第13話「らぶすとーりー?」
日が陰り、騒がしくも心地よいお祭り騒ぎは幕を下ろした。熱気がおさまりきらないうちに、場所を変えてもう一つの祭りが始まろうとしていた。
「かんぱーい!」
火照った身体に、キンキンに冷やされたグラスで各々が飲み物を流し込む。
ゴクリゴクリと喉を鳴らすと、自然とリラックスして、肺の深いところから息がこぼれる。
「くぅ~~! 喉ごしィ~!! しみるぜェマジでよ」
「おっさんかよお前、声に出すな、声に……」
「ッかぁ! うんめぇなぁ~オーイ! ……あえ?」
「え」
「……っぷ。ぷあああははははッッ!」
「――ッ、……い、いいじゃないですかっ! 生理現象です!」
生理現象ではない。それは間違いない。たぶん条件反射の部類だろ。知らんけど。
それにしても、普段から彼女が、腰に手を当ててビールをグイッっとしては、かぁ! っとしているんだと想像すると……なるほど悪くない。ギャップ萌えかもしれん。
いや……ギャップも何も想像通りだったわ笑
「クスクス」
「おつかれさまーっス、お二人ともめちゃくちゃ盛り上がってたっスね」
「おつかれさま! いやぁほんとーに今日はありがとうございました! ほんとに感謝しかないよ」
「あっ、えっとおつかれさまです?」
「ああぁ、そっか顔合わすのはじめてだもんね。分からなくて当たり前か……」
「どーもはじめましてっス、アルバムで何曲か歌わせてもらった歌い手でーっス。よろしくっス」
「……あっ、どう、も……です。……ってホントですか!? ご本人さんですか?! すごいっ私ファンです! いつもイケボ聴いてます! 応援してますぅッ」
「マジ? うわすごいうれしい! オレもキミの歌詞スゲー好きなんっスよ!? ハイ両思い~ははは運命感じちゃうっスねー」
「ふぇえ、あ、握手してもらってもいいですかっ!? おうふ吐きそっ。まさかお会いできるとは……感無量デュフフ」
「……むむ」
これはジェラシー。所謂、嫉妬という感情に違いない。
彼女が他の男と嬉しそうにする姿に、僕は嫉妬している。たとえそれがアルバムのボーカルで、社交辞令の挨拶にすぎない内容だとしても、いい感じはしない。
「その時、彼は思った。あーくっそーふぁーっく。いくらイケボなボーカルで、カオも整ってるからって、そんな目ェキラキラさせんなッての! 無理やりキスすんぞッ!?」
――ブッーーーッッ!
「ひとの心をかってに読むのやめろ! あと変なボイスオーバー付けんなッ」
「ガハハハハッ! 気持ちわるゥ! そんぐらい許せないもんかねェ」
「ははは、ゴメンっス。そんなつもりじゃなかったんっスけど、あんまりに美人だったから……つい。いやーうらやましーかぎりだなー棒」
はじめはよくわかっていない様子だった彼女も、自分たちの関係を冷やかされているのだと理解すると、顔を真っ赤にしてしおらしくなった。
「おまえら! ちゃかすなよッ! 中学生かってのッ!」
「ガハハハッ、いーじゃねェか! こーいうのは、はじめのうちしか面白くねェんだからよ!」
「そうっスよー! めちゃくちゃ美人さんじゃないっスかぁ~なんではやく紹介してくれなかったんっスか~」
「独占欲がつよすぎンだよなぁコイツ、たまに引くわ。つーかいま引いてるわ! ガハハハ」
「それっス!! オレも怪しいとは思ってたんっスよ! リテイクの相談とか連絡したくても間接的でしたし、最後まで頑なに連絡先教えてくれなくって、これは何かあるな。って! こうして実際に会った後なら、いろいろと納得っス。独り占めしたくもなるっスね」
「んほぉ……ホント勘弁して下さい……」
両手で顔を覆い、あわわあわわと悶える彼女。恥ずかしそうにしてる割には満更でもない、そんな何とも言えない複雑な表情をしている。
「ん? ちゃかされてるの僕なんだけど?」
「わーってねェな。あーもう全ッ然わかってねェわ。女心すこしは勉強しろっての!」
「お前だけには言われたくない! ドーテーは引っ込んでろよな」
この恋愛ドーテー野郎がッ!! 二次元とリアルの違いについて小一時間レクチャーしてやろうか!? 恋に一番疎いくせに、色恋沙汰にはすぐ首を突っ込みたがる……ほんとうに子供じみてる。
「ドーテー、だと……? ふっ……ふははははッ! いつの話をしているんだねチミは? 残念だったな! なんたって昨日までの俺様とは違うのだからッ!!」
「おっおっおっー?!」
顏を赤らめながらも、顔を覆う手の隙間から覗かせる瞳には力が入って、興味津々なのが丸わかり。いちいち可愛い。
「ま、まさか。うそ、だろ……」
「そうだ! そのまさかだ!」
「信じられねぇ……お前……ついに闇の力に覚醒たのか!?」
「ガハハハハァ! 知りたいのか、ならば教えてやろう……っくぅ、まずい! 早く俺からはなれろ――って! ちっがうわッッ邪気眼じゃねえ!」
「なんだ、ちがうのか」
「ワクワクを返してください」
「そーいうことじゃねェンだって。できたの! 俺にもカノジョが!」
「ところでさ、お酒強い系? ずいぶん飲んでるっスよね?」
「オイ聞けよッ! カノジョできたの俺」
身体を乗り出してくるが、僕たちはプイっとそっぽを向き、三人で会話を続ける。
「うーん。どうだろ、そんなじゃないけど……好きだから。かな? お酒」
「へぇ~意外っス。女の子ってあんま飲まない印象」
「そ、そう……なのかな? 変?」
「えっ? あ……ごめん、ちょっと……聞いてくれよ! ねえ聞いてッ」
「ぜーんぜん変じゃないっス! むしろありありのありっス!! てか。ごめんね~うるさくって。でも意外とこういう席とか慣れてる? 案外経験豊富だったり……?」
「んなッ! おまっ」
こんなド直球でデリカシーに欠けている失礼な質問があっていいものか。否。
酒が入っているとはいえ、どいつもこいつも、男として最低だ。冗談でもそういうことは言うんじゃねえよ……そもそも僕の目の前でするとはいい度胸をしている。後で後悔させてやるッ!
とはいえ……。
――ゴクリ。
「そ……そうなの?」
気になりますよ。男の子ですもの。
自分が大好きな相手のことは何でも知りたいし、知っておいて将来に備えたくもある。
「そ、そんなことないよっ? 私こんなだし、ですしおすし」
手をはためかせて、ぶんぶんと頭を左右振ってから、照れくさそうに髪をおさえる。彼女からシャンプーの香りが匂って、酔った思考がふやけて鼻から吹き出しそうになった。
天国はあった。差し詰め彼女は、天から舞い降りた天使というところだろうか。
「アーッ…………ふぅ」
そんな飲んでないんだけど……けっこうまわってるな……。
「いやいや、本っ当に美人っスよ! 羨ましいは本心からっス」
「あーだな。俺もカノジョいなけりゃキスしてたわ。あっぶねぇわーキスするところだったわー」
「安心しろクソ野郎。お前には指一本触れさせねえから」
「ははは、それにしても綺麗な髪してるっスね~どこの美容院――」
「近寄るなッあっちいけぃ! あんたもだ! 髪の毛一本やらねえよ!」
「おうふぉ!? 再びヘッブーン?! なななんですか! これどういう状況?! 夢みてるんですかね私っ? オホォーっやめてやめてー私をとりあってケンカしないでーっデュフフェもっとやってぇー」
酔っているのか、悪ノリする野郎共にいじられる彼女はまんざらでもない表情を浮かべている。というより満喫しているようにみえる。とはいえ、冗談でも口説こうとする奴には心底ムカつく。
「おまえ……僕がキスしたろうかこの野郎……」
「えっ、キスすんの?」
「わーお大胆っスね」
「オウフドプフォーっほ、ほんとに?! ここで? いま?? するの?? ショック死ぬかも……ゴクリ」
「 「きーす! きーす! きーす!」 」
「ちょまっ……ちがッ、そういう意味じゃなくて、黙らないとその口塞ぐぞって……冗談だって! おいきけよ」
「い、いいよ? 私のうるさいお口を、貴方のキスで……黙らせて……ください……っ」
クリエイター特有の爆発的な集中スキルを発動して、瞬間的に意識をハッキリさせる。
少しの間、疑似的にシラフ状態に立ち返った僕は、思考回路をフル稼働させて何百ものシミュレーションパターンを並列に走らせる。彼女の唇が近づくなか、僕は答えを出す――
「 すいませーん。お水下さーい 」
「あン? みずだァ? お前もう酔ったのかよッ」
「お前らだバカ」
「ですよねー。しないですよねー。はーい。がまんしますぅっ」
少し残念そうに、口をとがらせる彼女の頭にポンと手をのせて、優しく髪をなでてみる。
残念な気持ちは僕にもあるけれども、もっとロマンチックにしたいんだ。こんな酔ったノリじゃなくてね。
「えへへっ……でゅふぇへへっ……」
「ほんとお似合いっスね。はぁ羨ましいっス!! あっそういえばさっきの話……」
「それな。お前、いつの間にカノジョできたん?」
「キタキタキタ! そうこなくっちゃなッ! 聞きたい? 聞きたいでしょ? 聞かせてあげましょうッ! 俺のラヴストォーリィーを……ッ」
…………
……
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