わかっていたら (ショートショート81)
仕事から帰宅すると、玄関に見なれぬシャレた靴があった。
居間から娘の声が聞こえてくる。
――アイツ、また靴を買いやがって。ちっとは辛抱すりゃあいいのに。
娘の祐子は一人っ子のせいか、ずいぶんわがままに育ってしまった。そして気が向いたときに、フラリと我が家にやってきては気晴らしをする。
「私のこと、いまだにわかってないんだから」
またダンナの悪口である。
こうして我が家に来ては、いつも妻にグダグダとグチをたれる。
――まだ新婚三カ月だというのに……。
今からこれでは先がおもいやられてしまう。
重い気分で、オレは二人のいる居間に入った。
「お父さん、お帰りなさい」
祐子が軽く手を振ってみせる。
「おう、来てたのか」
「ねえ、お父さんも聞いてよ。弘樹さんたらね、私のこと、ちっともわかってないのよ」
「また、そのことか。どうせ、しまいにはのろけるんだろ」
オレは笑って返した。
祐子はグチをこぼすだけこぼし、そして気分が晴れると最後は、いいかげんのろけてから帰る。ようは我が家が、ストレス発散の場となっているのだ。
「ちょっと着替えてくる」
その場から逃げるように、オレは隣の部屋に行って着がえを始めた。
祐子の声が聞こえてくる。
「あたしたち、五年もつき合ったのによ」
「うちは結婚して、三十年。それでもそうなんだからね」
「お父さん、いまだに?」
「ええ、ちっとも」
「ねえ、お母さん。お父さんみたいな男と、よく結婚したわね」
話題が、なぜかオレに飛び火した。
「どうしてなんだろうね」
「どこかいいところがあって?」
「ないわねえ」
「顔だってあんなだしね」
祐子の笑い声が聞こえた。
――あんな……とは、いったいどんな顔?
失礼なヤツだ。
「そうよね」
妻も一緒になって笑っている。
「ホント男って、女心がわからないんだから」
祐子のため息が聞こえた。
――女心?
女心がなんだ。
弘樹君だって、オマエのことがわかってたら結婚なんかするもんか。わかってないから一緒になったんだろう。
――そうさ、わかっていたらこのオレだって!
オレは心の中で叫んでいた。