第7話「ライブハウス」
バックステージからステージを見つめる。色んなことを考えて、待ち時間をやり過ごす。生配信のカミングアウトを乗り越えて、僕と彼女は対等な関係になった。
とはいえ、実際には僕たちの距離は出会ったころと同じまま。でも、それも今日までだ。ゲストリストに彼女の名前を入れたし、今日のお昼にはメッセージも送った。
カーテンの隙間から、観客席を覗くと、たくさんのファンの人たちが見える。
緊張で足が震える。ライブなんていつぶりだろうか? そもそも僕は作曲家だから、こういうイベントに顔を出すことは滅多にない。けれども、彼女がうたってくれたから、僕もそれに答えたい。だから今日は、こうしてライブを企画した。
「ンだよッ! ビビってんのか⁉」
「 ― ― ッ ‼ 」
突然、後ろから声を掛けられて、背筋が凍った。腰が抜けそうになって、膝が一段と大きな声で笑った。
「ぷぅッあははは、あッはははッ! 緊張しすぎなンだよ。俺らの順番まだ先だろ? あ? 次だっけか? 忘れたわー」
「っぅ~、……マジで勘弁して……」
振り返るとそこには奴がいた。気合の入ったトータルコーディネートで、頭から靴の先まで統一感がある衣装。普段よりも少しばかりキマッてみえる。
「そーれでェ? お姫様はどこよ、あッ! あのコ? いや、あっちのコも色気あんなぁ~フゥゥッッ」
「……しらない」
「ハァ? バカお前、なにやらかしたんだバカ、なにしてン! フラれた? まさかケンカしたのか⁉ こんな大事なタイミングになにしてンッ! バッカヤローかァ!」
「ちょオマ! 声大きい! ちがうから……そ、そういう意味じゃないから!」
ステージ上では、迷惑そうに苦笑いを浮かべる歌い手が、うるさいよとバックステージに視線を向けていた。
幸い、観客席には、僕らの会話は届いていなかった。
「……しらないんだ。彼女のこと……」
メッセージを介して話したことしかなければ、顔さえも知らない。もちろん声だって聞いたことがない。
「……まだ、会ってないんだ……」
「マジ? そこまで、予想してなかったわ」
「予想ってなんだし……でも大丈夫。絶対に見つけるからさ」
「その自信はどっからきてんンだよ、ったくよーくガマンできんなお前」
溜息をつきながら奴は、呆れた表情を僕に向ける。
「べつにいいだろ、文句あるかよ、これでも頑張ってるんだよ……」
「俺なら、テキトーな理由つけてすーぐデート誘っちゃけどな」
ガハハと笑う奴の物言いは、まるで過去にそれで成功したことがあるかのように聞こえる。
「チャっラいな……そんなシンプルにいかない……ゲームじゃあるまいし」
正直なところ羨ましい。僕と彼女の関係はスタートから複雑で、そう簡単にはいかない。現に、遠まわしに誘ってみたものの、遠まわしに断られてしまったしな。
だから今回はこうして、サプライズ形式にしてみたわけ。
「まッ! そー気ィ落すなよ。恋愛マスターだからさッお前とちがって! 経験の差よ! ……っと。そろそろ出番みたいだぜェ」
ステージ上では、まえの曲が終わり、観客席からは拍手と共に、黄色い声援が歌い手に送られていた。
「あっ、俺おっけ? 歯に青ノリとか付いてねエ? い~……どお」
「ない。大丈夫」
「フゥウ~! アッ! アァーッ! よっしゃ! さきいくぞ」
そうして、奴は意気揚々とステージに飛び出した。
僕は目を瞑って集中する。大きく深呼吸をして、改めて覚悟を決める。震えが止まって、心臓の音が聞こえる。
「(やっと、キミにあって伝えられるよ)」
目をあけると、ステージに向かって大きな一歩を踏み出す。
そして、僕のライブの幕が上がった。
…………。
……。
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