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2meas.紅い月の夜

7月16日 午前0時


 紅い月の夜。世界は血の色に染まり、闇に溶ける。辺りに人の気配はなく、ただ、自分の足音だけが夜の静けさの中響いた。

 神社の鳥居の前で、ジャージ姿のパンジーと落ち合い、錆の家へ向かう。今夜は、半年に一度の大仕事があった。互いにひどく緊張していて、口数は少なく、ぴりぴりした空気が流れていた。


 目的地に到着すると、玄関の鍵が開いていて、何の躊躇もなくパンジーが先に中に入った。異常事態が起こっている可能性もあるため、音は立てぬよう、俺も後に続く。リビングに明かりが点いていて、そこでハレルとサナが「いらっしゃい、パンジー、アーマス」と静かな声で迎え入れてくれたのを機に、俺たちは緊張の糸を緩めた。


「はぇー……。王様は? まだ寝てる?」

「ええ。もうそろそろ起きる頃だとは思うけど」


 サナが時計を見て、二階の錆の部屋に耳を澄ませる。騒がしい音はまだ聞こえてこない。彼女は、王がまだ起きてこないことを確認すると、パンジーの元に駆け寄った。

 

「パンジーお姉様お久しぶり! 紫咲先輩ご機嫌いかがですか!」

「サナ様、あれから変わったことはありませんでしたか? って言っても早苗ちゃんとは一週間前に会ったよね?」

「異常なしだよ! あのイチゴチョコバナナクリーム・パフェ・デラックスは最高に美味しかったです!」


 毎度のやりとりだが、聞いている方はややこしすぎて未だに頭が混乱する。どうやらこの2人は、この世界の生活を彼らなりに楽しんでいるらしい。歳が五つほど離れているから、設定は、小学校時代の委員会の先輩・後輩。今でも繋がりがあって、よく一緒に甘い物を探しに旅に出ている。実際は嫁(一般)と義理の妹(王族)のような関係だ。


「……遊びでこっちに来てるわけじゃないぞ」


 釘を刺すと、2人はわざとらしく指を絡め、身を寄せ合った。


「相変わらず天羽先輩は頭が固いです。ねえ、紫咲先輩?」

「ふふふ……折角こっちに来てるんだから、楽しめるところは楽しまないと」


 2人の会話を聞き、今年(魔族の暦上)73歳になるハレルが頷いた。


「私もこの間から絵はがきの教室に通っているのよ。ほら、見てみて。これなんか、上手く描けたでしょう?」


 そう言ってこちらに手描きの絵はがきを渡してくるが……これは……悪魔の所業か?

 真っ赤な実に紫色の毒々しい模様が描かれていて、とてもじゃないが人に送れるものではないと思った。しかもこの実、確か魔族のなかでも禁忌とされている毒の実じゃなかったっけ……。茶目っ気も甚だしい。

 しかし、サナとパンジーはにこにこしながら「この絵はがきをもらった人はラッキーですね!」とか言っている。呪いの手紙の間違いだろう。


「本当、緊張感がねえやつばっかりだな……」


 呟くと、心外だとでも言うようにパンジーが振り返った。何か言おうと口を開くが、その前に上から「ガッシャーンッ」と大きな音が鳴り響き、皆の意識は全て二階に持って行かれた。


「始まった」

「行くぞ」


 ハレルとサナをその場で待機させ、パンジーと共に二階へ上がる。錆の部屋に上がり続けて18年。少しの躊躇もなく、今日も彼の部屋のドアを開け、中に入った。

 中では、灰色の狼が狂ったように暴れていた。相変わらず美しい輝きを全身に纏っているが、毛並みは荒れ、興奮に目をギラつかせていた。ベッドのスプリングは壊れ、掛け布団の羽毛が散り、壁は剥がれかけている。そろそろ勉強机の上にも被害が出そうだ。


「パンジーはドアの前に!」

「りょーかいっ」


 錆が幼い頃は良かった。どれほど暴れても、子犬ほどの大きさしかなかったからな。でも今は違う。少しでも油断をすれば、骨折では済まないことになるだろう。


「よーしよーし……」


 刺激しないよう、ゆっくりと狼に近づく。噛みつかれたらひとたまりもないため、物理に強い防御魔術を唱え続けているが、相手が自分より強い魔力を持っているから、あまり役に立たないだろう。


「ラセットちゅわ~ん、こっちでちゅよぉ~~」

「アーマス、それは逆効果」

「うるせえ! 分かってらあ!!」

「刺激しないで!!」


 まあ、どうなったってパンジーが何とかしてくれるだろう。俺は狼を部屋のドアの前にいるパンジーの元へ追いやるだけ。勢いよく狼に飛びつくと、彼はそこから逃げ、部屋のドアから逃げだそうと全速力で駆け出した。しかしドアの前で待っているパンジーが両手を前に掲げ、全力で防御魔術を使う。基礎魔術だが、練習次第でかなりの力になる。パンジーがその良い例だ。


「っ……」

「耐えろ、パンジー!」

「うるさっ……」


 い、とパンジーが呟いた瞬間、狼が透明の壁にぶつかって倒れた。物凄い勢いでぶつかったからダメージも大きいだろう。その隙にパンジーが駆け寄り、口輪を素早くつける。


「ごめんね」


 そう言って、再び暴れ出す狼を二人掛かりで押さえ込み、撫でたり声を掛けたりしながら一晩をやり過ごすのが、こちらの世界で一番大変な仕事だった。

 こういうとき、この狼と長く一緒にいたパンジーの方が一枚上手だ。彼女が近くにいるときは、この図体と態度だけでかくなった狼も案外チョロい。すぐに落ち着きを取り戻すと、今の一瞬で全てのエネルギーを使い果たしたのか、眠ってしまう。あとは、しばらくしたらまた起きて大暴れして、落ち着かせて、また起きて大暴れして……の繰り返しだ。


「これ……錆に彼女できたらどうすんだよ……」

「き、記憶操作で……何とか……ならないかな……」


 まーた俺の記憶操作に頼ろうとする。


「簡単に言ってくれるぜ……。同じ人間に何度も記憶操作仕掛けるの、結構大変なんだからな。まあ、やれって言われたらやってみせるけど。何しろ俺様は生まれも育ちもエリートで、天才だからな!」

「アーマスはいつまで経っても変わらないから、安心するよ」

「それは貶してるようにしか聞こえねえ」

「そんな天才エリート様のアーマスに教えてもらいたい基礎魔術あるんだけどさ……」


 うまく話を逸らされた。


 パンジーは、「錆に彼女ができたら」の話題を出すのを嫌う。

 まあそれもそうか……。


 朝日が顔を出す頃、錆は人間の姿に戻る。起こさぬようベッドに寝かせ、俺とパンジー、そして下で待機していた2人は、錆が起きるまでの2時間で、荒れた部屋を整えた。

 錆の部屋はいつもこざっぱりしていて、余計なものはあまり置かれていない。その上、ゲーム類も引き出しの中にしまってあるため、この暴走で被害を被ることはなかった。また、修復魔術で、ある程度前日の部屋の再現ができるため、今のところ、半年に一度の摩訶不思議な現象は錆に気づかれていないようだった。

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