、次に見た時には消えていた。
どうやら向こうも無事らしいな。
ノバの苦痛の声。
普段の、菩薩のようなアイさんなら手加減してもらえただろうが、モニカの悪口を言っちまったからなあ……。なむなむ。とりあえず心の中で手を合わせておく。
しかし、そろそろ止めなければ。魔族の世界にも、一応裁判みたいなのはあるからな。
もちろん、こっちも法に触れない範囲で動いているから、下手なことをしない限りは大丈夫だ。
「アイさーん、俺的には、そのままボキッといってもらいたいところではあるけど、その辺にしとこう。ヒュロス方じゃないなら、後が面倒だよ。あとモニカ、見てるなら相方を止めてくれ! パンジーは早く助けろ」
「チッ、もう少し激おこのアイさんを、心のシャッターに納めておきたかったのにな」
ブツブツ言いながらモニカが現れ、アイボリーの肩を叩く。
アイボリーは口をぎゅっと引き絞ったまま、ノバを解放した。
背後からぬっと現れたパンジーが、愛用のナイフでぱぱっと拘束を解いてくれる。
「パンジー、怪我してんじゃん」
「ああ、モニカさんが治癒魔術使ってくれたから大丈夫だよ」
パンジーが、にこやかに、擦ったらしい腕を見せてくる。
背中に結構深々とした切り傷が残ってるんだけど、そっちは大丈夫なのか?
「今回は、私もアーマスもダメダメだったね」
「……お前が調子悪かったのは、ただの睡眠不足だし。俺は、普段目立たない年上に花を持たせてやったんだよ」
「はは、それもそうだ」
俺達が急に揃ったもんだから、ノバも勝ち目がないと思ったんだろう。解放された瞬間、ふっと姿を消した。俺達も追うことはしない。
こんな風に、魔族全体は今、あんまり統率が取れてなくてちょっとややこしい状況なんだ。
この話はまた、今度するよ。
「錆は」
「……間に合わなかった。とりあえず救急車呼んで、ハレルさんに託してきたよ」
パンジーは不安そうに答えた。
錆の怪我だけを心配している訳ではなさそうだ。
それにしても、予想外の出来事が起こったものだ。
まさか、再びラセットとヒュロスを戦わせようとする連中が出てくるなんてな。
ラセットの力がまだ残ってるというなら、有り得ない方法ではないが……。
「もう、揃いも揃って暗い顔しないでよ。ほら、アイさん。そんなにムキにならないの!」
モニカが高い声で茶化すと、鬱陶しそうにアイボリーが背を向ける。その背中にモニカは飛びつく。
「ほら、笑顔笑顔! にぱーっ」
「うるせ……」
この件に関しては二人の問題だ。
俺はパンジーに目配せをして、モニカに任せることにした。
嫌な予感が、絶えずしていた。
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錆は無事という知らせをハレルからもらい、俺達は一旦アジトに集まった。
少し広いマンションの一室を借りている。リビングと、4人それぞれに部屋がある。ルームシェアを想像してくれたらいいだろう。
アイボリーは、キッチンで夕飯の準備をしながら、いつものように鼻歌を歌っていた。アイさんはどんな時でも歌うから、機嫌が良くなったと早合点してはいけない。触らぬ神に祟りなしってやつだな。
俺とパンジーはモニカに促されてテーブルに座り、彼の言葉を待っていた。
「アイさんとパンジーには、少し話したんだけど」
「俺だけ仲間はずれぇ!?」
「そうならないように今話してるんだろ」
モニカが苦笑する。
まあ飲めよ、と珍しくハーブティーを勧められて、一体どんな心を掻き乱されるようなことを告げられるのだろうと考えた。
しかし、先に聞いたらしいパンジーはのんびりコーヒーを飲んでいるから、大した話でもないのかもしれない。苦手なブラックでいっているところを見ると、眠くて眠くて堪らないのだろう。ブラック飲みながら船漕ぐって相当だよな。
「もー、一体何なんだよ」
「まあ、結論から言うと、3つ目の王の宝の在処がわかった」
「え?」
かなり……大した話だった。この18年、モニカはこの宝を独り、探し続けていたのだ。
そして、この話はこの戦いがほぼ終わったことを示す。
魔王の宝を集めれば、それだけ魔力が強くなり、魔王に近くなる。
モニカが2つ宝を持てば、1つしか持っていないヒュロスは圧倒的不利に陥るという訳だ。
「マジかよ……! や……やったじゃん!」
唐突な勝利宣言を受け、俺の声は少し震えていた。
モニカは一瞬だけほっとした笑みを浮かべたが、すぐに真面目な顔になった。
「……それがなあ……」
どうやら喜ぶには早すぎたらしい。
モニカの困り顔を見て、俺は、そう簡単にはいかぬことを悟った。
モニカは続けた。
「悪魔の里にあるのはわかったんだけど」
悪魔の里は、魔族の世界にある土地の名前である……否、土地の名前というより、そこに住んでいるものがよくわからない上、地形もはっきりしないから、そう呼ばれているだけだ。
「厄介なところに落ちてたな……そりゃあ探しても見つからねえわけだ」
「黒鳳蝶が1匹、なんとか入り込めたんだ。結構奥深くにあったよ」
黒鳳蝶を操る術はかなり難易度が高い。
俺も彼らに御遣いを頼むくらいならできるが、遠くにいる彼らを操りその視界を共有するなんて、考えただけで気が狂いそうだ。
「大変だっただろ」
「一ヶ月、飲まず食わずで寝てたんだ。通算56834匹目で奥まで辿り着けたよ」
「うえ……想像しただけで吐きそう」
最近見てないと思ったら、そんな鬼畜ゲーをしてたのか。
まあ、モニカのことだから死ぬほどの無茶はしないと分かっている。
悔しいけど、こいつは本当に頭がいい。だから、自分の命のために無茶をしないのではない。残される者のことを思って、無茶をしないのだ。
「で、56833匹の黒鳳蝶が潜入できなかった場所にどうやって入るんだよ」
あの場所に1人で乗り込むには、さすがのモニカでも危険すぎる。あんな、見ただけでゾッとするような化け物に一斉に襲われたら、まず正気を失うだろうな。
「……」
「なんだよ」
「パンジーに協力してもらおうと思って」
パンジーが自分の名前を呼ばれたことに気づき、パチリと目を開く。
そして、半目でにこりと笑い、頷いた。おいおい、今寝てただろ。
「超頼りねえんですけど」
呟くと、パンジーがにこにこしながら腕を抓ってくる。
痛い! 痛い痛い痛い!!!!
まあ、パンジーを助っ人に選んだのは正しい選択だ。
彼女は、自分と、触れているものの存在感を完全に消すことができる。
彼女が本気を出せば、誰も永遠にそれを見つけられないだろう。
たった一人、今頃病院で治療を受けているだろう錆……ラセットを除いて。
なぜかこの時、もしも2人がこのままいなくなったら、と考えてしまった。
不吉な考えを振り払うように頭をぶんぶん振る。
「場所が場所だけに嫌な感じだな。全員で行く……のは、足でまといか」
「あれ。気にするところ、そっちなの」
「は? 他に何を気にするんだよ」
尋ねると、モニカが困ったような表情になり「錆が大変な時なのに悪いね」と零した。
瞬間、うとうとしていたパンジーの目がカッと開く。そして俺も。
驚かせちまって申し訳ない。でもこれだけは俺達、聞き捨てならねえんだ。
モニカの顔に二人分の唾がかかるくらいの勢いで、同時にまくしたてる。
「はーあ!? あんたが、邪魔だからついてくるなって言うから任せてるだけで、いつだって心の準備はできてるっっっての!!」
「モニカさんを見殺しにして錆を守ったところで本末転倒です!! 私たちの中の、誰一人欠けることなくヒュロスを倒すんですからね!!」
俺たちの勢いに、モニカは呆気にとられている。
アイボリーがキッチンから戻ってきて、モニカの横に座った。
少し笑みを浮かべてるところを見ると、彼も俺達と同意見のようだった。
「ほら、俺が言った通りでしょ?」
「まったく……。敵わないな、お前らには」
モニカは昨夜から帰ってきていたらしい。俺とパンジーがいない間に、二人でも話したのだろう。そこでどんな話をしていたのか、俺達に知る術はない。
モニカは眩しそうに目を細め、俺とパンジーを見た。
「二人ともありがとう。まあ、パンジーを連れていくのは今日の奴らとの決着がついてからだね。俺もしばらくはこっちにいるよ」
「一気に心強くなりました」
パンジーが胸を撫で下ろし、早速うとうとし始める。睡眠不足に相まって、魔力もとことん吸い取られているから、体力の限界だ。
危ないと思って、コーヒーの残るマグカップをパンジーから少し遠ざけた。その後すぐに、パンジーがテーブルの上で寝落ちたのは言うまでもない。
「こりゃ相当だな。おーい、風邪引くぞ」
パンジーの肩を叩いたが、反応はない。
アイボリーがパンジーを背負って、部屋に連れて行った。
「パンジーの寝顔、久しぶりに見たよ」
「ここんところ、気、張ってたからな……」
俺も安心したら……眠く……。
パンジーが飲み残したコーヒーを一気に飲み干したが、それでもひどい眠気が襲ってくる。
「アーマスもおぶってあげようか?」
「いらねーよ。でも……ふぁああ、ちょっと寝る」
「おやすみー」
モニカが手をひらひらさせてくる。
まったく、もういつもの調子に戻っていやがる。さっきのも、まさか俺たちをからかってたわけじゃないだろうな?
(ああ……でももう、何でもいいや……)
自室に戻り、ベッドにうつ伏せになると、一気に強い眠気が襲ってきたのだった。