第9話「十二時の魔法」
「っ……」
目頭が熱くなる。悲涙などではない。それは感涙で、僕の中の感情全部が込み上げたもの。嬉し泣きに他ならない。内側から、全身満たされていく感覚。
「……やっと、キミをみつけたよ」
僕が今にも泣き出しそうな顔して感傷に浸っているのをみて、奴は驚いたことだろう。
それでも察しの良い奴はすぐに状況を飲みこんだようで、喉を鳴らす。
「コホンッ、いッやぁ~久々に歌ったとは思えねェな! 俺のコーラス喰いまくりィッ! あれな、次はソロな笑。もうノド温まっただろ? 次の曲紹介たのむゼ」
「あっ……う、うん。次の曲は、バラード。新しい曲だよ。はじめてうたう」
「あン? 新曲? 打ち合わせとちが……まッ、いいか」
「ははは……サプライズってやつ、かな? 僕には秘密がたくさんあって、それのいくつかを今日はみんなにきいてもらおうかと思ってさ。しばらくスランプだったけど、今回は正真正銘100%僕が書いた歌詞。満を持しての自信作。それから……はじめてのラブソング、好きだとか恋してるとかそんなじゃなくて、僕がどれだけキミを愛しているかをうたってみた」
口にするのは簡単だけれども、ちゃんと声に出せていなかった想い。言葉にするには複雑すぎて、いつだって逃げてきたんだ。
でも、それも今日までだ。これからは声に出して伝えるよ。
「……だから……」
感情かき集めて、リスクを取っ払い、勇気を出して、僕は観客席に手を伸ばした。もちろんその先には彼女がいる。
「いっしょに、うたって」
一人ではできないことも、みんなでなら……キミとなら何だってできる。いまは、そうだって、わかるから。
会場が騒めく。その中心に彼女がいた。
スッっとスポットライトがその姿を浮かび上がらせる。俯く彼女が顏を上げると、頬にツーッと光るものが見えた。
「え…………?」
彼女はスポットライトから飛び出して、逃げるようにして人をかきわけ、観客席から走り去る。目元は前髪に隠れて、目が合うことはなかった。
「まって……」
いかないで、そう口にする隙さえなかった。
注目されるのを嫌ったのか、それとも僕が何かを間違えたのだろうか?
……やっと会えたというのに、これほど近い距離まで来れたのに……。
僕は、また彼女を失ってしまうのだろうか。
いつだったかの別れの言葉を思い出して、違った涙が出そうになる。
「ッたくよォ。何してンだか……オラッ」
ステージ上で立ちすくんで、動けないでいると、みかねた奴が背中を押してくる。
「はやくいけ! つないでおいてやっからよッ」
「ありがとう。いってくる」
状況が呑み込めていない観客はガヤガヤ騒めきはじめている。せっかく来てくれたファンに申し訳ないとは思うけれども、僕にとってはこっちの方が……彼女の方がずっと大事なことだから、ステージを降りて追いかける。幸い奴がいることだし、振り向かずにいくよ。
「おうよ。……っと、そーだったアレだ、控え室。用意してあっからよ。いけばわかっから! ガハハハハッ! …………さーて、曲順チェーンジッ! つづきましてはノパトナ歌うからよ! 合いの手よろ~ッ」
バックステージから廊下に出ると、そこに彼女はいた。
近づくと、彼女が泣いているのがわかった。
「ひぃッく……ずず……っ」
「みつけたよ。キミのこと。やっと会えたね」
「む……む、むりむりむりっ! 無理です!」
彼女はすごい勢いで手をはためかせながら、巻き舌っぽくムリと連呼した。
対して僕は、落ち着いた素振りで大丈夫だよと返してみる。本当は不安でこわくて困惑してるけれども、きっと彼女は僕以上に不安だろうから、すこしでも安心させたくてクールぶる。
「いやいやいやっ! 全っ然ナシ。断固むりぃっ。ほ、ほらそれに、泣いちゃったからメイクオワですおすし~」
自然に会話しているけれども、彼女と直接言葉を交わすのはこれがはじめてで、そう思うとすこし変な感じがする。どうしてか、当たり前のように思えた。
「もぅ、嬉しいやら感動やらで……ぐずッ」
「……しゃーなし。ちょっときて」
僕はさっと手を伸ばし、彼女の手を引いた。正確には袖の上から手首を掴んだ。
別にヒヨったわけじゃないぞ! あれだ。身長差。慎重さ? ちょ、ちょうどそこに手首があったから!
彼女の手首は、僕の手のひらに小さく収まって、強くしたら壊れてしまいそうなそんな感じだった。でも、たしかにそこに存在していて、とても存在感があって、ぬくもりが右手に伝わってくる。
奴の言葉を思い出して、彼女を連れてスタッフ通路を進む。
「いーから。こっち!」
「のぉぉお⁉ ちょちょちょ⁉」
「(ゴクリ)」
大胆なことをしてしまっている自覚が遅れてやってきて、僕は恥ずかしさのあまり、歩幅を広げた。そうして、少し強引な形で彼女を楽屋に連れ込む。
…………。
……。
NEXT▶▶
つづき はもう少し待っていてほしいんだ。
第10話 5/19(土曜日)投稿予定ッ!




