第5話「感情揺らす 声」
スマホに表示されるメッセージ。
『ンだよ、すげー人気じゃん!』
『俺も、しつもーん! お前さ、彼女のこと、どう思ってンだよ』
『好きなの? ねえねえ? ラブ? どーなの? 妬いちゃうぜェ』
>――21:16
……ッく! アイツめ……ッッ!
続けざまに似たようなメッセージをいくつも受信する。
僕の気も知らずにふざけんなよ! まてよ、奴は分かっていてやっている可能性が……この生配信自体がメッセージを送りたいから企画したってことも……、いや考えすぎか?
ともあれ、どうせ他のも冷やかしだろうし、確認する気なんて起きないわけで。僕は黙って画面をスワイプしてやった。
「(ったく。くだらないことすんなっての……)」
そうしてから僕は、かるく咳払いしてから、何事もなかったかのように、カメラに向けて笑顔を振りまく。
「はーい次の質問ね! 安価いくよー」
『質問:ゴーストライターって誰』
「またそれかー、前にも説明したけどさー、もうさ、どうでもいいでしょ秘密~」
だって、みんなは彼女の詩は好きじゃないんだろ? そんなやつらに紹介なんてしたくないよ。
『質問:アルバムもゴーストライターが書いたんですか』
「あのさぁ……だから秘密。教えてあげない」
本当は教えてあげたい。彼女の持っている才能を……言葉を、存在を。伝えたい。
だからアルバムには彼女の名前を載せたいと思っている。でも、彼女は去ってしまって、連絡がつかなくって……。
『質問:ゴーストライターに一言』
おいおい、一言って。政治家相手のインタビューじゃないんだぞ。
子供じみた冷やかし半分の、下卑たコメントに腹が立つ。こいつに向けて一言いってやりたいまである。
気持ちのこもったリアリティ溢れる詩が書ける彼女と、曲は作れても言葉に詰まる僕。確かなことは、彼女は、僕なんかよりもよっぽど天才と呼ばれるにふさわしい才能の持ち主。
奴は気軽にどう思ってるんだなんて聞いてくるけど、本当は僕自身よくわかっていないのかもしれない。
「…………」
行かないで。キミがいないとダメなんだ。って、弱気な僕がすがっている。
その反対には、ふざけるなって。辞めるなんて許さねえぞ。って、自分勝手な僕がくすぶっているのもわかる。
どちらの僕も本物で、どちらの僕も素直じゃない。キミに伝えたい想いは大きすぎて、ぜんぜんまとまらないよ。
素直でリアルで儚くとも本物な……キミ。感動して、共感して、憧れて、嫉妬して。離れていても隣にいるみたいに近くに感じちゃって。こんなにも強いのに、説明しがたい気持ちを、キミならどう言葉にするかな?
「(きっとキミなら、僕の想像を遥かに超えた、表現をするんだろうな……)」
こっそりとスマホを、ポケットから取り出して、膝の上にそっとおく。
アプリをタップして、カメラから隠しながら徐に、彼女とのメッセージを振り返る。
『ゴミッカスな文章ですけど』
『それでもよければ使ってください!』
>――25:43
はじまりのやり取りはどこかぎこちない。いきなりメッセージきたら驚くよな誰だって。それもそうか。
『ホント助かった! 無事納品したよ。新曲楽しみにしててね!』
『いま仕事?』
<――12:17
なんかメッセージだと雰囲気違うな僕ってこんな活き活きしてたんだな……。知らなかった。
『なかなか返信来ないので、ちょっと心配になっていました笑』
『もしかして徹夜で作ってたんですか? お疲れ様です!』
>――12:18
『ひさしぶりの良曲できたった笑』
『キミのおかげだー』
<――12:19
ああぁ。そっか。彼女と話してるから、嬉しくってそれが現れてたんだな……。
『いえいえ、こちらこそありがとうございます』
『役に立てたみたいで、本当に良かったです』
>――12:21
『あの……どうして私だったのでしょうか?』
>――12:21
『動画のハッシュタグつけてくれたでしょ』
『ありがと』
『おかげでキミをみつけられた』
<――12:22
ハッとする。声のない僕は、言葉の意味なんて考えずに、文字にしていた。
なんだよ、僕が言ったんじゃないか。言葉にしてくれたから、キミを見つけられたって。
いくら考えても、分からなかった答えが、こんなところにあった。
わかってしまえば簡単なことだった。わかってしまえば行動に移すしかない。わかってしまったからには伝えなくちゃいけない。
今度は僕が見つけてもらう番……見つけてもらう努力を僕がするべきなんだ!
「(ハッシュタグなんかなくったって、きっとキミは僕を見つけてくれるよね)」
もともと口下手だし、きっと聞けたもんじゃないだろうな……秘密ばっかりひとりで抱えて、こうして声に出すのは何年ぶりだろうか?
『質問:ゴーストライターってどんな人』
「…………」
「……待ってくれ……言うから。言葉にするから……もう少し、聞いていてほしい」
でも。それでも、君を見つけた時のように、想いを言葉にするよ。今度は、キミに僕を教えたいから。
「最初は……言葉に魅かれた。僕のことを天才とか呼ぶひといるけど、全然そんな事ないんだよ……みんな凄い凄いって言うけれど、僕は本当の気持ちを言葉にできていないんだ……」
たとえこの配信をみていなくても……言葉にすることが大事だって、キミが教えてくれたから。
「話しをしたら……もっと魅かれた」
僕は声に出しながら、メッセージの続きを見返していく。返信を一つ、そして一つと読むたびに離れ離れになってしまった距離が、また近づいていくように感じられる。
『お引き受けしておきながら、お恥ずかしい話ですが』
『こういったことは初めてなもので、少しアドバイス頂けたらと思いまして……』
<――09:28
『それじゃあタメ語で! (^o^)/』
『何か参考になりそうなものとか教えてほしいですっ!』
<――09:41
「ふっ……」
いきなりの顔文字に、不意打ちされて、ついつい口元が緩み、目じりが下がる。そういえばそうだった。この頃からだ。
「全然歌詞なんて書いたことなかったのに頑張って……お茶目でポンコツでそのくせマジメなんだ……」
キミとの距離が近くなったように感じたのは、キミが素を見せてくれるようになってからだよ。
コメントが加速して、弾幕が画面を埋め尽くしている。それはそうだよな。コイツなに言ってるの状態だもんな。でも、もう少し続けさせてもらうよ。
「……気が付いたら……全部好きになっていた。僕には掛け替えのない……繋がりを失いたくないって思える……手放したくない、僕にとって……僕だけの。彼女はこの世界に唯一の存在だよ。だから……」
アンチとかファンとか仲間とか全部関係ない。自分勝手でいいんだ。この言葉はそうあるべきだ。
何万人って視聴者を前に、キミだけに向けてのメッセージを送るよ。
「もう一度、うたってほしい。今度は、キミの言葉で、僕だけのために」
机の下で膝が笑っている。手汗がすごくてヌルヌルして気持ち悪い。緊張のせいで吸い込む息が冷たく感じて、体温が持っていかれる。
「(はっずかしぃいいい)」
なんだこれ⁉ えっ? やっばぁい! 声震えてなかった? イケボ保ててた? ああああぁぁぁッッ!
思いの丈をゲロったのはいいけれども、このメッセージが彼女の元に届くか不安で仕方ない。これだけ恥ずかしいのに返事どころか既読も付かなかったらどうしようか……。
「……コホンっ……答えになってたかな。おっけーだよね。えーっと? はいっ、次の質問ねー安価っ安価っ」
毅然装って、次の話題に移る僕。
思い返せば、この言葉。結局、直接は彼女に伝えられなかったな。大切な言葉を直接伝えるタイミングってなかなか無いものなんだな。しっかし、面と向かって同じセリフを声にできるかどうかといえば……無理だろうな。ゼッタイヒヨる。笑
それでも、声にはできたぞ。
「(キミのおかげで、がんばれたんだよ……この広い世界で、僕の声はキミに届くかな?)」
『おおおおおおおおー』
『速報ゴーストライター女性』
『告白告白告白告白告白告白』
『質問:付き合ってるんですか』
『質問:付き合ってるんですか』
『大事なことなので二回言いました』
『おっおっおっ』
『 ― ― ― ― 。 』
流れるコメントの中に、一つの言葉が、ひときわ輝いて見えた。たった一言、一瞬で流されてしまったけど、そのコメントからは、はじめてつぶやきを見つけた時みたいな、衝撃にも似た運命的なものを感じられた。
ずっと待っていた『彼女』を見逃すはずがなかった。
「おかえり」
彼女の方を真っ直ぐ向いて、そう僕は返事をした。
こんな奇跡みたいなことはマンガでしかみたことがない。起こってしまったからには、この奇跡を原稿用紙五十枚ぐらいの物語として残さなくちゃいけないな。
僕には歌詞も書けないけれども、きっといつの日か、この出会いは物語になる。そんな気がするんだ
そして、ここからが、僕ら二人の本当の物語が始まる。声と言葉の愛の唄が。
…………。
……。
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