いまどきサンタとウイスキー
今時、サンタクロースを信じているなんてナンセンスだ。
空とぶソリで子ども達みんなにプレゼントなんて出来る訳がない。
街に出れば楽しいことは山ほどあるし、プレゼントだって気軽に贈りあえる。
絵本の中のサンタクロースなんて、現実的じゃあないのさ。そうだろ。
今年もようやくクリスマスが終わったよ。子どもに、家族に、恋人に。プレゼントを贈り合った人たちは、きっとサンタの囁きを密かに聞いたに違いないのさ。
あ? サンタがナンセンスだとさっき言ったじゃないかって?
いやいや、言ってねえよ、マスター。言ってねえ。勘違いしないで欲しい。
サンタはいる。俺もそうだ。ほら、赤い服だって着てる。時代錯誤もいいところな、前時代的な真っ赤なサンタ服だろ? ナンセンスだって言ったのはソリに乗って空をいく化石みたいなサンタクロースの姿のことだ。
だってそうだろ?
今の時代に宮廷音楽が合うか? 近頃の街に流れてる音楽はほとんどがポップスさ。俺は結構好きだけどさ。
ま、ともかくそういうことだよ。なのに親父ときたら……。
なぁ、聞いてくれよ。マスター。
300歳をとっくに越えてるってのにプレゼントを一人で配り続けた俺の親父の話を。
そうだな、適当にウイスキー。ああ、ストレートで頼む。少しばかり、長くなるからさ。
○ ○ ○
去年のクリスマスイブのことさ。嫌々ながら俺は例年通りのやり取りをこなしに行ったんだ。
どこにって、そりゃあサンタの、なんていうかな、あんたらの言葉で言えば、営業所みたいな所さ。世界中どこにだって、少し世界をずらせばいろんな場所があるもんだぜ。いや、マスターには行けねえと思う。人間だろ? あんた。
いや、俺はサンタだってさっきから言ってるだろうがよ。ほんとほんと。ほれ、赤い服赤い服。いやまあ、ちょっとしたバイトで誰もが着てるからなあ、最近は。
まあ、いいや。ホラ話だと思って聞いてくれよ。なんなら、誰かへの話のタネにしてくれてもいいぜ。
話を戻そうかな。最近のサンタ連中ってのはさ。どんなに遅くてもクリスマスの数日前には仕事を終えるのさ。だから、毎年イブには営業所に俺一人だけ。ひどいだろ?
仲間は仕事を終えて楽しくやってるだろうってのに俺はその年も一人サミシク、親父のおつかいだったのさ。
それで、営業所にはさ、気難しいじいさんがいるんだ。ノームのじいさん。たぶん、800歳くらいだって言ってたかな。これがまた、うちの親父と気が合ってたみたいでさ。
長いヒゲ揺らしながら、「今年も倅が来たか」なんて言うのさ。俺だって行きたくて行ってる訳じゃねえのにな。
俺か? 俺は今年で91歳さ。親父は324。よく、500歳までサンタを続けるって言ってたよ。ん、何か釈然としない顔してんなあ。分かりにくいか? そうだな、俺たちの年齢を5で割ってくれたら、人間たちの年齢に近くなるぜ。そうそう。だから俺はまだ若い方なのさ。
あのじいさんも物好きな人でさ。
時代遅れのソリやトナカイなんか、うちの親父以外にゃ誰も使わないってのに、毎年ちゃんと世話して万全の状態にしてあるんだよ。で、それを借してくれって言いに行くのが毎年の俺の役目だったのさ。
ほんと今時、うちの親父くらいなもんだったよ。律儀に真っ赤なオールドファッションに身を包んで化石みたいなサンタやってんのはさ。ソリやトナカイを浮かせるのも、結構エネルギーがいるってのに、効率の悪いことしてさ。
で、借りたソリとトナカイ達を率いて、てくてくと俺は家に帰ったのさ。親父がご自慢の赤服で待ってるはずだったからな。
え? 俺はプレゼントを配って回らないのかって?
そりゃあ配る、配るさ。サンタだぜ、俺は。けど、今は時代が違う。
なぁ。マスター。
サンタがみんなに配るプレゼントはどうやって調達してたか知ってるかい?
集めてくるのさ。
世界中どこからでもいい。サンタ宛に秘密の言葉を添えた手紙を書いて、イブの、そうだな、遅くとも7日前までに庭のどこかに置いてみな。
集配専門のフェアリー達が誰にも見られないように持っていくぜ。ただし、秘密の言葉を忘れず書き添えること。
それがないと、持っていっていいかどうか分かんねえからな。
そうやって集められたプレゼントは仕立てや修理専門のドワーフ、これまた俺たちの仲間だな。やつらがキレイに整える。手先も器用だし、頭も回るんだぜ。電子機器の修理だってお手の物さ。
で、仕上がった物を最後に配って周るのが俺たちサンタって訳だ。
誰かの贈り物が別の誰かの元へと届く。
言ってみればアレだな、クリスマスってのは超ビッグスケールなプレゼント交換会だったのさ。
そう。
"だった" のさ。
理由は色々あるんだろうが、年々集められる品物は減って、今までのシステムじゃどうにもならなくなった。
俺たちは誰かの笑顔や喜びや感謝がないと生きられない。……何だよ、まるでおとぎ話だって? 俺たちからすりゃあ、人間連中が動物や植物を食べてる方がファンタジーだね。でも、酒だけは昔っからどの種族も好きらしい。事実、うまいしな。俺はやっぱりウイスキーが一番だね。
人間が食わないと生きていけないように、俺達には誰かの感謝が必要なのさ。
さあね。どうしてそうなのかなんて俺には分からんし、マスターにも分からんだろう。何かとんでもなく大きなものの御都合主義ってやつなのさ。人間たちの間じゃあ、そういうのは神って言うんだったか?
まぁ、ともかくピンチだったんだ。
見るからに感謝の気持ちが減ってさ、存在が消えていっちまうサンタもちらほらいたしな。
そこでだ。
頭のキレる奴ってのはどんなとこにでも一人はいるんだな。あるサンタが言ったのさ。
"僕たちはプレゼントに何を贈るべきか、という情報を人間達にプレゼントしよう"
ってな。
最初はみんな戸惑ったが、これがまぁ見事に当たった。フェアリー連中が情報をリサーチ。ドワーフ達が情報を管理してニーズを割り出す。
そして俺たちが街に出てひっそりと風に乗せて情報をささやく。
そうだなあ、確かにプレゼントったってアドバイスみたいなもんだから、得られる感謝の気持ちもほんの僅かさ。
でも、一つ一つの感謝の量は少ないんだが、数をこなせば問題ない。配って回る手間もないから、楽だしな。
そして何より事前にのびのび動けるから、昔みたいにイブの夜に全サンタ総出の、死に物狂いでプレゼントを配り回る地獄を見なくて済む。
これは流行ると思ったね。
そして流行った。
今や情報が贈り物になる時代なのさ。
そういやこのシステムに変わりつつある時に、誰だったか勘違いしてイブより前に情報じゃなくて実物のプレゼント持っていった奴がいたな。
煙突から落ちたりでさんざんだったらしい。照れ隠しに踊るだけ踊って帰ってきたらしいけどさ。
そんなこともあって、サンタの中では "現物支給なんて時代遅れ!" が合言葉なのさ。
おっと、マスター、もう一杯もらおうかな。
ああ、もちろんストレートで。
○ ○ ○
そんな情勢なのに、うちの親父はいつまでもソリとトナカイ。
このご時世に集まるプレゼントなんか誰も欲しがらないような古めかしいおもちゃやセンスの欠片もないがらくたばかりだってのに。サンタ宛ての秘密の言葉も、みんな知らないだろうしな。マスター、知ってる? ……だよなあ。そんなもんさ。
俺がそう言って聞かせても、 "渡すプレゼントがあるなら、配るのがサンタじゃろう" の一点張り。もうどうしようもない頑固親父だったね。
そんな親父なんだよ。
俺はもうその年の分の情報は風に乗せてばらまいた後だったから、帰って親父にソリを渡したらゆっくりしようとしてたんだ。ノームのじいさんのトナカイは大人しくてね。連れて帰るのに苦労した記憶はないね。
でも、扉を開けて驚いたよ。
親父の姿がどこにもなかった。ご自慢の古めかしい赤服は壁にかかったままだったんだ。
ついに存在が消えたんだと思ったね。
だってそうだろ?プレゼントを配って得る笑顔や幸せよりも、ソリを浮かせるエネルギーの方が遥かに大きいに決まってる。
食った分より動けば、人間だって餓死するだろう?
いつかこうなるなんて分かってたはずなんだ。
なのに親父は、呆れるほどいつも通りだった。
前の日の夜に、イブに備えて日の入りと同時に寝る時も、俺がソリを取りにいくのを見送る時も。
机の上には、配る予定のプレゼントが置いてあった。たった3つさ。笑っちまうだろ。俺は数百のアドバイスを風に流したってのに、たったの3つ。しかもプレゼントときたら、手袋と絵本と望遠鏡。
ほら、やっぱりろくなもんじゃない。へえ、マスターも絵本が好きなのか。まあ、思い出の品物ってのは誰にでもあるよな。俺は……やっぱり親父の赤服なんだろうな。
それで、ふと思ったんだ。
親父が届けようとしていたもの。最後まで為そうとしていたことは何だろうって。
そう、それ、そのセリフさ。
"渡すプレゼントがあるなら、配るのがサンタじゃろう" ってヤツ。
ただそれだけを数百年続けてたっていう、親父の姿がふと浮かんだのさ。
ちょいとセンチな気分ってのになってたんだろうな。
その時くらいは、俺が配ってもいいかって、そう思っちまった。
親父の赤服に袖を通したのはその時が最初で最後さ。
ソリを浮かせて、トナカイと共に俺は街に出たんだ。
空から眺める世界はいつもとまるで違ってた。トナカイ達が思った方向に行ってくれなくて少し焦ったな。歩いてひくのと、浮かせて前に進ませるのは全然違うんだぜ。
それで、だ。
親父の残したメモを頼りにプレゼントを配る予定の子の家まで行ったんだ。
だけど何を置いていけばいいのかさっぱりわからない。
配ることになんか慣れてなかったから当然さ。
寝てる子の横で、俺はしばらく固まってたよ。
メモにきっちり書いておいてくれよ親父、と多少恨みがましく思ったもんさ。まあそんなことになるなんて親父も俺も分からなかったから仕方ない。
だからヤケになって適当に置いていこうとしたんだ。どうせ3つさ。確率は3分の1。別にいいだろうってな。
でも、不思議と何となく分かるんだよ。
何となく子どもの姿を見てるとさ。
自分が置いたプレゼント持って喜んでくれる映像が浮かんでくるんだよな。あれは不思議なもんだと思うよ。その子は手袋を持ってた。
俺は少し戸惑ったけど、枕元にそっと手袋を置いたんだ。
そう、あとの2つのプレゼントも同じだった。
メモに書いてある家に行って、子どもの寝顔を見れば。置いていくプレゼントがなんとなく分かった。不思議だったけど、今にして思えばサンタってのは昔からそうやってみんなが一番喜ぶプレゼントを置いてたんだろうなあ。
ものの数時間で全部配り終えて、俺はさっさと家に帰ったさ。たった3つさ。そりゃあすぐに終わるぜ。サンタ仲間が賑やかにやってるトコに混ざっても良かったんだが、どうもこの赤い服じゃあ浮いちまうと思ったね。時代後れだからなあ。いやホントに。おう、ホント。人間たちは、どうしてあんなに時代遅れの服を着てるんだって、いつも皆で笑ってるぜ。
そんな親父の赤服じゃあ、仲間の前に出るにはちょっと気後れしたのさ。
帰りついた俺を待ってたのは誰もいない暗い家。壁に掛けた赤服に向かって、俺は「配っといたぜ、親父」って呟いたのさ。
○ ○ ○
そんで、今年もまた営業所に行ってきた。
例年通り俺の受け持ち分の情報は風に乗せてばらまいたから、イブはしっかり時間があるしな。
今年は、俺も時代遅れの化石みたいなオールドファッションに身を包んでクリスマスイブの夜中に、プレゼントを配って回ったんだぜ。
でも、もういっぺん言うぜ?
今時、サンタクロースを信じているなんてナンセンスだ。
空とぶソリや、世界中のみんなにプレゼントなんて出来る訳がない。
プレゼントはよくて2、3個。
俺が配るのは、それだけだよ。なんせ元の数が少ないからさ。ソリもエネルギーがかかるから、俺はバイクで走り回ることにしたけどな。
親父じゃないけど、やっぱり配り回るプレゼントもいいもんだ。
時代遅れってのも、なかなかいいかも知れないぜ?
俺が配ったプレゼントで笑ってくれるのはこっちも嬉しい。
こんな楽しみを毎年一人でやってたなんて親父も随分と人が悪い。いや、人じゃないか。サンタが悪いとでも言っとこうか。
今年は口喧嘩しながら配ってきたさ。
親父のヤツ、 "ソリも満足に使えん半人前のクセに" なんて言いやがったんだぜ。バイクの方が小回りも効くし、省エネだってんだ。
まったく、300過ぎて現役気取りってのもどうかと思うぜ。
親父はいつものご自慢の赤服。俺のと比べると随分馴染んでたね。その辺りは、やっぱり年季の差だろうな。
え?
親父は消えたんじゃなかったのかって?
ああ、いや、俺もあの時は本当にそう思ったんだ。
次の朝、何食わぬ顔で俺を叩き起こしたのは親父だったよ。
俺が今着てるこの赤い服。そう、この時代遅れのヤツな。
まだまだ新品同様なんだが、こいつを俺に内緒でドワーフ連中に依頼してたんだそうだ。
去年のイブに何とか仕上がって、俺がソリを用立てる間に取りに行ってたらしい。一言かけてから行ってほしいよまったく。
ん、ああ、サンタの世界では、90歳で一人前とされるのさ。これも、古い風習ってやつだな。5で割ってみ? そう、人間でいう所の、18歳さ。人間だって、区切りのイイ所で祝ったりするだろう?
ちょ、待ってくれ待ってくれ。
人間換算で18と少しだが、俺は91歳なんだから、酒は飲んだっていいだろう。ウイスキーの味が分かるくらいには年をくってるんだから。
まあ、そんな現役気取りでアレコレ口出ししてくる俺の親父の話を聞いてほしかったのさ。
それに俺、親父が消えたなんて言ったか? 言ってねえよ、マスター。言ってねえ。
まあ、勘違いはさせたかも知れねえけどさ。うん、それは悪かった。
とまあ、プレゼントを配り終わったのはいいものの、仲間にこの格好を見られるのは少し恥ずかしくてさ。人間たちのバーに来たってわけだ。悪かったね。初めての客に変な話聞かされて、マスターも困ったろ。
そうかい? さすがだね。
ん? ああ、いいよ。答えられることならさ。
手紙に添える秘密の言葉、ねえ。いや、配るプレゼントが増えすぎても困るから、そりゃあ秘密のままにしておくよ。
でも、そうだなあ。
もしこれから先、クリスマスイブにバイクで走り回るサンタを見たらそりゃ俺だ。
声をかけてくれよ。
その時は秘密の言葉を教えるよ。
じゃあ、そろそろ行くよ。
ん、安心してくれよ。ちゃんと人間の通貨だって持ってるからさ。ほら、な?
ああ、それとコレ。
変な話を聞いてくれた、そのささやかなお礼さ。
そう、マスターに。サンタからのプレゼント。
思い出の絵本。さっき言ってたろ? まあ、絵本って年齢でもないとは思ったんだけどさ。
どういたしまして。
その気持ちが嬉しくて、俺はサンタやってんのさ。
たまには大人にだってサンタが来たっていいだろう?
それじゃ、ウイスキーごちそうさま。
クリスマスイブにレビューをもらった嬉しさが爆発した、ミツイなりのお返しの気持ちを込めたクリスマス短編です。
三文文士であるミツイは、こうやって文を書くことでしか何かを返せないのです。
お楽しみいただければ幸いです。
サンタさーん! ありがとーう!