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『ゴン』の声


*『ゴン』の声*


 

 私はその小説を投稿できるというサイトで、作家になった。ん?、いや、ちょっと違う気がする。


ただの投稿者でしかないんだけど。


自分のページを表示させると、自分の作ったサイト用の名前の後に『先生』なんて付いてる。違和感ばりばり。


「ふぅ」


溜め息が出る。


 いろんな作品のジャンルがあって、私が好きなのは異世界モノだけど、書くようになってからはエッセイも読むようになった。


なんかさ、分析する人がいたり、書き方をレクチャーしていたり。ここにはその人達の気持ちがダイレクトに書かれていたりする。


 でさ、そこで知ったのは自分が……『底辺作家』と呼ばれる部類だってこと。


「そっかー、そうなんだねー」


自分が書きたいものが書ければいいやーって思ってたけど、これ、気にしたら負けってやつだね。


 ふと思った。猫って、マイペースの極みっぽいよね。私も猫みたいになりたいなあ。




 そういえば、子供の頃飼ってた猫は、すっごい女王様な猫だった。


 うちの母は、実家にいる間は猫を飼えなかった。母の母(私には祖母、存命)が猫嫌いだったからだ。


「動物を飼ったらいいんじゃない?」


母は、実家の近くに住んでいた小学校時代からの親友の女性から、ある日そう言われた。


子育てが一段落するのと、嫁ぎ先の姑が亡くなったのがほぼ同じ頃だった。


子供の情操教育にいいらしい。その女性は犬や猫やうさぎを飼っていた。私と弟も、母とよくその家へ遊びに行った。もちろん動物と遊ぶのが狙いだった。


「いつも行ってる獣医さんとこに、子猫が産まれてねー」


田舎のノラだそうだが、たまたまその母猫が産もうとした場所が、まあ他人様の家なので、そこで保護されて獣医さんに持ち込まれたそうだ。


獣医さんも困ったことだろう。とりあえず無事に産まれて、貰い手を探すことになったそうだ。


「見においでー」


出掛けて行った母は、白黒のぶちの子猫を抱いて帰って来た。


それが我が家の最初の猫、『ゴン』ちゃんである。




 当時私は小学校に上がったばかり、弟は保育園に入った年で、専業主婦だった母は家にひとりになった。


おかげで猫に構う時間があった。母は念願の猫にめろめろである。


 その子猫はとにかく美しい。


背中の毛が黒々として、手足とお腹、顔の一部がとにかく真っ白。そして、目がまんまるでぱっちり。


そのつぶらな瞳で見つめられると、みんな、ふにゃらーとした顔になってしまうのだ。


 しかし、騙されてはいけない。この猫は魔性の猫だったのである。


まずは獣医に連れて行った。予防接種や、去勢の時期の相談である。


「えーっと、この子、女の子(雌)ですね」


「はあああああ?」


母は雄の子猫をもらってきたはずだった。友人の女性がいつも通っていた獣医さんから。


「えっと、他所の獣医さんから、とっても元気な『男の子(雄)』だっていわれてもらってきたんですけど」


「あー、まー、小さい頃は見分けが難しいですからねえ」


困ったのは母である。なにせ、名前をつけてしまった。


『ゴン』


どう見ても雄の名前である。


ごまかしたつもりなのか、母はとりあえず『ゴン(本名ゴン子)』ということにした。




 魔性の子猫は、大人になって魔性の美猫になった。


母が甘やかすので、とにかく態度がでかい猫になった。


専用の大きなクッション。母以外が触ろうとするとひっかかれ、噛み付かれ、猫じゃらしも根元から奪われる。


ほんっとうに元気な『女の子』であった。


「ゴン、ゴン」


私達、子供が呼んでも全く無反応である。いや、ちょっとは気になるのか、ちゃんと遊んでくれる。


猫のことなど忘れた頃に、私達が遊んでるところにやってきて、邪魔をしていくのである。


子供達のど真ん中をゆっくり歩く。触ろうと手を出すと、するりと避けていく。


ゲーム機(当時はファミコンやスーファミ)の本体の上に寝転び、どけようとすると、きっちり電源ボタンを踏む。


弟の絶望の声をうれしそうに聞きながら、後姿の長いしっぽが揺れていた。


 そんな性悪な猫でも、母にはちゃんと世話をされていた。母だけがゴンちゃんをもふることができた。母はそれが自慢だった。


それでもやっぱり機嫌が悪いと母でもひっかかれていたが。




 そのゴンちゃんが死んだ日は忘れない。


美猫は七歳になっていた。母はその頃パートに出ていた。


 ある日の夕方、家の庭にいた母に近所のおばさんが「黒い車だったわよ」と言った。


私は何のことか分からなかったが、母の手にはぐったりとしたゴンちゃんが抱かれていた。


すぐに獣医に連れて行った。


すでに内臓がやられていた。下半身が動いていなかった。生きているのが不思議なくらいだと、獣医が言った。


「安楽死させましょうか」


母は首を横に振った。


ゴンちゃんを抱き締めたまま、家に帰った。


 そんな身体で、ゴンちゃんは二日間も生きていた。


「行ってくるね」


その朝、母は、枕元に置いたゴンちゃんの入った段ボール箱の中に声をかけた。


二日間、水を少し舐めるくらいしか出来なかったゴンちゃんが、


「にゃー、にゃー」


いやにはっきりとした声で鳴いた。


母は涙を浮かべたまま、仕事に出て行った。


それが最後の声だとわかっていた。夕方、急いで帰ってきた母は、黙ってゴンちゃんの体をなでていた。


「辛かったね。痛かったね。ごめんね」


それでも母は、どうしても生きているゴンを『安楽死』させることが出来なかった、と静かに泣いた。




 弟はその日、初めて庭に穴を掘った。


小さな弟が、大人用のスコップを使うのは大変そうだったが、文句ひとつ言わずに掘っていた。


段ボールの中のゴンちゃんの首輪をはずし、土の中に身体を横たえる。静かに土をかけていった。


こうして我が家の庭に、最初の猫の墓が建った。母の部屋の窓から見える位置に。


「きっと守ってくれるよ」


私は、滅多に鳴かなかったゴンちゃんの、あの日の声を忘れることはないだろう。 


 

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