『りゅう』の首輪
*『りゅう』の首輪*
そして私は、ノートパソコンを立ち上げて、始めたばかりのTwitterの様子を見る。
「小説を投稿するサイト」用に作ったアカウントなので、まだフォロー数は少ない。
さて、このアカウントを作ったのは、好きな作家さんをフォローするためなので、さっそく探してはフォローしていく。
でも、自己紹介プロフィールに「サイト用」と書いたせいなのか、同じサイトを利用している人がフォローにくるようになった。
最初は律義に返していたが、そのうちおかしなことに気がついた。そのためしばらく無言で様子をみることにした。
……フォローしてきたアカウントが、数日するとフォローが外れているという現象。
よくわからない。この人達は何がしたいのだろう。
まあいいか。こっちは特に何をして欲しいわけでもなく、ただ好きな作家さんのつぶやきがみられればいいのだ。
私の父の両親、父方の祖父母は、もう既に亡くなっている。父が結婚してすぐに祖父がガンで亡くなり、八年後、身体の弱かった祖母が亡くなった。
母は、嫁に来てしばらくの間はずっと病院と家との往復と、そして葬儀と法事の繰り返しだったとよく話している。
家は、田舎にある普通の二階家で、私が五歳の頃に新築したのでまだ新しい。
「ばあちゃんが退院したら、新しい家に住むのを楽しみにしとったんやけど」
祖母は家と病院の往復が激しかった。母が病院に泊まり込むこともあったので、そんな時は、私達姉弟は母の実家に預けられた。
家が完成したのは、入院していた祖母が亡くなった後だ。
完成したのは年末で、ばたばたと引っ越し、新しい家で正月を迎えることになった。
その年の御用納めの日。母は猫を抱いて帰宅した。
「どしたん、それ」
「あのなー」
母が友人の手伝いで、その日はチラシ配りのアルバイトをしていた。
ある保育所に行き、チラシを入れようとしたが、すでに人影はなく、郵便受けも無かったので諦めて帰ろうとした時だった。
自分の軽自動車に乗ろうとした母の足に、柔らかいものがふっと触っていった。
「ひっ」
驚いた母が足下を見ると、白よりクリーム色に近い、綺麗な毛並の猫がいた。子猫よりも大きく、おそらく生後半年以上の、中猫という感じだ。
「にゃあん」
媚を売るように、すりすりと擦り寄ってくるが、全く知らない猫である。
母は困った。何せここは今、無人で、しかも年末だから、今日からしばらくは誰もここには来ないのだ。
周りを見回すが、飼い主らしい者もいなければ、この猫がどこから来たのかもわからない。
母はしゃがみこんで、猫を撫でてみる。
全く怯える様子もなく、相変わらずすりすりしてくる緊張感のないこの猫は、おそらく飼い猫だろう。白い首輪をしていた。ホームセンターやペットショップで扱っているノミ取り用の首輪だった。
「きれーだし、やーらかいし、捨てられたわけでもなさそーやしなあ」
まだ雪は積もっていないにしても、この寒さの中、この猫は大丈夫なのか。ノラではないのに、ちゃんと生きられるのか。
心配になった母は思い切って、連れ帰って来たのだ。
「猫だー」
まだ保育所に入る前だった弟は、無邪気に猫を抱き上げる。私もまだ家で動物を飼ったことがなかったので、うれしくて触りまくった。
でもこの猫は嫌がりもしなければ、怒ったりもせず、誰にでもすりすりと愛想を振りまいている。
「やっぱり人慣れしてるなー。こりゃ飼い主探さんと」
どうするのかと母を見ると、「餌を飼ってくる」と近所のスーパーに出掛けて行った。
「何がいいのか、わからなくてー」
何やら高級そうな猫缶が数個、並んでいた。関東に住む、猫を飼っている友達に電話して「これがいいよ」と言われたそうだ。
「んで、ついでに、そこの伝言板に書いてきたー」
『迷い猫、預かってます』町に一軒しかない大型複合施設。食品のスーパーと多少の専門店が入った二階建の施設である。
そこの中心広場に、伝言やクレームなどの一言を書いた紙、メモを貼る場所があった。
母はこの猫の特長、「クリーム色」「雄」「白いノミ取り首輪」「生後半年くらい」と拾った場所を書いて、うちの連絡先と共にメモを貼り付けて来たそうだ。
「見つかるといいねー」
母は猫缶を開けながら、大人しく待っている長いしっぽの雄猫に話かけていた。
新築の家に猫なんてーと、とにかく家が傷つくことを嫌がる母方の祖母の声を気にすることもなく、私の家族はその猫を受け入れている。
年末で皆、休みで家にいた。新築の家なので掃除が必要なく暇だったせいもあり、まさに猫かわいがりである。
「名前!、ぼく、ぼく付ける!」
弟が手を上げて、猫の名前を考え始める。
「ケン!」
男の子らしくて強そうな名前がいいらしい。
「んー、それ、お向かいのけんちゃんが聞いたら、嫌がるんじゃね?」
向かいの家には同じ名前の少し年上の男の子がいた。母は、その子と同じ名前だと呼びにくいよーと言った。
「こらー、ケン!。なんて言ったら、向かいのけんちゃんがびっくりするよー」
「えー、うー」
それって、けんちゃんより、けんちゃんちのおばちゃんが嫌がりそうだなと私は思った。
その後、どういう経過だったかは忘れたが、名前は『りゅう』になった。
男の子らしい、強そうな名前だね、うん。弟はしっかりと「りゅう」を抱きしめていた。
「りゅう」は、いつも家族の誰かの傍で寝そべっている。
預かっている猫だから、と母もあまり外へ出さないよう気を付けていたが、「りゅう」は全く外へ出る気配がなかった。まあ、外は寒いしね。
お正月になった。
相変わらず「りゅう」は誰かが居れば安心して、その傍で寝そべっている。コタツの中よりも、家族が見える位置の、日当たりの良い場所でごろんとしていた。
「りゅう」が来た頃は年末だったので、必ず家には誰かがいたのだが、その日は家族全員で、近所の神社へ行くことになった。
「お参りだけだから」
そう「りゅう」に声をかけて出掛けたが、驚いたことに「りゅう」が追いかけて来た。
歩いても五分とかかからない近所の八幡神社に家族で毎年年始の挨拶に行く。その後ろを、クリーム色の猫が追いかけて来ていた。
元旦の町の中は静かなもので、道路も車どころか、人影もあまりない。
「危なくなさそうなら、ほっといてえーやろー」
私の家族は、時々振り返って「りゅう」の様子を確認しながら歩く。そしてにやにやと笑い顔で、神社に参拝した。
「帰るよー」
母が一声「りゅう」のいた方に声をかける。
家族が歩き出すと、クリーム色の影がちらちらと見え隠れしながら付いて来る。
無事に家に戻ると、猫は何事もなかったように、また居間の家族の傍に寝転んだ。
新学期が始まる頃になって、「伝言板のメモを見た」と連絡が来た。
母は「りゅう」の首に付けてあった鈴の付いた青い首輪から、白いノミ取り首輪に替える。「りゅう」が最初にしていた物だ。
高級猫缶といっしょに、スーパーの伝言板のところで待っていると、やって来たのは、中学生の女の子二人組だった。
「あー、やっぱりそーだ」
「この猫で間違いない?」
母が聞くと二人はうんうんと頷いて、猫を受け取った。母は猫缶も渡して、そのまま立ち去った。
何故、飼い主だというなら家の人、大人がいなかったのか、とか、お礼の言葉もないのかとか、そんなものをいっぱい飲み込んだまま、母は帰って来た。
「りゅう」なら間違いなく、どこの家でもかわいがられていただろう。
弟は、自分がいない間に「りゅう」を連れて行ったことに怒っていたが、母はただ困った顔をしているだけだった。
しばらくの間、弟は「りゅう」の青い首輪を、買ってもらったぬいぐるみの猫に付けて、抱いて寝ていた。
きっともうそんなことは忘れているだろうな。りっぱな二十代のニートになった弟をちらりと見る。
「なんや?」
「べつにー」
今は猫じゃらしで、新しい子猫の相手をしている。昔はかわいかったんだがなーと思いつつ、いっしょに猫をかまう。
預かっている猫は、いつ居なくなっても仕方ない。それでも精一杯、小さな身体を、愛情を込めて世話をする。
「あんたもたいがい猫好きやな」
「ほっとけ」
カチャカチャカチャ。
キーボードを叩く。また猫のいる我が家の日常が戻ってきていた。