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3meas.緊急事態(前編)

7月16日 12時30分


 錆のなかなか進まない受験勉強に業を煮やした俺たちは、そのサポートにも労力をまわすことを少し前から考えていた。錆より年上のアイボリーが作戦の中心になるが、その準備が想像以上に忙しく、しばらく護衛の仕事から外れていた。

 今までは3人で交代しながら休んでいたわけだが、今はパンジーと俺の2人で護衛に当たっているため休みも取りづらい。今日も今日とて、1時間睡眠でなんとか持ちこたえている。


 そこまでして大学に行かせたいか、と言われるかもしれない。色々、道はある。しかし、ヴァイオリンをやめて何事にも関心を示さなくなった錆をこのまま放っておくのは危険だろう。


「ふぁ~あ……」


 隣でパンジーが大きな欠伸をし、カフェインがたくさん入ったエナジードリンクの缶を開ける。さすがにクッキーと紅茶を作ってくる暇はなかったらしい。いつもは丁寧に作ってきている弁当もなく、今日はコンビニで昼を済ませていた。


 午前の担当がようやく終わり、パンジーにバトンパス。

 ようやく休めると思った矢先のことだった。


「アーマス! 緊急事態、緊急事態!!」


 レジャーシートの上で気持ちの良い微睡みに身を預けていると、パンジーが突然肩を揺すってきた。


「な……何」

「島の結界が破られたみたい。私、様子を見てくるね」

「はあっ!?」


 俺は慌てて飛び起き、手を空に翳した。……確かに、嫌な魔力が強くなっている。

 様子を見に行くのは、確かにパンジーが適任だ。気づかれずに人を追うのはパンジーの得意分野だからだ。……ほら、気づいたらまた、いなくなってるし。


 結界の中に入れる魔族は、基本俺たちだけだ。錆を守るなんて目的がない限り、魔族がこんなところに用はないからな。しかし時々、どこから情報を仕入れたのか、錆を狙う連中が結界を破ってくることがある。


 俺はアイボリーに電話を入れ、応援を頼んだ。

 ……本当は、アイボリーは戦闘に向いたタイプではなく、こういう時はモニカの方が頼りになったりする。しかしモニカをこっちに引きずり込むのは気が引けた。彼は錆と同じ貧乏くじを引く者で、現在進行形でその立場に苦しんでいる。


 ほんの数秒、モニカの連絡先を見つめ、何もせず携帯を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 錆をアーマスに託し、私は結界が破られた気配を感じた方へ走った。

 アパートの屋上から一戸建ての屋根の上に飛び降り、そのままアスファルトの地面に降り立つ。誰かに見られたら大変だから、人気のない道を選んだ。

 西端の神社の奥の森には誰も入りたがらないが、ここをずっと行くと岩が剥き出しになった海岸に辿り着く。もちろんここにも、人はいない。……いない、はずだった。


 しかし、そこには緑色の髪をしたショートカットの女の子が立っていた。錆の通っている学校の制服を着ていたが、怪しい人間であることに間違いはない。彼女は破れた結界から真っ直ぐこの岩場に降り立ったのだ。

 彼女からは隠しきれないくらい強い魔力が感じられた。ただの人間でないのは間違いないだろう。


 気配を限界まで消して、彼女に近づく。……よし、気づかれていない。

 同い年くらいの少女に見えたが、胸元のバッジが一年生のものだから私の方が一年年上か。彼女はきょろきょろと辺りを見回して誰もいないことを確認すると、神社の方へ歩き始めた。


 歩くペースは大分速い。少し急いでいるようにも見えた。

 太陽は真上にあり、木漏れ日が足下を照らす。


 神社の境内の隅で少女は立ち止まった。そこに新たな人影が見えてどきりとする。

 仲間がいるとなれば、また面倒なことになる……。


 さらに彼女に近づいたが、もちろん悟られることはない。

 彼女を待っていたのは、予想外の人物だった。


(上坂登……!?)


 錆の友人だ。今は錆の2つ後ろの席に座っている。

 どうして彼がここにいる?


「待ちくたびれたぜ、アオ」

「そっちこそ、報告が遅すぎます」


 「アオ」と呼ばれた少女は短い髪をさらっと撫で、上坂登の前を歩き始めた。


「じゃあ私は今から、ラセット・ヴォルフに接近すればいいんですね?」

「いや、それはまだ早い。今日は不良に襲われてるところを助けてもらうだけでいいんだ」

「不良に襲われる?」

「一時的にこっちが悪役を操らせてもらってる」


 ……人を操る?

 「生まれも育ちもエリートで、天才」と自負しているアーマスでさえ嫌がる面倒な魔術だ。もちろん、性格的に躊躇う部分も大きいのだろうが、それにしても高度な技術を伴う魔術である。


「奴の力もそろそろ目覚める頃だ。どれくらいの力が残っているのかまずはお手並み拝見といこう」

「分かりました」


 神社を出ると、もう錆の通学路だ。

 私は頭の中で一生懸命次にとるべき行動を考えた。


 下手なことをして、もし本当に錆の力が健在だとばれてしまったら、長男が蘇ったときに言い訳ができなくなる。錆と彼らを接触させてはいけない。……何がなんでも。


 最初の一発は絶対に決まる。しかし、次が決まる保証はない。一発で……どちらかを仕留めなければ。


 私は特力系の魔族で、気配を消すことに特化してしまったため、その他の魔術は人より苦手だ。基礎魔術しか使えないし、攻撃技も少ない。

 そのため、物理戦の方が得意だったりする。


 私は携帯を開き、アーマスに「錆が危険」とだけ送った。これで大体伝わるはずだ。勘のいい彼のことだからアイボリーのこともしっかり呼んでいるだろう。もたもたしている暇はない。

 私は懐から携帯用ナイフを取り出し、右手で柄の上半分を握りしめた。ちょうど、柄の下半分が小指の方から出ている状態だ。


 背後に忍び寄り、その柄の下部分で上坂登の頭を思い切りぶん殴る!

 奇襲もいいところである。


「うっ!」


 間髪入れずその背中に蹴りを入れ、少女の左脇に肘打ちを食らわせた。

 邪道だと言われるかもしれない。でも私は、錆を守るためならばこの手を汚してもいい。


 少女を捕らえ、ナイフの刃をその白い首筋に当てた。


「……動かないで」


 後頭部を抑えながら上坂登は立ち上がった。


「予想以上にじゃじゃ馬だったな」

「うちの王様に何か御用ですか」

「王様には王様の椅子がお似合いだと思ってね」


 ……彼の言葉に違和感を覚える。

 違う。彼らは、私達が一番恐れるヒュロス・キリアの手先じゃない。彼は王位に就くために錆を狙っているからだ。


「貴方達がヒュロスの手下じゃないことは分かった。でも、錆に害を為すなら、ここで私が止めなければいけない」

「害を為す? 前魔王様をこんな狭い世界に閉じ込めて、可哀相だとは思わないのか? また王になって、富も名誉もついてくる生活の方が楽しいだろう」

「魔王の力を取り戻したら、今度こそヒュロスに殺されるよ」

「……単刀直入に言う。悪いけど、ラセット様にはもう一度、ヒュロスと殺し合ってもらいたい。それしか、あいつを倒す方法はない」


 私は腕の中でもがくアオを、さらに強い力で封じた。


「……錆に死ねと?」

「可哀相だけど、あいつは周りを不幸にしかしない。それはお前達が一番良く知っているはずだけど」

「動かないで!」


 じりじりと近づいてくる彼に、怒鳴りつける。


「殺してみなよ。できるなら」


 上坂登は冷たい声で笑った。

 腕の中ではアオが小さく震えている。このナイフで首筋をひと撫ですれば、魔族も不死身ではない、ただでは済まないだろう。

 一瞬の躊躇いが命取りだった。


「っ!?」

「残念だったねえ!」


 アオが高い声で嘲笑う。

 地面から木の根がミシミシと音を立てて生えてきて、両足首に絡みついた。

 ゆらゆらと揺らされ、バランスを保てず、後ろに尻餅をつく。根をナイフで切ろうとすると、アオの手が伸びてきて、今度はこちらを掴もうとしてきた。

 それでも、簡単にやられる訳にはいかない。腰に巻き付けたカバンから火薬を取り出す。


「《燃えろ(バム)》」


 弱々しい炎しか出てこなかったが、火薬に移り、派手な爆発を起こせた。焼け焦げた木の根を振り払い、私は立ち上がった。


「残念だけど、錆には前世の記憶が無いよ。ラセットには慈善の心があったみたいだけど、果たして錆に、命を賭してまで王の座に座る優しくてお人好しの心が残っているかどうか……」


 ナイフを逆手に持ち、私は挑発するように言った。そして、次の瞬間、気配を最大限に消して上坂登に切りかかる! 左足で踏み込み、右にナイフを振る。左足を軸にしてそのままくるりと回り、彼が避けたところに蹴りを入れた。


「アオ!」


 上坂登が叫ぶ。瞬間、背後から鋭いもので刺されるような痛みが走った。耐えきれず吐き出したのは、血の塊だった。


「殺さないように気をつけろ、アオ。殺すのは、魔力を搾り取ってからだ」


 先程の根が伸びてきて首を締め付ける。息がギリギリできる程度には緩めてくれているが、苦しいのに変わりはなかった。


「錆に心が残っているかどうかなんて関係ない。無理矢理、椅子に案内してあげればいいだけのことさ」


 言いたいことだけを言うと、上坂登は踵を返し、神社の外へ歩き始めた。アオは私の手からナイフを取り上げ、その後ろへ続いた。二人の姿はすぐに見えなくなった。


 私も早くここから脱出しなければ……と必死にもがくが、力を入れれば入れるほど強く絡みついてくる根っこに殺意さえ感じられる。時間をかけて私の魔力が回復してくると、それだけこの根も元気になるらしかった。遂に意識が朦朧とし始めた。

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