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第8話「僕の声の秘密」

 心地よくも、気を抜いたら押し潰されてしまいそうな、いつかぶりの歓声が僕を包む。

「ウェーイッ! 今日は来てくれてサンキューなッ」


 奴が一言いえば会場が湧いて、口を開けば悲鳴みたいな甲高い歓声が飛んでくる。ワーワーキャーキャーとワイワイさわぐ観客席、まとまった声量でハコがパンパンになっている。耳の中に音が反響して、ぜんぶこもって聞こえる。


「ハハハッ! うっるさ~笑 ブブゼラかッ⁈ ……あっ、わからん? つたわらんかァ~⁈ ハハハッッ」


 マイクを持つ手は、久しぶりの緊張で、震えこそないけれど、汗でベッタリしている。


「――ぼっ――して――よぉ? ……オィッ!」

「えっ? あぁ。え?」


「オマッ! きいてよッ! せっかく俺いまいい声で喋ってるんだからッ」

「あーっと。ごめんごめん。きいてるきいてる。それで、なんて?」

「久々のステージで、ビビ? おビビしてんの? ハハハ」

「いや、ビビってないからっ」


 大したやり取りではなかったけれど、その瞬間、こもって聞こえていた音は透きとおり、頭がクリアになった。調子のいい奴のマイクパフォーマンスに巻き込まれる形で、緊張は一瞬でほぐれて、僕は地に足を付けた。


「あーっと。今日は来てくれてありがとーっ! たぶん、みんなは僕のこと作曲さんとかって思ってるよね? それなのになんでライブ? みたいな。笑」


 ファンのみんなは笑顔で、時折相槌みたく頷いている。


「こーみえて一応、元歌い手なんだよね僕」

「マジ? 知らんかったゼ……」

「うそつくな。知ってただろお前。ちょっと自分勝手だけどさ、久しぶりにうたおうかなって……いいかな?」


 そう。彼女の詩をきいて、僕も歌いたくなったんだ。

 アルバムでは全部うたってもらったけど……。

 今度は、僕の唄を。自分の声で。


「ったく、しゃーねーから合いの手してやんよッ! ってな。いっくぜ? 好き勝手歌いやがれッ1・2・3!」


 同期みたいな僕たちは一緒に苦労してきた腐れ縁。奴は気が付いていないが、これは色んなありがとうもこもってた楽曲。だからこの曲はデュエットにしたんだ。創作活動を支えてくれた奴に対する思い的なね。とはいえ、九割以上は彼女に対する想いで出来ているけど笑。

 台本通りの展開で、奴が伴奏をよぶ。飽きるほど繰り返し聞いたイントロが始まった。それもそのはずで、それは僕がつくった曲。僕の半生を赤裸々に……ちょっぴり盛った僕の唄だった。



「――戯言コンプレックス……」


 あるとき出会った彼女は僕とは正反対。努力しても手に入れられないセンスと、走っても追いつけないリアルを見せつけられて、彼女の才能に嫉妬して。


 負けじと徹夜で一曲つくって。不思議とそれが楽しくって。いつからだか、夢も目標も曇っていて、かわりに輝く見栄ばっかりの僕だったけど、久しぶりに晴れた気持ちに戻れたよ。


 並んで歩みたくても、キミはすごく早足で。追いかけるようになっていった。

 やっとのことで手を伸ばして声を掛けると、そこにはキミはもういなくって。顔を上げれば去った後で、サヨナラの言葉を残して、取り残された僕はひとり叫ぶしかなくって。


 やっと仕上げたアルバムテープを再生するたびに、恋しくなって、苦しくなって、寂しくなって。ふと開いたメッセージボックスには、キミとの思い出が詰まっていて。


 努力と才能も、憧れと嫉妬も、秘密も、本音も、諦められない感情だって。キミを失うことと比べれば、たいした挫折じゃねえな。


 僕は声を届けるよ。君も言葉を返して欲しいんだ。

 かならずキミのことを見つけるよ。


 だから、もう一度、うたって。


「…………っ」



 演奏が終わるとシーンとして、その静寂に余韻を感じる。


 マイクを下げて、前を向くと、一つ二つの拍手につられるようにして、パチ、パチパチ、パチパチパチと、拍手が鳴る。しまいには豪雨を連想させる激しい拍手喝采が、ハコいっぱいに広がった。



 その時だった。観客席にいる一人の女性と目が合った。僕は瞬きを忘れた。それは一瞬で、すぐに女性は目を反らす。

 それから、もう一度、目が合う。今度はさっきより長く。観客席にスポットライトがおちたように、大勢の中でポツンと、それでいてくっきりみえる。


 あそこに佇む女性。あれはたしかに彼女だ。そうに違いない。絶対にそうだ。


「…………」

 言葉が見つからなかった。


 これまで何十キロと遠くに存在した彼女の存在が、この瞬間、一気に近づいた。声を掛ければ聞こえるだろう。手を振れば見えるだろう。それでも僕は何もせずにいる。時間を止めて、この瞬間を永久に感じていたかった。


 キミは僕よりもいくらか年上で、誰かと比べればほんの少し小柄だったんだね。特別美人というわけでもないけれど、その容姿は想像していた通りで、僕にとっては理想のキミだった。

 …………。

 ……。

 NEXT▶▶

つづき はもう少し待っていてほしいんだ。


第9話 5/12(土曜日)投稿予定ッ!

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